第1話 憧れの騎士のように(4/4)

 凄まじい爆音が響く。


 「あれは……。避難しておいて正解だったようね。」


 ご令嬢を護衛する、給仕メイドに扮していた国王第二夫人派のスパイは足早に沿道を進む。


 蜘蛛の子を散らすように逃げ去って来た、戦意喪失した盗賊と何度か邂逅したが、まともな戦闘にはならなかった。


 特に、魔法使いの盗賊はひどく狼狽していたのが印象的だ。


 「ああいう盗賊みたいな、裏社会に生きている手合いのほうが“野生の勘”が働くって聞くけど。」

 「いったい彼らは、あの少年に“何を感じた”というの?」


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 爆炎に吹き飛ばされた護衛騎士長と魔法騎士が体勢を立て直す。

 竜の身体に炎はさほど効かぬ。



 衝撃も、新たに形成された“竜鱗もどき”がほとんど防いでいた。


 「アレはなんだ!?」

 「今の魔法、今の威力は!?」


 竜化した騎士二人は、ただ茫然としている。



 クライス少年は左腕を抑え、うめきながら、師匠の言葉を思い出していた。



 “ジングじいさんが……俺様の師匠が、『戦場は技を見せ合いっこする場じゃねぇ』って言ってたけどな。”

 “俺様はそうは思わねぇ。”

 “見ろよ、俺様の火焔術のキレを!”

 “お前にはな。クライス。”

 “俺様が得てきた火焔術の極意を、すべて伝えてある!”

 “んまぁ! 俺様ほどの天才でもないお前に、どれだけマネできるか知らんけどな!!!”



 「(ちくしょう!)」

 「(こんなときにクソ師匠の言葉が!)」

 「(僕の“火の言葉”の威力が強いのは……)」

 「(師匠のおかげじゃねぇから!)」

 「(いや、ちょっとは師匠のおかげかもしれないけど!)」


 「(グルルルルrrrrr)」

 「(下等なサルごときが、“トカゲもどき”になって竜をかたるとはな!)」


 誰だ!?

 これはいったい誰なのだ!?


 クライスの思考に、別の思考が混じる!!


 「(黒焼きにした毒蛇を精力剤がわりにする風習が、田舎にはあると聞くガ)」

 「(ヤツラ、亜竜の死骸のカスを煎じて飲んでおるわ!)」

 「(それを竜化薬だなどと、とんだインチキ薬師か!!!)」

 「(不快だ! まったく不快だ!)」



 あぁ。


 クライスが抑える左腕。


 灰色がかった鈍い光を放つ「紋章」のような、刺青のような、あるいは落雷にでも打たれた傷のような。


 とにかく、その左腕には鈍く光る筋のようなものが無数に入っている。

 よく見ればそれは、竜のあぎとに見えなくもない。


 「(だまれ! だまれ!)」

 「(僕のなかから……出ていけ!)」


 クライスは必死に腕を押さえつける。

 だが、無意味だ!

 頭のなかに響く声は勢いを増す!


 そんな混乱の最中にあるクライスの隙を見て、なんとか護衛騎士長と魔法騎士は集中力を取り戻す!


 「あれほどの大魔法、そう乱発はできぬはず!」


 「反動か知らぬが、今あの少年はへたり込んでいる!」

 「今が好機!」


 クライスに殺到する!




 「竜よ、竜の息吹よ。」

 クライスは語り掛ける。


 驚くほど自然に。

 だが、異様に。


 発音が聞き取れぬ。

 聞き取れぬはずが、なぜか意味が頭のなかに直接響いてくる。


 クライスは語り掛ける。

 何に?


 「鈍くxxx邪悪xxxデュマウデン・マ・スミィッガ“ニドヴェルム”、そのxxxxを与えxxxメゼィエム・デュ・マムゥスミガ。」


 これこそが“真なる言葉”。

 “力ある言葉”。


 “真なる力ある言葉”を“竜語で”語る!



 クライスの左腕に、魔力が吸い込まれる!

 この世すべての魔力が圧縮されるのではないかと見紛うほど、高圧縮、超高密度!

 常識では考えられぬ、恐ろしい魔力粘度と収束率!


 「鈍色のxxxメゼームン・ム・マムゥ・フィゼィ。」


 左腕にある刺青のような線状の傷跡が、鈍く輝く。

 まさしく鈍色にびいろの光。


 圧縮された魔力の奔流が、信じられぬほどの超高効率で熱エネルギーへと変換される。

 圧倒的な炎。

 爆炎などという表現では追い付かない。


 しかも、赤でも黄でも白でもない、不気味な鈍色にびいろの炎。

 まとわりつくような。


 まさしくこれは、名のある古代龍エルダー・ドラゴンのドラゴンブレスそのものではなかったか!?



