第3話 三すくみ

 実は、彼にも島田と同じ力が備わっていた。

 それは、

――自分の将来が見える――

 というものではなく、島田が持っているのではないかと思われる、

――もう一つの能力――

 だったのだ。

 島田は教授に誘われ、さっそく研究所に入所したが、そこで知り合った真田と意気投合し、お互いに、

――こんなにも気が合うやつがいたなんて――

 と感じさせる相手であった。

 ただ、島田は引き抜きにあった人ということで、真田は一目置いていた。だが、島田はそんなことにはお構いなしに、同僚のつもりでいたのだ。

 島田は真田を、真田は島田を、それぞれ尊敬していた。

――お互いにないものを持っている――

 という感覚が一番強かった。

 島田が真田の研究に興味を持ったのは、

「ロボットの魂」

 という発想だった。

 ロボットにはあまり人間らしい感情を含めてしまうと、三原則を侵しかねないというのが一般的な考えであろう。ロボットにはあくまでも人間に従順で、人間に危害を加えないようにしなければいけない。それが三原則の大前提になるからだ。

「真田さんは、ロボットに魂を吹き込むような発想を持っておられるようですが、それって普通に考えると危険なんじゃないですか?」

 と島田がいうと、

「いや、そんなことはないと思うんだ。確かに君のいう通り、危険性を孕んでいるということに違いはないと思っているんだけど、冷静に考えていくと、うまくいきそうな気がする」

 島田は真田が何を言いたいのか、よく分からなかった。

 ただ、島田が真田にこのことを聞くことは彼に予想がついたようで、それが将来のことが分かる島田には、なんとなく感じるものがあったのだ。

「人間って、そんなに信用できるものじゃないと思えるんですが、そんな人間が作るロボットなので、下手をすると、人間よりも凶暴になりかねないと思っています」

 と島田がいうと。

「そうだよ。まさにその通りさ。人間なんて、お互いを信じているように見えているけど、それは見せかけだけで、簡単に剥げ落ちるメッキのようなものさ。絶対に信用なんかしちゃいけない」

 という真田の発想も極端で、

「そこまで考えているのなら、ロボットに魂を吹き込むという発想は、いっそう危険なものなのではないんですか?」

「そうだね。君の言う通り、確かに危険さ。でも、ロボット開発に関していえば、どうやったって危険を避けることはできないのさ。じゃあ、どうすればその危険を最小限に食い止めることができるかと考えると、人間の魂だと思ったのさ」

 という真田に、

「人間である自分がいうのも何なんですが、人間ほど利己的で、自分勝手な生き物はいないと思うんですよ。他の動物であれば、考える力はないんだけど、でも本能という生まれ持ったもので、制御できるじゃないですか。でも人間はなまじ考えることができるので、いかに自分が得することができるかということしか考えていないですよね」

 その意見を目を瞑って聞いていた真田は、

「そうだよね。人は自分の中で境界、いや結界というのを作って、その範囲内を自分のものとして抱え込んでいるんだよ。自分の子供が大切だったり、家族が大切だったり、会社が大切だったりと、いろいろ大切なものを持っているのに、その優先順位は最初から決まっているんですよ。ただ、それを守るために、犠牲にしなければいけないものもあるんですよね。それは皆同じであり、それを皆が正当化させようとするため、暗黙の了解が成立する。子供のためと言っているのは、一見美談のように聞こえますが、これこそ一番の人間のエゴであり、皆も自分に置き換えてみると、自分がその人の立場になった時、エゴだと思われたくないという思いから、美化してしまうんでしょうね」

「なるほど、その通りかも知れませんね。人は一人では生きてはいけないとよく言いますが、確かにその通りですね。でも、いちいちそんなことを口にしないといけない時点で、エゴを自分だけのものだと思えない風潮になるんでしょうね。そういう意味でも馴れ合いの感覚が人間を他の動物にない甘えを生むのかも知れませんね」

 島田も自分の意見を語った。

「島田さんは、基本的に人間嫌いなのかな?」

「ええ、そうですね。どちらかというと、人間嫌いです」

 と島田がいうと、

「ここで言い切るということは、本当にそうなんでしょうね。それも自分で思っているよりも結構その思いは強いのかも知れませんよ。でも、あなたはそれでもいいと思っている。人間嫌いという性格がそのまま個性に結びついているのが島田さんなんじゃないかって思います」

「でも、そういう意味では、よく人間という動物は高等動物として生き抜いてこれたものですね」

「いや、こういうエゴを持っているからこそ、人間は生きられたのかも知れない。人間ほどメンタル面で弱い動物もいないと思っているんですが、エゴを表に出す人、そして押し殺す人それぞれがいるから生きられたのかも知れませんね」

「じゃあ、真田さんは、他の動物にもメンタル的なものがあると思っているんですか?」

「ええ、私はそう思っています。他の動物には人間のような言葉はありませんから、人間には彼らが何を考えているのか分かりません。だから何も考えていないという発想でごまかそうとしているのかも知れないと思うんですよ」

「つまり真田さんは、人間は自分たちの信じられないことにはすぐに蓋をしたり、人間の考えられる範囲でごまかそうとしているとお考えなんですか?」

「ええ、そうです。他の動物にだって、本当は考える力があって、その動物同士で人間の言葉にあたる何かがあるんだって思うんですよ。そうじゃないと、本能だけで生きられるとは思えないからですね」

