図書館の歌声

帝都のはずれに白い建物がそびえ立っている。

 その名も高き名門ブルトリウス大学の校舎。

 いろんな人物がここで高度な学問を習う。

 そうして世に出て行くが成功するとは限らない。

 レイモンもここに通う学生の一人だった。

 仕送りはいいのに帝都の事務所も手伝っている。

 夜になれば槍術の稽古も欠かさない。

 学業でも優秀だという。

 外から見ればまるで欠点のない人に見えた。

 こういう人は順調に見える。

 しかし内面は分からない。

 レイモンにだって大きな悩みがあった。

 遊んでいる学生には気取っているように見られた。

 付き合いが悪いのも難点だ。

 酒や賭け事もしないし、女にもだらしなくない。

 これは鼻につく。

 なので小者にはねたまれた。

 次に女性が放っておかなかった。

 級友などもそうだったしパロラもそうだった。

 とにかくいろいろと求愛されていた。

 しかしレイモンには全く興味がなかった。

 この人の見ているものはまるで違った。

 オゲルパイアが流行した事を悲痛に思い

 アガシの乱について憤り

 グーリコの乱については考えさせられた。

 そうして自分の身の振り方が一番難しかった。

 この惑星で一番と言われる大学なのに――。

 学問は教えるけれど身の振り方は教えない。

 教授であってもこれは教えられなかった。

 そこでレイモンはつくづく悩んでいた。

 なぜ苦労して勉強するのだろうか。

 大学の講義もそうだが本もそうだ。

 いちいちややこしく書いてある。

 もっと分かりやすく書けばいいのに。

 だからといってその辺の本にも答えがない。

 仕方ないので有名な本に目を向けた。

 有名な作家の書いた本などだ。

 そこには良い事が書いてある事もあった。

 何も得られない時もあった。

 書いてある事が様々なのでまた悩んだ。

 どれが正しい事を書いているのだろう。

 推理小説なんかは確かに面白かった。

 しかし犯人が分かるとあきてしまう。

 まあ、そのようにして読書にふけった。

 何冊も読んでは考えた。

 そうして夜には厳しい槍の稽古もした。

 そのうちにいくつか良い本と出会えた。

 苦労して成功した人の書いた本などがそうだ。

 感動させられる本も見つかった。

 それでレイモンはつくづく思い出した。

 あの時の歌劇で感じた事を。

 心の力とは確かにすごいものだ。

 そこから先は難しい。

 ただとにかく心の力はすごいらしい。

 あれを手に入れるにはどうやればいいのか。

 そんな訳でレイモンは図書館に来ていた。

 大学が開放している大きな図書館に。

 今日もまた一冊の古書を読んだ。

 まあ、そこそこ良い事が書いてあった。

 さて次は――。

 そう思っては古びた書籍の棚に歩み寄った。

 書籍の名やら作者の名に目を通す。

 ふいに目に留まったのは詩集だった。

 あの歌劇で歌われた叙事詩だ。

 何気に手が伸びた。

 と――。

 先に白い指がそっとその表題を撫でた。

 レイモンの指が思わず重なりそうになった。

 その細く白い指がそっと引いた。

 いつしか彼の右脇に小柄な女性がいた。

 長い黒髪でやけに度の強い眼鏡をしている。

 着ている服装はまるでさえない。

 いまどき眼鏡をかけているのも珍しい。

 眼鏡の奥の瞳は一重で腫れぼったい。

 美しい容姿とはあまりいえなかった。

 ただし眼光が鋭かった。

 ただ者の目ではない。

 「お借りになるのですか?」

 女性は首を振った。

 しかしどう見ても借りたそうだ。

 訳が分からないので重ねて聞いた。

 「お借りにならないのですか?」

 女性はついに本を手に取った。

 「マケルタ叙事詩に曰く……」

 女性はそこから先は本に夢中だった。

 叙事詩をぶつぶつと口に出した。

 小声なのにすごいものが伝わってくる。

 一文字一文字にすごい力がこもっていた。

 ちょっと変に見えなくもない。

 だが言葉の力がすごく強い。

 そのうちに彼女はぺらぺらとページをめくった。

 そしてかっと目を見開いてそこを読んだ。

 とても小さな声で。

 

 天にあまねく正義の意志よ


 大地に宿りし優しき意志よ


 レイモンははっとした。

 「貴方は!」

 驚きの表情もままにレイモンは彼女を見た。

 「イマーヌ・ミリャーナさんですね?」

 黒髪の女性はそこで我に返った。

 よくよく自分のした事を振り返ってみると

 まるで恥ずかしくて仕方がない。

 なので顔を真っ赤にしてその本を

 レイモンに手渡し、すごい勢いで逃げていった。

 こっけいだったのでレイモンは笑った。

 だが確かにすごいものを彼女に感じた。

 手にした叙事詩の内容も良かった。

 それはそうだろう。

 だが彼女のどん欲さがすさまじい。

 小声でぶつぶつ言っていた意味も今なら分かる。

 ひとことひとことを体に刻んでいたのだ。

 すごい心の力で刻み込んでいたのだった。

 だからあんなに心の力が出せたのだ。

 身の振り方はまだ分からない。

 ただ彼女からは大いに学んだ。

 とにかく必死になる事がどういう事かを。

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