 「ば、ばか……な」


 護衛騎士長は、咄嗟に盾を構える!


 魔法騎士は、全力で防御魔法をまとう!

 「「アイス・プロテクション!」」

 不得意な水魔法だが、練度は高い!

 重ね掛けだ!!


 しかし、まったくもって無意味!



 直撃を受けた魔法騎士は、跡形も残らない。

 消し炭にすらならない。

 魔力を散らす効果があるはずの赤銅鋼も、重装備の鎧も、存在そのものがまるでこの世になかったかのように、一瞬で蒸発した。

 それほどの高温、高圧の炎だったのだ。



 護衛騎士長は、盾を構えたのが幸いしたのか、それとも災いとなったのか。

 強烈な爆風と空気圧に押されて、構えて居られず、半身になったために直撃を免れた。


 だが、半身をかすってしまった。


 左腕は構えた盾ごと蒸発。

 その周囲も激しい高熱で、最重度の火傷を負っている。

 そもそも、炎にわずかでもかすった部位は炭化していた。

 左足は、辛うじてつながっているものの、それだけだ。

 もはや感覚はなく、おそらく神経だけでなく骨髄に至るまで高熱によって機能を失っているだろう。

 内臓にも重篤な被害を受けているに違いない。


 鎧の重装備、竜化による防御力上昇、竜化による耐熱性向上、そして多大な幸運。

 これらをもってしても、護衛騎士長の五体を満足に戦える状態で残してはくれなかった。


 「し、ショウ、ねん……なかなか、やる、な。」

 「だ、だが!」

 「我らとて、負けられぬ!」


 なんと!


 隠し持っていた、二本目の竜化薬だ!


 もはやこの戦いを終えても、命は助かるまい。


 だがせめて一矢報いようというのか!?


 それは果たして、主君に仕える騎士道精神のなせる業か!?

 それとも、何か譲れない執念や情念のようなものか。


 「わたしも! わたしだって!」

 「憧れていたさ!!!!」

 「空騎士に! 子供の頃は!」

 「だが、あんな騎士はいない!」

 「あのような、自由に生きられる騎士はいない!」

 

 飲み干す!


 失われた左腕が、歪に再生する!

 吐き気をもよおすドス黒い血を噴き出しながら、腐った土気色の腕が生える!


 左足はちぎれ、新たな足が再生する!

 だがそれは、左腕と大して変わらないものだ!

 人間というよりも、デカいトカゲの成りそこないのようだ。


 「わたしは!」

 「年端もいかぬ少女を切り殺すために剣術を磨いたのではない!」

 「だが! 状況がそれを許さぬのだ!」

 「わたしは! 仕える主のために、やらねばならぬのだ!」

 「わたしは! あの寝物語の空騎士のようには、生きられなかった!」

 「生きられる騎士が、いるはずがない!!」


 怒号というよりも、それは嗚咽に近かった。


 「だ、だったら!」

 「どこまでも自分の正義を信じて、抗ってみせればいいだろう!」


 クライスは吼える!

 だが、自分が間違ったことを言っているかもしれぬという自覚はあった。

 少年特有の、世間知らずな反応かもしれぬ。


 「(ちくしょう!)」


 ここにきて、師匠の言葉が思い出される!


 “お前の人生だろ。生きたいように生きりゃいいじゃねぇか。”


 「(僕は! ジルバのように生きるんだ!)」


 ジング大師匠の言葉ではなく、なぜかクソ師匠の言葉を思い出してしまっていたことに、クライスは気づいていない。



 「だいたい! 騎士は! 従僕でなければならぬのだ!」

 「あの空騎士が従僕であるなら、いったい、誰に仕えていたというのだ!?」

 「自由気ままに生きて!」

 「そんなことが! 許されるわけがないだろう!」


 あぁ!

 ついにジルバに向けられた罵倒が、クライスの逆鱗に触れる!


 「誰に仕えてたかって!?」

 「人民だ! 人々だよ!」

 「それとなぁ!!!!!」

 「あんたさっきから、騎士は従僕だとか、従うべき主君がどうだとか!」

 「間違ってるから!!!!」

 「ジルバは、騎士ナイトじゃなくて、騎士ライダーとか騎士キャバリアーなんだよ!」

 「“従僕”って意味のほうの騎士じゃなくて、“騎乗する戦士”って意味で「騎士」なの!!!!」

 「そこ、間違えないでくれますか!?」

 「ちゃんと原語版を読め!!!!」


 なんということであろうか!?

