第四話 大戦前夜③
足音はどんどん近づき、ユーゴと弥生のいる部屋の前で止まった。間髪入れずにガラリと引き戸が開けられ、そこに立っていたのはオレンジ色の髪をツインテールにした幼い少女だった。
「おっ。
「こんのォォォォォォバカ弟子がァァァァァァァァ!!!!」
怜美ちゃんと呼ばれたその少女はそう叫びながら目にも止まらぬ速さでユーゴとの距離を詰め、ユーゴの腹に飛び蹴りを見舞った。反応すら出来なかったユーゴはその一撃をモロにくらってしまい、勢い余って保健室の機械にぶつかってしまう。
「ちょっとちょっとここで暴れないで。この機械いくらすると思ってるの」
「いや俺の心配は!?」
弥生の発言に鋭いツッコミを入れながら、ユーゴはゆっくりと立ち上がった。怜美はほっぺたを膨らませて体の前で腕を組み、仁王立ちになってユーゴを見下ろしていた。
「学院に入学したら、まず師匠である私に挨拶に来るのが礼儀ってもんじゃろ!」
「誰が誰の師匠だよ!それに忘れてたんじゃない!初等部と高等部って校舎も違うし、接点もないからタイミング逃したんだよ」
「だったら放課後にでも初等部の校舎まで来ればよかろう!その暇もないくらい忙しかったとは言わせんぞ?」
「いや、それは…。でも最近いろいろあったのは本当で…って、ヤメロヤメロ!その構えヤメロ!ここで暴れるなって言われたろ!」
怜美は息を深く吸いながら、狙いを定めるように左手の先にユーゴを捉え、右手の拳はゆっくりと後ろに引いている。彼女の体からはパチッパチッと、何やら電気のようなものが時折飛び出している。強烈な一撃が炸裂するかに見えたその時、怜美の頭の上にポンと手が置かれた。弥生は帰り支度を済ませており、いつの間にか怜美の後ろに立っていた。
「ハイそこまで。続きはまた今度にしなさい。怜美は早く教室に戻りなさい。ユーゴも早く寮に戻ってゆっくりしな。まだ疲れは取れていないはずだよ」
「戻らないよーだ。今日は急に午前中授業になったんじゃ。もうみんな帰り始めてるぞ?高等部の人も含めてな」
「え、それマジ?」
ユーゴはともかく、弥生も知らなかったようで、無言でスマホを確認する。そして無言でポケットにしまった。どうやら怜美の言っていることは本当だったようだ。
「じゃ、ご飯でも食べて、とっとと帰りなさい。とりあえずここは施錠するから、2人とも出て」
「弥生ちゃんはどうするの?」
「誰が弥生ちゃんだ。私は君の健康診断のために来たようなもんだからね。本土に帰るよ」
「そっか…。久しぶりに会ったから、昼ご飯まで一緒だと思ってたんだけど…。ホラ、ちょうど怜美ちゃんも来たわけだし」
そんな話をしながら、ユーゴと怜美は弥生の指示に従い、部屋を出た。弥生は鍵を閉めたことを確認すると、鍵を戸の横側の壁に向けて放り投げた。鍵がぶつかる直前、何の変哲もなかった壁から大きな口が出現し、鍵をパクリと食べてしまった。
「うわっぁぁ!!な!?え!?」
「なんじゃユーゴ。見るのは初めてか?」
「知らん知らん!キモ過ぎるだろなんだアレ!?」
「鍵の精霊だよ。ここに勤めてる職員はあの精霊と契約して鍵の受け渡しをする。部外者には絶対に鍵は渡らないって仕組みね」
弥生は鍵が飲み込まれ、壁から精霊が消えたことを確認した後、そう答えた。一瞬ユーゴを見たが、そのまま出口に向かって歩き始めた。
「2人とはいろいろ話したいけどね。前も話した通り、私は
そう言って弥生は一度も振り返らず、2人の前から立ち去っていった。
「で、怜美ちゃんは?俺に何の用事?」
「なんじゃ?用がなきゃ、会いにきちゃいけんのか?」
怜美はくるりと振り返って、いたずらな笑顔をユーゴに見せた。彼女はユーゴに対して、弟子だと言ったが、それは言い得て妙である。簡単に説明すると、編入試験の体術試験の対策として、ユーゴの練習相手を務めていたのが彼女である。因みに、怜美は特に何も教えていない。ただ組手の相手をしていただけである。
「実はユーゴにどうしても会いたいって言っとる奴がおっての。つまらん取るに足りん男だと説明したんじゃが、どうにも聞く耳をもたん。ユーゴ。これから会って、その者が抱いとる幻想をぶち壊すのじゃ」
「帰っていい?」
怜美は初等部の第四学年クラスに所属している。そのクラスメイトの1人が、ユーゴという名前の男の話をしていたのだという。その外見的特徴を聞き、佐藤ユーゴのことだと怜美は気が付いたようだ。知り合いだと話すと、是非会わせてくれと頼まれ、今に至る。ユーゴが保健室にいるという情報は、弥生から聞いたらしい。怜美から見て弥生は叔母である。
「早く早く!」
怜美はユーゴの手を引っ張り、そのクラスメイトが待っているという場所に向かった。
YUGO~魔術学院の編入生~ @Daichanmansan
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