パロラ再び
灰色の壁も冷たい校舎。
階段に人の気配はない。
ラマフェロナは階段を登る。
こつこつと足音を響かせて。
踊り場に来た時だった。
ふいに上階から人影が現れた。
五人もいる。
皆、すごく目つきが悪い。
ある者はあごをしゃくりあげている。
腕を組む者もいる。
ポケットに手を入れている者もいた。
その脇にさらに二人がいる。
ラマフェロナは褐色の瞳を大きく見開いた。
思い当たるふしがある。
公園でのケンカの仕返しだろう。
あわてて逃げようと階下を見た。
そこにも三人が待ち伏せていた。
心臓の鼓動が速くなった。
これだけの人数を相手にした事はない。
まともにやれば間違いなくやられる。
上階の悪童が口元もいびつにゆがめた。
「何だ、女じゃねえか」
隣の悪童がくいっとあごを傾けた。
「いや、パロラみたいな例もある。
三人も倒したんだ。弱くないだろう」
ラマフェロナは再び階下を見下ろした。
階下の三人はいよいよ迫る。
逃げ場はない。
だがラマフェロナは冷静だった。
突破するしかない。
朱色の髪がざざと逆立った。
そして階下に向かって素早く身を投げた。
「何っ?!」
上階から驚きの声が聞こえた。
ラマフェロナの体が階下の少年にぶつかった。
階段は足場が悪い。
当然、ぶつかった少年は後ろめりに倒れた。
同時にラマフェロナは間をぬった。
それからは猿のように階段を飛び降りて行った。
「野郎っ!」
出し抜かれた悪童たちも追いかけてくる。
だが山育ちのラマフェロナのほうが有利だった。
思えばラマフェロナは絶体絶命だったが知恵が回った。
上階に逃げていれば捕まっていただろう。
下に飛べば重力が味方になる。
そして突破すれば後は逃げるだけだった。
今やラマフェロナはもう校舎から出ようとしていた。
してやったりの顔で出ようとした時だった。
「あなた達、待ちなさいよ!」
聞き覚えのある声が上階から響いた。
公園で自分に微笑みかけた少女の声である。
ラマフェロナを追う者達の足音もぴたりと止んだ。
そこから場の空気が変わった。
上階からばたばたとけたたましい音がした。
だがそれもすぐに止んだ。
そして上階から呼び掛ける声がした。
「もう大丈夫よ」
ラマフェロナは銀貨を手に握りしめた。
それから向き直って上階に戻ってみた。
一応はすぐに逃げられる警戒心と一緒に。
上階から悪童達の悲痛な声がする。
「ぎゅう」だとか「あぎゃ」だとか
訳が分からない言葉が聞こえる。
何が起こったのか静かに上階をのぞいた。
そこには――。
悪童達がまたの間をおさえてのたうち回っていた。
あのひまわりのような髪の少女が笑っている。
何事もなかったかのように腰に手を当てていた。
一体この少女は何者なのだろう。
少年の視線に気づいたらしい。
ひまわりの髪の少女はこっちを見た。
そして優しく微笑んだ。
ラマフェロナは首を傾げた。
少女が手招きしている。
大丈夫なのかどうかは分からない。
ただ悪童達はもう戦えそうにない。
恐る恐る上階に上がると少女がまた笑った。
「恐かったでしょう?でももう大丈夫」
少女は短いスカートのすそをつまんだ。
特別に鍛えられた足には見えない。
ラマフェロナは不思議に思った。
「これ、一人でやっつけたの?」
少女は自慢げにうなずいた。
「こんなザコ、たいした事ないって」
いや、たいした事あるだろう。
相手は八人もいるのに。
「強いんですね」
少女はくいっと親指を上げた。
ラマフェロナは一礼した。
「助けてもらってありがとうございます」
「礼儀正しくてよろしい。まあこの場にいても
何だし、とりあえず帰りましょう」
ラマフェロナはそでを引かれて校舎を出た。