「でも、それもしょせんは人間の考え方。それを真田さんは分かっておられる。自分で言いながら完全ではないことをよく分かっていらっしゃるんでしょうね」

「ええ、よくお分かりですね。人間は自分の意見を必死で相手に訴えようとするのは、それだけ自分の考えであっても、完全には信用できないからなんじゃないかって思います。人間にはしょせん、完璧なんて言葉はありえないんですよ」

「人間に完璧という言葉がないのであれば、他の動物にもないんじゃないですか?」

「そんなことはないと思います。何か完璧なものがなければ、この世で存在しているものは張子の虎のように、風が吹いたり水に濡れただけで剥げ落ちてしまうんじゃないかって思うんですよ」

「なるほど、真田さんの考えがおぼろげですが分かってきた気がします」

 島田は、ある程度理解はしていたが、完全に分かったわけではない。

 おぼろげという表現を使ったのは、少しでも分かってきたことを強調したいのだが、完全ではないということも分かってほしかった。そのための苦肉の策だと言ってもいいだろう。

 今度は真田が島田に言いたかった。

「真田さんはどうなんです? 人間嫌いなんですか?」

「ええそうです。それも島田さんよりもこの思いは強いかも知れないですね」

「どうしてですか?」

「さっき、島田さんは、どちらかというと、という前置きを置いて、人間嫌いであることを話してくれましたね。それは人間嫌いなんだけど、それがどこまでの範囲での人間嫌いなのかを自分でも分かっていなかったからだと思うんです。ということは、島田さんはさっき私が言ったよりも、自分で思っているよりもその思いは強いのかも知れませんが、私に比べればまだまだのような気がします」

「というと?」

「島田さんが、ランクでいえば、中の上だとすれば、私は上の下というところでしょうか? 一種のどんぐりの背比べに見えるかも知れませんが、この間にある溝は、結構深いかも知れません」

「今のたとえは、なんとなく分かった気がします。でも、そんなに溝が深いんですか?」

「ええ、深いですよ。一番大きな理由は、島田さんに自覚がないということだと思っています」

 真田は言葉を続けた。

「島田さんは、人間の嫌なところを具体的に口にできますか?」

 と真田に言われて、

「そうですね。さっきのエゴというところには共感できましたが、改まって言われると、難しいところですね」

「そうだと思います。それは実際に人間の嫌なところを思いついてはいるんだけど、それを口にすることで、相手に嫌われたらどうしようという発想が頭にあるからではないですか?」

 そう言われて島田は黙り込んでしまった。

――確かにその通りなんだよな。でも、真田さんもよく言うよな。相手の考えに土足で踏み込んでくるような言い方なんだよ。本当は腹が立つんだろうけど、あまりにも的を得ていることで、こちらとすれば、何も言えなくなってしまう――

 と考えていた。

 島田は、自分では、ズバズバと言いたいことを言えるタイプだと思っていた。しかし、相手にズバリ指摘されると、ここまで何も言えなくなってしまうなど、思ってもみなかった。

 真田は、島田の考えている顔を見ながら無表情だった。島田が何も口にしないことにイラついているわけでもなければ、何かの答えを待っている様子もない。もしそうであれば、顔に出るからだ。

――ここまで無表情になれるなんて――

 と、完全にヘビに睨まれたカエルになってしまった自分を感じていた。

――僕がこんなにも相手に臆するなんて――

 人にはない能力を持っていることで、他人に対して優位性しか感じてこなかった島田には、まるで青天の霹靂のような感覚だった。

――ひょっとして、真田さんには、僕にはない能力を持っていて、その力のおかげで、優位性しか感じていないのでは?

 と感じた。

 それが自分と同じ能力でないことは分かっている、島田は自分と同じ能力を持っている人間。坂崎教授など、その能力の潜在性を見ていて分かったのだ。

 しかし、真田には能力を保持していることを感じない。自分に優位性を持っていることで感じることだった。

――人に対して優位性を感じている人は、相手にない能力を持っていると思っているのかも知れない――

 と感じたが、その優位性も相手にない能力についても無意識なのだろう。

 そうでなければ、もっと相手に優位性を強く感じるはずである。優位性を感じながら、

――相手に嫌われたらどうしよう――

 という思いが見え隠れしているはずである。

 そういう意味では真田にはそんな感覚は感じられない。だから優位性も感じているに違いないし、自分にない何かの能力を有しているのを自覚しているに違いないと思えた。

――でも、真田さんが感じている優位性というのは、この僕にだけなんだろうか?