 クライスは空騎士ジルバの重めのオタクだったのだ!!!


 「もう終わりにします!」

 「我が敵を焼き貫け、炎の投げ槍クゥア・メィナ・コズ・メイェム!!」

 

 「グワァーッ」

 二度にわたる竜化で強化されたものの、クライス少年と「相性がいい」、むしろ「相性が良すぎて、多用が禁物」である“火の言葉”を受けてしまっては、もう立っていられない。


 辛うじて人の形を保ちつつ、その場にくずおれた。



 クライスの左腕から感じられた禍々しい古代龍の気配はどうなったのか!?


 実は、彼が早口でジルバのことをまくし立てた前後で、完全に気配を失っている。


 ・

 ・

 ・

 戦いが終わり、どっかりと座り込むクライス。


 遠くから、走り寄ってくる影。


 ご令嬢たちだ。


 「おーーい、終わったよーー。」

 手を振る、が。


 様子がおかしい。


 「すみません! 抜かりました!」


 国王第二夫人派のスパイが、ご令嬢を抱きかかえながら全力疾走してくる。

 御付きの者と、ナタリアと呼ばれた戦闘給仕バトル・メイドの姿は見えない。


 「沿道を張られていて!」

 「しかも、反伯爵派が反国王第二夫人派と手を組んで、大規模に野狩りをしているんです!」

 「もはや事態は、子爵家の継承問題ではなくなっています!」

 「すでに……王国全土を巻き込んだ大規模な派閥争い、いえ、内戦に発展しつつあります!」


 スパイとご令嬢を追いかけてくるのは、軽装の歩兵たち!

 その後ろから、騎兵も攻め寄る!


 そしてどこで隠れて見ていたのか、散り散りになって逃げたと思われていた盗賊団の一員に扮した、護衛騎士の生き残りがいた!


 「こっちだ!」

 「こっちには、バカみたいに強かったが、手負いの魔法使いの子供がいるだけだ!」

 「あれだけの大魔法を乱発したんだ。」

 「魔力は残っていないだろうし、この周囲の魔力も魔素もまったく使い切られてる!」

 「今がチャンスだ!」


 ああ、もう本当に終わりだろうか!?


 だがスパイはこのとき、ある盗賊の言動を思い出していた。

 クライスから逃げてきた、魔法使いの盗賊の言葉を。


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 ・

 ・


 「あのガキ、たしかに不気味な魔法を使いやがる。」

 「それは気持ちわりぃが、そんだけだ。」


 「それとあと、なんか左腕にヤベぇ気配をさせてやがる。」

 「だが別に、召喚獣使いや契約魔獣使いにはよくあるこった。」


 「だが、あの雰囲気!」

 「昔、俺がまだガキだったころ……。」

 「裏社会で見た、“フレイムロード”だとか“皇帝カイザー”だとかを自称するヤベェ火炎魔法の使い手。」

 「いくつもの裏組織をまとめ上げて、魔力を増幅する代わりに寿命が縮むヤベェ薬を売りさばいてた、あの魔法薬ブローカーのボス。」


 「そいつと、おんなじ雰囲気をもってやがる。」

 「眼つきとか性格とかじゃねぇんだ。」

 「雰囲気だ!」


 「まとってる魔力っていうか、魔力ってよりも、もっと生命力の根っこみてぇな、命にくっついてる能力っつーか。」

 「とにかく!」

 「あのガキは、めちゃくちゃヤバい!!!!」

 「二度と関わるんじゃねぇぞ! 俺もゴメンだ!」

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 盗賊が、仲間たちに向けたあの言葉。

 スパイの少女が、どれほど聞き取れたか、そしてどれほど信じたかは分からぬ。


 だがとにかく、少女はもはや、クライス少年に頼るほかなかった。


 「もう、何も……装備もありませんが。」

 先ほどの果物ナイフは役に立ちました? なんて、くだらない冗談を言っている。

 強がりだ。


 だが。


 「あのナイフね! すごーーーく役に立ったよ! ありがとう!」

 「でも、次はそうはいかないから。」

 「……少しの間、借りますね。」


 少年は、倒れている護衛騎士長の近くから、剣を拾い上げる。

 ボロボロではあるものの、無いよりはマシか……。


 「ダイヤのAを冠する、僕の『護符の勇士エース・オブ・アミュレット』がもつセンスオーラ!」

 「『すべての物に感謝を捧げるワン・フォー・オール』!!!」


 あぁ!

