第2話 ダイイングメッセージ
胸に熱い爆発が起こったような感触
それが何か認識するのにさほど時間はかからなかった
次の瞬間には頭は床に転がり
背後から刺した犯人らしき人影はがたがたと音を立てながら走り去った
視界の床が赤く染まる
どうも俺は刺されたらしい
心あたりなら数えきれないほどある
そもそも法律上は問題なくとも
倫理的には眉を顰められるような仕事をしている
悪徳弁護士とまでいかなくてもまあ好意的には見られないだろう
強いものか弱いものかでいえば間違いなく前者もとい前者のもつ金の味方だ
もともと真っ当な人間でも逆恨みを買うこの世界
そんなことで恨むのかという人間からそんなことを許すのかという人間まで
様々な人間を見て来た
容疑者なんていくらでも出てくる
人体のことはよくわからないが出血量と
人通りがろくに期待できないこの路地から考えれば
このままお陀仏な可能性はなかなかに高い
薄れゆく意識の中考える
最後になにかできることは…
辛うじて動く血まみれの右手に目をやる
せめて犯人の名を記すことだ
『ダイイングメッセージ』
推理小説では見かけるものの現実にはほとんどないそれを
まさか自分が書くとは思わなかった
相手が誰であれこの俺の人生を終わらせる相手に
一矢報いたい 罪を告発しないと死ぬに死ねない
これまで死者の声を聞こうとしてきた人間が
あっさり凡庸なもの言わぬ被害者になるなんて俺のプライドが許さない
幸い刺された時に落としたスマホはカメラが起動していた
少し前聞き込みをしていた関係で起動すると録画モードになる
力を振り絞り物陰に落ちたスマホを引き寄せ再生すると
犯人のご尊顔が写っていた
意外でもないがやっぱりというほどでもない
まあどちらかといえば恨んでるだろうなくらいの事件性
俺が擁護してかなりの減刑にした被告の事件の被害者だった
早速ダイイングメッセージを残してやろう
あっさり殺人の感触にビビッて何の確認もしないまぬけな殺人者と
世に知らしめてやることがせめてもの復讐だ
……しかし待てよ?
これここに血文字で書いて証拠能力ってあるの…?
いや19世紀のロンドンならともかくさぁ
ここって科学捜査の発達した日本だし…
そもそも裁判は原則として第三者にも確かなもの
通信記録だとか本人の証言だとかが採用される
俺がここで血文字を書いても俺が書いたとみなされるんだろうか?
犯人が別の人間に濡れ布を着せたとも取れる
血文字はダメだ。
俺が生きて証言は望めないしそうなると通信記録だ
幸いスマホは無事だ
これでLINEで最後のメッセージを送れば
いやでもそれも証拠になるのか…?
犯人がいくらでも拾えたスマホで送ったところでさっきと同じく
真犯人が濡れ布を着せたと思うだけでは?
あいつは慌ててスマホを回収しなかったが
普通はそんな何が入ってるかわからない情報の塊壊すか回収する
刻々と時間とともに血が流れていく
冗談じゃない せっかく余力があるのにみすみす何もできず死んでたまるか!
ぼやけた視界でスマホをいじる
そうだこれだ
俺は一番人数の多いビデオ会議チャットを起動した
「俺だ!一生の願いだから集まってくれ!今死にかけているんだ!」
何人か答えるようにオンラインになる
「俺は今刺された 犯人は〇〇、数年前の事件の被害者だ!
俺は確かにこの目で見た…というか偶然取れた動画をここにアップした!
俺はもう駄目だが誰か…無念を晴らし、て…くれ…ぇ」
やるべきことをやりきって俺の意識は耐えかねたようにぷっつり切れ
深い眠りへを落ちて行った…
「いやーあの時はびっくりしましたよ」
後輩、先輩、上司が口々にベッドの周りで言う
「けどすごいっすよね、今際のきわにも弁護士として確かな証拠を残す!
さすが先輩っす!」
結果的に俺は助かった
ビデオ通話の背景で場所が特定できすぐさま救急車が呼ばれ奇跡的に間に合った
「でもキミ、うわごとすごかったよねー 最後のメッセージの後
めちゃくちゃ救急車でうなされていたし」
「そうそう、僕殉職する部下の願いは聞いてあげなきゃって全部録音してたんだよ
ペットのコロちゃんを宜しくとか、仕事に使ってないデスクトップPCは破壊してとか他にも…」
「所長、ちょっと黙ってもらえますか…」
死の淵を彷徨っただけあって全身が痛い
あれだけかっこよく最後のメッセージを伝えた後こと切れていたと思っていたが
思ったより意識が残っていたらしい
「ま、あのビデオは間違いなく決定的な証拠になるし裁判もスムーズに進むだろう!」
「あの…それ俺が生き残った今俺が証言すればいらないのでは…」
「なーに言ってるのよ!証拠なんてあればあるだけいいんだから!救急車の中でもここ数日妙な人影見てたとか
刺した後ぶつぶつ動機っぽいこと言ってたとか事件に関係あることいっぱい言ってんだから
ぜーんぶ使うわよ!所長が録音してくれてたしね!」
確かに俺は生き残った 自分自身の機転で
しかしこの先を考えるとダイイングメッセージでも良かったかもな… ちょっとだけそう思って眠りについた。
思いがけず生き残ってしまった @salad86
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