その間、ラマフェロナはこう思った。
公園の時もそうだった。
この少女はケンカが終わると現れる。
ならば実は黒幕ではないのか。
見た目は優しそうに見える。
しかし公園の時と今回は違う。
公園の時、この少女は悪童と戦っていない。
今回は戦っている。
しかも八人もの敵をだ。
となると気になるのは動機だ。
人懐っこい顔だがケンカ好きなのかも。
そんな事を考えていると校門の前で少女が聞いた。
「君、この学校の生徒じゃないね?」
「そうなんでしょうか。
さっき転校届けを出しましたけど」
「頭のリボンはグーリコ党のもの?」
「はちまきです」
「ああ、ごめん」
「グーリコ党に父が入ったので」
少女は垂れ気味の瞳を輝かせた。
「やっぱり!グーリコ党に!」
「はい」
「いいな。子供は入れるの?」
「入れる訳ないじゃないですか」
「なんだ。入ってないのか」
「はい」
「それなのにはちまきをするの?」
「気持ちとかそんな理由です」
「どうでもいいけど、堅苦しいていねい語ね」
「まあ、一応は知らない人ですし……」
「ああ、そうだったね。
あたしはエッカネン・パロラ」
少女はそう名乗ると一礼した。
「この学校の前の生徒会長よ」
「そうだったんですね」
生徒会長という言葉が気になった。
何だかこの学校の権力者のように思えた。
そう考えるとあれこれとまた想像がふくらむ。
やられた悪童達はこらしめられたのだ。
前の生徒会長の言う事を聞かなかったために。
ラマフェロナはますます少女が恐くなった。
いやまて。
さっきこの少女は何と言ったか。
エッカネン・パロラと言ったはずだ。
伝説の大将軍エッカネン・ジン・マロゼフ。
同じエッカネンを名乗っている。
ならばその家系の人かも知れない。
それとパロラとも言った。
ラルフェモの電人につけた名前だ。
こんな偶然はない。
「あの本当にそんな名前なんですか?」
少女の瞳に曇りはない。
「嘘ついてどうするの。
アタシはパロラって言うの」
ラマフェロナはえらく混乱した。
いや、偶然にしては出来すぎている。
それを見てパロラがつついた。
「何か気になる事でもあるの?」
「ええ、エッカネンって……」
「ああ、それは気にしないで。
アタシはパロラだから」
「実はそっちも気になるんです」
「どういう事?」
ラマフェロナはいきさつを軽く話した。
ラルフェモからここに来た理由まで。
それでパロラも納得がいった。
「ふうん、偶然もあるものね。
でもパロラはありふれた名前よ」
「そうですね」
「なら問題ない?」
「はい」
「でも君はこれから大変だね。
あいつらにつきまとわれるかも」
パロラはそこで腕を組んだ。
「そうだ。
一応サーターにクギさしておくよ」
「サーター?」
「うん。この学校を仕切ってるワルよ。
あいつらはその手下なの」
ラマフェロナはやっかいな事になったと思った。
そのサーターに目をつけられたらしい。
ただパロラはクギをさすと言ってくれた。
「大丈夫なんですか?」
「うん、ワルだけど根はいいヤツなんだ」
「何ですかそれは?」
「アガシが迫って来てるでしょ?」
「ええ」
「サーターはアガシと戦おうとしてるの」
「それはおかしいですね。
手下は僕をひどい目にあわせようとしましたし」
「それが難しい所なのよ。
注意してるのに手下がやめないからさ」
「確かに難しいですね」
「気をつけてね。君は引っ越してきたばかりだから。
分からない事もいろいろあると思うんだ。
南の方はぶっそうだから近づかないほうがいいし
人気のない場所に一人で歩くのは危ないよ。
君は女の子みたいに可愛いから狙われやすいし」
ここでパロラはふと気がついた。
「そうそう君、名前は何ていうの?」