 と感じた。

 島田の場合はまわりのほとんどの人に今まで大小の差こそあれ、優位性を感じてきたつもりだった。

――優位性を感じると、知らず知らずに言葉が出てくるものだ――

 と感じていた。

 まわりの人に助言をしたり、嫌われるかも知れないと思えるようなことでも、大丈夫だという根拠の元に口に出したこともあった。その思いが過大だったために、相手に本当に嫌われたこともあったが、そんな相手は別に嫌われても構わないと思う人ばかりだった。

――しょせんは、僕に追いつくことなどできないやつなんだ――

 と考えてしまい、むしろ嫌ってくれた方がこちらから相手をバッサリと切るよりも、気が楽になるくらいだった。

 島田には、そんな相手は結構いたような気がする。

――一緒にいて、害しかないやつって、まわりにはこんなにもいたんだ――

 と感じ、わざと嫌われるようにした時期があった。

 きっとそんな時、

「あいつは協調性がない」

 と、島田から絶縁されたやつは、まわりに吹聴していたことだろう。

 その話を聞いて、島田をそれまでと違った目で見る人間は、

――こんなやつは信じられない――

 として、こちらから切ることができた。

 自分から探りを入れる手間が省けたことをありがたいと思った。粛清と言ってもいいかも知れない。

――粛清というと、独裁者のようだな――

 と考えたが、独裁者がすべて悪いとは思えない。

――国や民族への思いが強く、ある意味、人民を強い力で導くことも時としては大切ではないだろうか。それが独裁であったとしても、やり方次第では強力な塊となって、まわりの力に左右されない国家が出来上がるんだろうな――

 と思っていた。

 独裁を、

――自由と平等に対する冒涜――

 として一刀両断にするのも、人間の持っている一種のエゴなのかも知れないと思う島田だった。

 こんなことを言えば、時代に沿わない発想になるのかも知れないが、時代というのは動いている。半世紀前には当たり前だったことが今では間違いとして考えられていることだってあるのだ。

 要するにどれだけ時代と歴史を正しく判断するかということではないだろうか。

 島田が教授の友達の死の真相を知ったのは、それから少ししてのことだった。まだ真田とは仲良くなる前だったので、いつも一人だった島田を教授が飲みに誘ったのだ。それまで教授も島田を誘うこともなく、いつも一人だった。当然、他の研究員が誘われることもなかっただろう。

「島田君。今日一緒に呑みに行かないか?」

 教授からの誘いはいきなりで、青天の霹靂でもあった。

「どうしたんですか、教授。珍しいですね」

 島田は教授に引き抜かれた時のことを少し思い出していたが、あれから時間も結構経っている。実際の時間の感覚よりも教授と一緒に話をしたことの方がかなり昔のことのように思えた。

 二人はなるべく研究所から遠い場所を選ぶことにした。研究所の連中に見られたくないという思いがあったわけではないが、誰も知らない場所に行ってみたいという思いはお互いにあったようだ。

「一度気になっている店があったので、実はすでに予約を入れてあるんだ。一緒に行ってくれるよね?」

 教授が先走って何かをするという性格であることは分かっていたので、別に驚きはしないが、それだけ島田が断ることはないという考えがあった証拠であろう。

 その店は奥に個室が数部屋あり、ちょうど二人用の小部屋もあったので、そこを予約していた。

「お客さんもいませんので、四、五人用のお部屋でも構いませんよ」

 という店主の誘いを丁重に断って、教授は敢えて、この小部屋を予約したということだった。

「君と話をする時は、これくらいの狭さの部屋がいいと思ってね」

 島田も、狭いことにこだわりはなかった。むしろ、二人だけの話ともなると、狭い方が切実な感じがして、刺激が得られそうで願ったり叶ったりだと思っていた。

「いえいえ、むしろこれくらいの方が落ち着きます」

 島田は、落ち着くという一言で片づけたが、教授もきっとその一言に含まれている感覚を理解したことだろう。

「今日は、少し昔話をしようと思ってね」

 と、教授が切り出した。

「ええ」

 という返事をするが、島田はそれほどかしこまった気分にならなかったのは、教授の選んだ部屋の広さがちょうどいい緊張感に包んでくれたからではないだろうか。

「あれは、私がまだ研究員として新米だった頃のことだったかな? そう、ちょうど君くらいの頃だっただろうか。その頃はまだロボット工学の研究というと、まるで夢物語のような感じに世間から見られていて、肩身の狭い思いをしていたものだよ」

 教授の新米の頃というと、今から三十年以上前になるのではないだろうか。今ではすっかりロマンスグレーの様相を呈してきた教授も、当時は、脂ぎった顔に、視線をギラギラさせた青年だったに違いない。

「そうでしょうね。研究というのは、結果が出て初めて認められるものだと思います。いくらプロセスがうまく行っていても結果が出なければ、何にもなりませんよね」

「税金泥棒とまで言われかねないからね。だから、僕たち研究員は世の中の人からは白い目で見られる時代もあったんだ」

「高度成長期などはそうかも知れませんね。いけいけドンドンの時代には、第一線の労働力が一番世の中を支えているというプロパガンダがあったんでしょうね」

「それはそうなんだが、労働者の地位や階級というのは、最低限の生活しかできなかったことから、本当にその他大勢にしかならなかったんだ。今の時代からは信じられないかも知れない生活をしていたんだよ」

「今は今で大変ですが、昔も本当に大変だったんでしょうね」

「その通りだよ。私のところの研究は、当時ロボット研究ということをあからさまにしていると、世間からそれこそ夢物語のように言われるだけだったので、おおっぴらにロボット研究をしているとは言えなかったんだ」

「そうだったんですか?」

「ああ、だから、私たちの研究所は、医学関係の研究所の中に入っていて、実際には、不治の病への研究や、不治の病ではなくとも、重病に対しての特効薬の研究をしていたんだよ」

「なるほどですね。表向きはというわけではなく、本当に医学研究所の中に入っていたということですね」

 と、島田は繰り返すように、念を入れて語った。

「その通りだよ」

 島田がどういうつもりで繰り返したのか分からなかったが、教授はそのことにこだわることはしなかった。

――それにしても、教授は何のために今頃、しかもこの僕にどんな話をしようとしているのだろう?

