第18話 雷光平原

 メガフラッシュ当日


 テレビでは大々的にメガフラッシュの予報が流れていた。頻繁に繰り返されるアナウンサーの注意喚起に非日常感が煽られ、いつもとは何かが違うことを深く意識させる。地元住民は避難所を中心に避難をすまし、いつもはどんな天候であろうと外にいるマスコミも落雷のせいかあまり姿を見かけることはない。


 宇都宮の街は静けさの中メガフラッシュを待つばかりとなっていた。


 そんな中、雷光平原に向かう透。足元には腰ほどの大きさに成長した白い百々目鬼。透は白い短刀を手に持っている。


 二人は雷光平原に着くと遥か前方に視線を向ける。その視線の先には黒い液状になったトラック程の大きさ何かが蠢いている。


「百々目鬼、俺もできる限りのことはする!」


 ――瞬間、白百々目鬼は体を輝かせる。その輝きに連動し、蠢く何かに向かって稲妻が落ちる。打ちつけられた蠢くものは焼け焦げたゴムの臭いを漂わせながら、その姿を徐々に徐々に現す。しばらくして形づくられた物は人間の大きさを遥かに超える黒百々目鬼である。


 白百々目鬼より、すかさずに稲妻が放たれ、黒百々目鬼に直撃する。しかし、黒百々鬼はその身体をドーム状に膨らませると皮膜の部分で雷を受け止めてしまう。再び悪臭を漂わせながら表面の皮膜の部分を脱皮するように脱ぎ捨て、黒百々目鬼は何事もなかったように白百々目鬼の前に現れる。


(凄い。本当なこれを奴に突き刺せるのか?)


 右手に握る白い短刀に力が入る。姿を隠し、白と黒の争いを離れたところから見守る。凄まじい速さで繰り広げられる攻防を目で追うのが精一杯である。何とか隙を見つけ足を踏み出そうとしたその刹那――黒百々目鬼が大きく口を開き、そのまま白百々鬼を丸呑みにする。


 バッシュッ!


 水中で何かがショートするような音とともに黒百々鬼の穴という穴より光が漏れる。白百々鬼が黒百々目鬼の口より勢いよく飛び出ると、何食わぬ顔をして黒百々鬼と改めて対面する。状況は五分五分である。お互いに決め手に欠けているのは理解しているようだ。


 黒百々目鬼は身体を波立たせると体中に目玉を出現させ、複数の目を泳がせながら何かを探し始めた。


 ※※※


 古いセダンに乗って雷光平原に向かうのは八街、雨京、美鈴である。雨京も美鈴も緊張した面持ちではあるものの、特に何かする訳ではない。残り一時間もしないうちにメガフラッシュが始まるが完全に出たとこ勝負である。唯一、何かあるとすればそれは八街と香澄にそれぞれの百々目鬼がどう反応するかぐらいではないだろうか?


「ねえ。私は黒い百々鬼が人を襲っているのは見たけど、なんで黒百々鬼は人を襲うのかしら? 大昔は百々目鬼が人を襲うなんてなかったんでしょ?」


 美鈴は雨京に話しかけたつもりだったのかもしれない。しかし、美鈴の予想を裏切って返事は運転席より返ってくる。


「黒百々目鬼は俺の……俺の息子の感情に支配されているんじゃないかと考える」


「息子さんの? 櫻井君に刺された恨みから?」


「それもあるだろうがその場にいた者全てに見捨てられたと思ってるのかもしれない。あの場には師、友、父と全ての者が揃っていた。その全てが自分を救えなかった。俺だったら自分を裏切った奴らは許さない。恨みのエネルギーなどと非科学的なことを口にしたくはない。しかし、もし、百々目鬼の力が恨みを根源としていた場合、そのエネルギーは凄まじいはずだ」


「でもそれは直樹君酷くないか? 少なくとも八街さんはあの場に間に合わなかっただけだろう?」


「まぁな。でも後五分あの場には早く着いていれば息子も死なず。岬さんも苦しまずに済んだ」


 八街の横顔を見て、美鈴は何か気付いたようである。何気なしに鋭い質問をぶつける。


「ねぇ。おじさん。おじさんって岬さんと特別な仲だったりする?」


「――なっ!」「――えっ?」


 思わず男二人の声がはもる。八街は居心地悪そうな顔をするとカーナビを覗き込んだ。


「大人をからかうんじゃない! もうすぐ着くぞ、準備はいいか?」


「…………」


 感情の変化に乏しい二人に走る動揺を見て、満足感を覚える美鈴。美鈴は小さく微笑むと窓の外に視線を移し吹き荒れる雷光平原を注視した。


 ※※※ 


 雷光平原に向かうもう一台の車。車の中には透の父母に香澄、岬の四人。香澄は子供が一人入れる程度の大きさの箱を持っている。箱は動物の骨でできたような作りで、梵字のような記号が緻密に掘り込まれている。透の母は不思議そうに箱を見ると運転席にいる父親に疑問を投げかける。


「本当にこの箱にそんな力があるの?」


「可能性があるという話だ。しかし、この箱は絹の子孫である香澄さんにしか扱うことができない。香澄さん、透のことを思って行動してくれるのは嬉しいが、君のお父さんやお母さんを悲しませたくはない。危なくなったらすぐに逃げてくれ」


「はい。でも、私にとっても透君は大事な人です。ここで救えなければ私は一生後悔すると思います」


 透の母は何も言わずに香澄の肩にそっと手を乗せ、目的地に着くのを待った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る