「クールー・ラマフェロナです」
「ラマフェロ?」
「ラマフェロナです。ラマ坊でいいですよ」
「うん、そうする。
危なっかしいから連絡先を交換しましょう?」
連絡先を交換しながらラマフェロナは思った。
パロラはずいぶんおせっかいだ。
「どうしてここまでしてくれるんですか?」
パロラは笑った。
「アタシの父はサールドだったんだ。
ただそれだけ」
「ひょっとしてオペ派の?」
「うん」
それでラマフェロナも納得がいった。
夕日が二つの長い影を作っていた。
よろしくね、とパロラが手を差し出した。
ようやくニューロで友達が出来た。
それが少しだけうれしかった。
「じゃあね」
朱の髪の少年も家路についた。
* * *
家に戻ると声がした。
「ラマ坊、お帰り」
出迎えた声は意外にも父だった。
今日は帰りが早かったのだろうか。
「父さん、どうしたの?」
父の顔色はすぐれない。
「ああ、ちょっとやっかいな事になってきた」
そう言って報道番組を指した。
ラマフェロナの顔も曇った。
アガシの乱についての情報である。
見れば――。
アガシの反乱は勢いが止まず犠牲者もあとを絶たない。
ラルフェモにいた頃は遠い話だったがここニューロは帝都に近い。
その帝都にアガシが迫ろうとしているらしい。
やる事がとにかくひどい。
略奪や放火。破壊の限りを尽くす。
人間の秩序をことごとく壊してゆく。
行く手を阻むは何する者ぞ。
そうあざ笑うように。
映像を通してそれが生々しく伝わってくる。
家を焼かれて逃げる人々。
財も奪われ殺される人々。
ラマフェロナは疑問が沸いた。
「どうして報道関係者は襲われないの?
逃げる人たちを助けようとしないの?」
父は顔をしかめた。
「アガシ達が報道関係者を襲わないのは
自分達を恐れさせる為だろう。
粛清されたオペ派を抱き込む意図もある。
それと報道関係者は武器を持っていない。
いい絵が撮れればそれでいいと思ってるんだ。
昔から報道はそういう連中が多い」
ラマフェロナは怒りもした。
しかし映像を見ているうちに暗い気持ちになった。
泣きながら子を抱えて逃げる人たち。
肉親を殺されて泣く子供たちが見える。
戦争であれだけの人が死んだ。
オペ派粛清でも人がかなり死んだ。
平和はまだ来ない。
ならば人間は野蛮な獣なのだろうか。
事実、学校で危ない目にあった。
ただ父は違う。
あのパロラも違うだろう。
ライツやマライアだって違う。
それを考えると訳が分からなくなる。
ただ一つ間違いない事がある。
アガシだけは許せない。
父は一段と険しい表情になった。
「治安員も役立たずだが
アガシどものやり口はひどすぎる。
実はそれで今日は早く帰って来たんだ」
「どういう事?」
「グーリコ党はこれ以上アガシを許さない。
そういう事で対決する事にしたんだ。
明日からいよいよ義勇軍を立ち上げる。
それで俺もその義勇軍に入る事にした。
工場も今週は閉鎖だ」
ラマフェロナはあわてて父の顔を見た。
「父さんも戦いに行くの?」
父は怒りに燃えた表情をしていた。
「ああ、大仕事になりそうだがな」
こうなると誰にも父を止められないだろう。
グーリコはサールドの精神を持つ集団。
義勇軍が逆賊に敗れる訳もない。
大丈夫、きっとこれで平和になるだろう。
「そうだね。あっちは賊軍。
こっちはグーリコ様がいるし」
「ああ、それで明日から一週間ほど
家を空ける事になる」
室内の明かりが父の頬を照らした。
いつにもまして父の背中が大きく見えた。
サル・ラマ @yumasoul
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