 と感じた。

「その時に私は医学関係の研究員である人間と結構仲が良かったんだ。同じロボット工学の研究員は変わり者が多く、あまり会話はなかったんだけどね。誰が何を考えているのか分からないという雰囲気だった。もっとも、それはこの私を筆頭にということになるけどね」

 と言って、教授は笑った。

 島田もつられる形で笑ったが、今からどんな話があるのかを考えると、心底笑顔になどなることはできなかった。

 教授は続けた。

「その時に友達になった研究員は、私と同い年だったんだ。彼は真剣に不治の病を治す薬の開発に燃えていたんだよ」

「薬の開発というのは想像もできませんが、結構難しいんでしょうね」

「そうなんだ。彼は優秀な研究員で、教授からも一目置かれていたようで、他の研究員からも尊敬されていたと聞いている。もちろん、人の心の中までは読み取ることなどできないので皆の本心は分からないけどね」

「ええ、それは確かにそうだと思います」

「でも、彼に対しての陰口や悪口はどこからも聞こえてこなかったんだ。もちろん、彼の才能に対しての嫉妬や妬みは他の人にもあったと思うけど、それが彼の人間としての価値を落とすことにはならなかったんだ。やはり彼は人間としてもできた人だったんだろうね」

「そういう人は結構いるんじゃないかって僕は思っています。それを感じるか感じないかということが、人間の資質を物語っているのではないかと思います」

「私もその通りだと思う。彼は研究に関しては一徹で、それこそ、自分には結構厳しい人でもあったんだ。当時、自分に厳しく他人に優しい人間は立派な人間だという思いは皆が持っていたからね」

「それは今もあると思いますよ」

「今とは若干違っていると思う。時代も違っているし、当時があって今があるわけだから、古い時代の方がパイオニアとしての存在感が強いと思うんだ。確かに過去を踏まえて今があるんだから、今の方が過去を踏襲しているという意味では形づけられていると思うんだけど、一概にも言えないと思うのは私だけなんだろうか」

 と教授がいうと、

「そんなことはありませんよ。私は過去の先駆者がいたから今があると思っているし、歴史が現在を作っているという考えから、過去のことを知るのは楽しいと思っています」

 という島田の言葉を聞いて、教授は安堵の表情になった。

「そんなところなんだよ。私が君に興味を持ったのは」

「どういうことですか?」

「君のその言動は、私が想像している言葉とピッタリくる時が結構あるんだよ。私の考えがドンピシャで的中する。それが君と私の相性であり、お互いに成長できるところだと思っているんだ」

 という言葉を聞いて、教授がどれほど自分を認めてくれているかということにビックリさせられた。

 さらに、

――教授はまだこの地位まで上り詰めて、まだ成長という言葉を自然に口にできるんだ――

 と感じた。

 しかも、その言葉が嫌味ではなく、自然と聞いている人に受け入れられそうな雰囲気は教授の一番の魅力だと思っている。

 教授というとどうしても堅物で、とっつきにくい相手だと思われがちだが、この人に限ってはそんなことはない。そう思っているのは自分だけではないということも実感している島田だった。

――そんな人でもないと、いくら引き抜きとはいえ、まったくの畑違いのロボット工学への道を目指すわけもない。せっかく培ってきた今までの道を犠牲にしてまで飛び込むのだから、普通なら考えられないことだ――

 と感じていた。

 教授が本題に入った。

「実はその親友がある日私に頼みごとがあるというんだよ」

「どういう話ですか?」

「彼はさっきも言ったように、不治の病を治すための研究をしていた。薬でいかに治すかというのが彼の目標で、そのためにだいぶ無理をしながらの研究をしていたようなんだ」

「何か切羽つまったものでもあったんでしょうかね?」

「当時、彼の母親が不治の病に罹っていて、余命も宣告されていたようなんだ。だから彼は母親を助けたいという一心だったんだが、正直に言って、彼がいくら研究を推し進めても、彼の母親を助けることはできないんだ。余命が一年と言われていたからね」

「一年ですか……」

「ああ、一年というと、正直今開発が終了していたとしても、間に合わないんだよ。君になら分かると思うんだが、開発が成功したとして、棒物実験、臨床試験などいろいろな試験を経由して、しかも法律的に認証されなければいけない。そこまでにはかなりの時間を要することになる」

「でも、そんなことは親友の方も分かっていたんでしょう?」

「それはもちろんさ。でもそれでも彼は無理をやめなかった。母親のために開発していた自分にきっと彼は途中で気が付いたんだろうね。そのことが彼を背徳心に導いた。彼は彼なりに苦しんだと思う。彼はそんな人間だったからね。だから、せめてもの罪滅ぼしの気持ちがあるのか、一刻も早く研究を済ませてしまいたいという義務感に支配されてしまったのかも知れない。次第に彼は疲労から、身体を壊してしまうことになったんだけどね」

「そうなんですか? 同じ研究員として心が痛む気がします」

 教授の話を聞いていると、無意識にであるが、島田は自分も三十年前にタイムスリップしたかのように感じながら、話を聞いていた。

「彼は、ある日恐ろしいことを言い出した。私に殺してほしいと言い出したんだ」

「えっ?」

 あまりにも話が突飛すぎて、思わず腰を抜かしそうになった。

 話をするにも前後を考えて話をするのが教授のいいところのはずなのに、いきなりこの突飛な話はなんだというのだろう?