 なんということか!

 少年が手にしたボロボロの剣に、光が集まる!

 まるでとんでもない業物か、伝説の武具アーティファクトだ!

 これが!

 なまくらの短剣と果物ナイフの二本だけで、歴戦の騎士たちと幾度も切り結ぶことができた秘密だ!


 師匠であるフレイマンと同じ特殊能力体系、“センスオーラ”のなかでも、特に強力な能力を身につけている。


 自分が手にした「器物」を一つ、自分にとっての「護符」に変化させる能力だ!

 何段階も「対象の器物」がもつ機能を向上させることができ、例えばを一流の刀鍛冶が鍛えた業物と同等にできる。

 元々が一流の刀鍛冶が鍛えた業物であれば、妖精が魔法を込めた聖剣にも引けを取らぬ効果を発揮するだろう。


 それだけではない!



 「魔力も。もう残ってないけど。」

 「このあたりの魔力を全部使い切っちゃったけどね。」

 「だから、からもらうよ。」

 「『すべての物が感謝を捧げるオール・フォー・ワン』!!!」


 あぁ!

 なんということか!

 周囲の動物、草木、大地や空までもが!

 少年に、少しずつ、少しずつ魔力を与えてくれる!

 これが!

 無尽蔵とも思える魔法攻撃を可能とした魔力供給手段の秘密だ!


 師匠であるフレイマンと同じ特殊能力体系のなかでも、一つの能力が二つ以上の効果をもっていることは非常に珍しい!

 似た効果や派生効果であれば稀にあるが、まったく異なる二つの効果をもつという事例は、現時点ではクライス少年だけだ!


 スパイの少女は、ゴクリ、と息をのむ。

 圧倒的魔力量。

 少年の左腕から感じる、禍々しくおぞましい気配。


 それを知らず、突撃してくる反伯爵派・反国王第二夫人派連合軍。


 少年は、クソ師匠の言葉を思い出していた。


 

 “お前の人生だろ。生きたいように生きりゃいいじゃねぇか。”

 “その代わり、起こったことは全部自分のせいだし、自分でなんとかするんだぜ”

 “そのためには……”



 少年の脳内には、再び“竜の声”が聞こえている。

 ひさしぶりの“火の言葉”の影響で、精神の牢獄の最奥から呼び起こされたのだ。

 すぐに寝てやる道理もないだろう。

 「(はよう火を使え。我の息吹きでもよいぞ。)」


 「(だまれ!)」

 「(空騎士にたおされた竜の亡霊が、ごちゃごちゃ言うな!)」

 「(僕は、お前の力なんか借りずに!)」

 「(できれば、借りずに!)」

 「(……たまにしか、借りずに。)」

 「(なんとかしてやる! してみせる!)」


 僕は、強くなるんだ。強く生きるんだ!

 自分が生きたいように生きる! 空騎士ジルバのように!!!!

 具体的には『空騎士ジルバの大冒険』の、第1巻~第5巻の中盤くらいまでのジルバのように生きるんだ!


 「騎士らしく、名乗りを上げてから戦うとしよう。」


 「我が名はクライス・フレイマン!」


 「邪竜ニドヴェルムを斃せし空騎士ジングに師事した」

 「“フレイムロード”カイザー・フレイマンの一番弟子!」


 「行きます!」


 「風の刃よ。我らの敵を切り裂けア・ツェムゥドゥ・ジャロォオ風刃ヴェンド・ジャリィム!」

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 よぉよぉ、みなさんおそろいで。

 どうだったかな?

 俺様の大事な弟子の自己紹介は。


 生っちょろくて青臭いが、けっこういい線行ってるだろ?


 いい男になるぜ。俺様に似てな!


 残念だが、俺様はコイツの成長を見届けてやれねぇ。


 に行かなきゃならないんでな。


 おっと、死ぬって意味じゃないぜ。


 また別の異世界の問題を解決しなきゃならねぇって意味だ。分かるかい?


 ん? 皆まで言うな? 言わないほうがカッコよかった?

 そ、そうか。


 まぁいいや。


 とにかく、俺様の代わりにクライスをどうか応援してやってくれ。


 じゃあ、またな!

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空騎士の弟子の弟子 斑世 @patch_world

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