 この話はこの切り口からでしか話が進まないのか、それともどんなに相手を気遣って前後を考えたとしても、この切り口にしかならないのかのどちらかでしかないのだと島田は思った。

「まあ、殺してほしいというのは大げさなのかも知れないが、私にはその時の彼の心境が、そういっているようにしか思えなかったんだ」

「どういうことですか?」

「ちょうど、私たち研究員はその時、あることに気が付いていた。そのことは他に漏らすわけにはいかなかったんだが、なぜか彼だけには看過されていたんだ」

「えっ?」

 それを聞くと、島田はあることが頭に浮かんだ。

「君にも理解できたようだね。そうなんだ。彼も私や君と同じように不思議な力があるようなんだ。その力というのは、彼には私が考えていることがその時には分かったというんだ。きっと、何かの覚悟が最初からあって私を見たから見えたものがあったんだろうね。彼のほしいものを私の中に見たんだよ」

「なるほど、覚悟のある人間には、他の人には見えないものが見えたりすると聞いたことがあります。しかもそれが自分のほしいものとピッタリ合っていれば、ハッキリと見えたとしても不思議はないですよね」

「それが何かというと、ロボット開発において、人の魂を格納できるロボットというものを開発できることが可能だということだったんだ。これは今ではこの研究所だけではなく、ロボット研究者の間では暗黙の了解のようになっているんだが、最初は私たちの研究所だったんだよ」

「そんなに前からこの研究は開発されていなかったんですね?」

「ああ、だが、どうしてもロボット工学三原則が邪魔をするので、開発の可能性が深まっても、なかなか先には進まない。なぜなら、ロボット工学三原則自体が矛盾からできているので、まずは矛盾を壊さなければ先には進まない。逆にそれが一番難しいことで、研究の妨げになっていたんだ」

「それは私たち若い研究員も今感じているところです。でも、それがどうして、親友の人がいう、自分を殺してほしいという発想になるんですか?」

 と脱線しそうになるのを、何とか話を戻した。

「彼の覚悟というのは、自分がその魂になりたいということだったんだ。まだ発見したというだけで、実際にどのようにすればロボットを開発できるかというのは、何一つ具体的になっていたわけではない。それなのに、彼がいきなり言い出したのは、ロボットに魂を売るということで、それは人間としての死を意味することになるんじゃないかい?」

 教授の話は理屈としては合っていたが、あまりにも突飛なので、島田はついていけなかった。

 教授は続けた。

「彼の話としては、結局一年という期間ではさすがにそれまで不治の病とされてきた病気を治すことはできなかった。当然、彼も分かっていたのだろうが、母親は帰らぬ人となってしまったんだね」

「その人のせいではないですよ」

「そう、その通りなんだ。だから彼は母親が死んだことに対して、自分の責任を感じているわけではなかったんだ。もちろん、力不足を痛感したとは思うがね。その感情があるからなんじゃないかな? 彼がロボットの魂になろうと思ったのは」

「どういうことですか?」

「彼は魂と肉体の分離を他の人が考えているような死とは違う考えを持っていたようなんだ。いや、同じような考え方の人が多いとも言えるかも知れないな」

「それだけ、死に対しての考えがいろいろあるように思えても、実際にはそのすべてはいくつかのパターンに集約されるという意見ですか?」

「その通りだね。彼はロボットの中に入ることで、永遠の命を得ることができると思っていたようなんだ。永遠の命という言葉は漠然としているけど、肉体と分離したことで死んだことになり、もう二度と死ぬことはないという考えなんじゃないかな?」

「それだったら、死んだ人の魂ってどこに行くのかを考えると、その魂はもう二度と死なないということですよね。何か頭が混乱してきました」

 と島田がいうと、教授は、

「宗教的な考えでいけば、この世でいいことをした人の魂は、一度肉体と分離してから天国に行き、そこで生まれ変わる準備をするという考えがあるよね。悪いことをした人は地獄で苦しむという考えがその反面にはあるんだけどね」

「いわゆる輪廻転生という話ですね。でも、ロボットとしてこの世に魂だけが残ってしまうのはどう考えればいいんでしょうか?」

「輪廻転生の場合は、まったく違う人間になって生まれ変わるということになるので、永遠に生きているということにはならないんでしょうね。前世を覚えている人はいないでしょう」

「でも、輪廻転生というのは、いいことをした人だけに与えられた権利だと言えるんでしょうか? ひょっとすると悪いことをした人でも、輪廻転生を与えられる人もいるのではないかと思うんですが」

「それは、きっと悪いことをした後に、死ぬまで後悔の念を持ち、懺悔をしっかりしてきた人には与えられるものではないのかな?」

「そうかも知れませんね。でも、ロボットに魂を入れた人は、それからどうしたんですか?」

「彼はロボットというよりも、サイボーグというべきなんでしょうか? 見た目は完全に人間で、食事も摂るし、睡眠もある。本当に人間に近かったんですよ」

 それを聞いて、島田はビックリした。

「そんなにロボット工学というのは進んでいるんですか?」

 と聞くと、

「ああ、ロボットの開発が完成しないのは、三原則をどうしても越えられないからなんだ。それ以外のところでは、ロボット工学は著しい発展を遂げているんだよ。秘密裏に開発されていたので知らないだけで、コンピュータの開発よりも、先端を進んでいたんだ。もっと言えば、コンピュータの開発も、ロボット工学の研究で発見されたことが大きな影響を受けているんだよ。コンピュータだって、今では一般的になってしまっているので、その発展途上についてその進化を誰も疑問に感じないだろう? それは今が一般的になってしまったからなんだ」

 教授の話には大いに興味が持てた。

「その人はロボットになって今でも医学の研究を続けているんですか?」

「ああ、そうだよ。でも彼も最近は、少し悩んでいるようなんだ。やはり死ねないということが彼には一番の苦しみなんだろうね」

「それ以外にも苦しみがあるような気がしますが……」

 と島田がいうと、教授は頷きながら、

「その通りだよ。彼はサイボーグゆえの孤独をずっとひきづって生きてきたんだ。彼は年を取ることはない。ただ、永遠の命が与えられたと言っても、ロボット外観自体には衰えがある。つまり老朽化していくということだね。外観はなるべく衰えないようにはしているんだけど、彼の持っている能力などは次第に衰えてくる。定期的にメンテナンスは行っているんだけど、それでも科学の進歩にはついていけないところもあるんだ。そのために、彼を司っているロボットは、すでに旧式になってしまい、新しくできたロボットの性能には追いつけないという事態になってきた。

 と教授がいうと、

「でも、彼のように生身の人間から魂を注入したロボットやサイボーグは他にもいるんですか?」

 と聞くと、

「いや、今は彼だけなんだ。ロボット工学の研究にも法律があって、その法律では、人間の魂を移植してはいけないという条文があるんだ。これは結構厳しい罰で、違反すると、投獄はおろか、極刑にも値するものになるんだ。何しろ人道に対する罪ということになるからね」

「でも、実際にその友達という人は魂をロボットに入れたんでしょう?」

「ああ、でも、その時にはまだそんな法律はなかったんだ。法整備よりもロボットの開発が先行していたということで、これはロボット工学に限ったことではないけどね」

「確かにそうですね。でも、彼はそれからどうなったんですか?」

「今ではロボット研究もさらに進歩して、人間の魂を他のロボットに移植する技術も開発されたんだ。だから、彼が最初に入ったサイボーグは引退して、今は新しいロボットの中に入っているんだよ」

「まるで生まれ変わったかのようですね」

「そうなんだよ。その時に彼の記憶を消去することに成功したんだ。だから、彼は自分をサイボーグだという意識はあるけど、元々自分が人間だったということも分かっていない。逆になるべく人間のつもりで生きようと思っているくらいなんだ」

「元々人間だった人が、その記憶がなくなって、サイボーグの中で人間に近づこうとしているというのは、何とも皮肉なものなんですね」

「そういうことなんだよ。きっとこの話を初めて聞いた人は、彼のことを気の毒だとか、かわいそうだと思うかも知れないが、私は彼をどうしてもかわいそうだという目で見ることができないんだ」

「どういう目で見ているんですか?」

 と島田が聞くと、

「どういう目かと言われると、ハッキリと答えることはできないんだが、彼は今でも不治の病の研究をしている。どうして自分が不治の病を研究しているのかということに最近疑問を持ち始めたんだ。それが今の彼の悩みというところだろうか」

「でも、過去の記憶がないんだから、何とでも言いくるめられるんじゃないんですか?」

「いや、そんなこともないんだ。さっきも言ったように、彼は自分をなるべく人間として見ていこうと考えているんだけど、人間というのは、自分に目的がないと、自分を見失ってしまったりして苦しむじゃないか。彼もそうなんだ。ただ、彼は目的がハッキリしているだけに厄介なんだ。ハッキリしている目的に対してのプロセスが欠如していることで、自分が目指しているものへの疑問が湧いてくることになる。それが彼のサイボーグとしての悩みなのかも知れないね」

 教授の話は理解できた。

 しかし、それはあくまでも人間と人間の話としてであって、自分がサイボーグと接したことがないので、ピンとくる話ではない。

 だが、島田はその話を聞いているうちに、自分の知っている人の中に、

――ロボットではないか?

 と感じた人がいるような気がしていた。

 島田は、最近真田と仲がいいので、真田の知り合いと時々一緒に酒を飲んだり、どこかに出かけたりすることがあった。

 その相手というのは、早苗であり、千尋であった。

「男性二人に女性二人、ちょうどいいじゃないか」

 と言って笑っていた真田を思い出した。

 真田は島田に自分の友達を紹介した時、嬉々としていたような気がした。それまで

自分のことであっても、あまり表に出すことがなく、控えめなところがあった真田だったが、友達を紹介する時は、

――俺には、こんなにも素晴らしい友達がいるんだぞ――

 とでも言いたげだった。

 島田もそうなのだが、研究員というのは、あくまでも自分ファーストであり、友達を自慢するなど、普通であれば考えられないことである。人を差し置いても自分を表に出したいと思っているのは研究員独特の考えで、それだけの考えがなければ、きっと研究員などという個性を生かさなければ生きていけないような世界に身を置くことはできないに違いない。

――そんなにも素晴らしい人たちなんだろうか?

 島田はそう思いながら、三人と接していた。

 島田は暗示にかかりやついタイプの人間だった。

――俺は、情報処理の世界でも、ずっと研究所に缶詰めになっていて、ロボット工学の研究所でも缶詰め状態だ――

 と思っている。

 最初こそ缶詰めになっていることに疑問を感じ、ノイローゼになりかかっていた。他の研究員の中にはノイローゼになり、脱落していく人も少なくはなかった。

――なるほど、だから、あんなに募集人員が多かったんだ――

 と感じた。

 情報処理の募集要因はかなりの数だった。そういう意味では、

「情報処理の学校に行っていれば、就職には困らない」

 と言われていたものだ。

 島田は安易な気持ちではなかったが、情報処理に進んだことが結果的に就職活動の役になったことをありがたく思った。しかし、実際のふるい落としは、就職前ではなく、社会人になってからだった。

――僕たちは人間扱いされていないのかも知れないな――

 と感じたものだった。

 それでも島田はふるい落とされることもなく、限られた人員の中に残ることができた。普段であれば、よくやったと自分を褒めてあげるのだろうが、どうしてもそんな気分にはなれなかった。

――ホッとした――

 というのが本心だったのかも知れない。

 その思いがあったからか、缶詰め状態になっても、ノイローゼには完全にならなかった。ノイローゼになるよりも先に、感覚がマヒしたのだ。

――ノイローゼになるのが先か、感覚がマヒするのが先か――

 これが、研究所での二度目のふるい落としだったのだ。

 二次審査にも合格した島田は、研究にいそしむ毎日で、いろいろなソフトを開発し、研究員としてなくてはならない存在になっていった。

 だが、そんなある日、坂崎教授から引き抜かれたのだ。

 島田としては、

――僕はここには必要不可欠な人間のはずなのに、どうしてこんなにも簡単に引き抜きに応じるんだ?

 と、疑問に思った。

 しかし冷静になってまわりを見てみると、自分と同じようなレベルの人が研究所にはひしめいていた。

――僕なんかいなくても、まわっていくんだ。結局僕は歯車の一つでしかなかったんだな――

 と思い知らされた。

 その思いもあって、ロボット工学の研究所への引き抜きに、何の抵抗もなく応じることができた。

――でも、また同じ缶詰めだ――

 と感じたが、今度の缶詰めは今までとは違っていた。

 ロボット工学というのは、秘密主義であり、他の人の知らないことを自分たちだけが知っていることに優越感のようなものがあり、嫌な気はしなかった。それが、このお話の最後の大団円の含みとなるのだが、それはラストで話すことになるだろう。

 ここで缶詰めにはなっていたが、表で飲んだり、友達と会話することは意外とフリーだった。もちろん、箝口令が敷かれているものも当然あるのだが、それなのに、結構開放的なのはそれだけ研究員が信用されていると思っていたのだ。

 島田は、真田を中心に、早苗や千尋を見ていると、

――三すくみのようだな――

 と感じていた。

 三すくみというと、じゃんけんであったり、ヘビ、カエル、なめくじの話であったりと、それぞれの個性を相手に打ち消されるのだが、三者三様それぞれの距離が均等であり、まるできれいな正三角形を描いたリアルトライアングルであった。

――誰が誰に――

 という見え方が最初にあって、三すくみを感じたわけではなかった。

――三すくみ?

 という思いが最初にあり、そこからそれぞれの関係を見るような目が芽生えてきた。

 そのせいもあってか、三人の関係がある程度分かってくるまでにはかなりの時間がかかった。

――下手をすれば、三すくみを感じない方が、三人の関係性を早く分かったのではないだろうか?

 と感じたのだ。

 坂崎教授は話した。

「実は、三すくみという関係を私は重要視したんだよ」

 教授は、まるで島田の心が読めるかのように、三すくみの話を始めた。

「私はこの研究を最初から三すくみが研究の基礎であるということを以前から考えていて、ロボット研究よりも、三すくみの関係の方を最近では重要に考えるようになったんだ。だから研究員も増やして、私がロボット研究以外に力を注げるようにしたのはケガの功名だったんだが、集めた研究員が三すくみに適用するということに気付いた時は、私も歓喜したよ」

 と教授は身を乗り出すように話した。

「どういうことですか?」

「ロボット研究の最初のとっかかりは、確かにに人間の魂をロボットに注入することから始まったんだが、そのうちに三すくみを考え始めた」

「それは、教授の親友の方の魂が最初ですよね?」

「ええ、そうです。以前にも話したように、その後の研究で、ロボットに注入した魂を移植することで、他のロボットを活用できるようになったんだ。しかも、開発したロボットを大量生産しても、一人の魂を分散して格納できる技術も開発した。だから、安価なロボット開発には成功したと言ってもいい」

「ロボット工学三原則はどうなるんですか?」

「それが問題だったんだ。確かに大量にロボットを作ることができたのだが、しかし世の中うまくできているもので、魂を分散する時に、魂の力の中で、人間としての欲望は消えてしまったんだよ。つまりは、人間に服従するロボットを作ることができるんだ。これはロボット開発の第二段階としては、大成功だと言えるだろう」

「じゃあ、三原則がなくとも、人に危害を加えたりはしないということですね?」

「そういうことになるね。だけど、そのために、ロボット本来の力がかなり落ちるんだ。下手をすると、人間の方が役に立つかも知れないというところまで低下する場合がある。それは時と場合なんだが、研究のプロセスとしては成功と言えても、最終目的までには程遠いということになりますね」

「なるほど」

「そこで国は今回秘密裏に、犯罪者や精神異常の人間を隔離して、彼らの魂をロボットに格納することを考えた」

 教授は何を言い出すのか、次第に島田は怖くなってきた。

「それはまるで神への冒涜のような考え方ではないですか?」

「そうとも言えるんだが、それは条件付きなんだ。それは今開発しているロボット研究の成果が表れなければ、彼らの魂を注入して、人間としてではなくロボットとして彼らを使うという考えだね。確かに人道的にはありえないことであり、神への冒涜になるんだろうが、それも死刑をなくすという条件や、精神異常者を人間としてロボットに注入することで役立たせるという考えなんだ。実はその後の段階としては、植物人間や、回復の見込みのない人間へのロボットへの移植も考えられている。これが今のロボット開発の現状なんだ」

 という教授の意見だった。

「それは、ロボット工学三原則を克服できないための苦肉の策にしか思えませんが」

 というと、

「その通りさ。だから、私はそれに代わる研究を行い、そしてそれを国家に納得させなければならないんだ」

「それが三すくみということですか?」

「ああ、そうなんだ。三すくみは、優位性の均衡を三人の間で均等にして、お互いにその力を打ち消そうとする力があるんだ。だけど、本当は三人の力を合わせると、その力は無限なんだよ。三すくみというと、力を打ち消すことだけが強調されて無限の力を誰も考えようとしない、それは人間の発想の限界なのかも知れない。一歩進んで考えればそこには大きな力が潜んでいるのにね」

 教授の話に信憑性を感じてきた。

――なるほど、それなら分かる気がする――

「三すくみの力は、その人たちの魂を人間の中から取ってしまうことはないんだ。それぞれの三すくみの中で想像する力が創造につながって、まったく新しい力を生み出す。この研究員の中にもいるじゃないか。君の知っている真田君と、彼を取り巻く二人の女性」

「教授はそれをご存じだったんですか?」

「ああ、知っていたよ。彼らのおかげで三すくみの発想を生むことができた。そして彼らの三すくみの力は、今新しいロボットに注入されようとしている」

「それを真田さんはご存じなんですか?」

「それはないと思うよ、分かっていればせっかくの力が半減するからね」

「教授はどうしてその話をこの僕に?」

「実は、僕も君と三すくみの関係にあるんだ。君は知らないはずなんだけど、その力を君に提供してもらおうと思って、今私は君に話をしている。君は意識することなんかないんだ。ただ普通にしていれば、君も我々の仲間に入ることができる」

「どういうことなんですか?」

「僕の親友が実は君を知っていてね。君との関係が私との三すくみに気が付いたのは、実は彼なんだ。彼を君が知らないことでまだ三すくみにはなっていないんだけど、ここで三すくみになることで、スイッチが入って、ロボット開発に著しい発展が望める。しかも彼は医学の知識もあるので、医学に精通したサイボーグになれるんだ」

「じゃあ、僕にロボットを作るための三すくみを提供してほしいと?」

「そうだね。それに君が希望すれば、君もサイボーグになることができる。身体が強靭というだけで、サイボーグも悪くはない。実は、その人の遺伝子をそのまま移植できる技術も開発済みなので、寿命を迎えれば、死ぬことだってできる。しかも、苦しまずにだ。これほど素晴らしいことはないんじゃないか?」

 島田はその話を聞いて、心が動いた。

 その瞬間、島田は気が遠くなり、気絶してしまったようだ。

「気が付いたかな?」

 そこは手術台のようだった。

 目の前には教授、真田、千尋、早苗が控えている。そしてその奥に見覚えがあるようなないような人が白衣を着てこちらを見ている。その目は冷静で、恐ろしいくらいだった。

「今から君をサイボーグにしようかと思うがどうだい? 選択の権利は君にある」

 皆を見ると、すべてサイボーグにしか見えなかった。

「僕は、俺は、私は……」

 とまで言えたが、また気を失ってしまった。

「島田君」

 自分を揺り動かすように起こそうとしている人、それは真田だった。

「どうしたんだ? 僕は」

 あっけにとられている島田を見ながら真田は微笑みながら、

「一緒に呑みにきて酔い潰れたんじゃないか。君がこんなに弱いとは思わなかったよ」

 どうやら、二人で呑みに来た時に意識を失ったらしい。ロボットう工学の話をしていたはずなので、こんな余計な夢を見てしまったのだろう。

「紹介するよ」

 と言って、真田は横にいる二人の女性を紹介してくれた。

「早苗ちゃんと千尋ちゃん。僕たちは三人親友なんだけど、まるで三すくみのような関係なんだ」

 と言って真田は笑った。

 そのまなざしを見つめていた島田はゾッとした。何と彼の目の奥に、白い閃光が走ったかと思うと、歯車のようなものがギシギシと軋っているのが見えたからだった。

「どうしたんだい? 君だって僕たちと同じだよ」

 と言って、ニッコリ笑う三人に見つめられると、手術台に寝かされ、教授を含めた男たちに見下ろされ、白い歯をキラリと光るメスが目の前に迫ってくるのを感じたのだった……。


                  (  完  )

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WHO ARE ROBBOT? 森本 晃次 @kakku

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