第1話 憧れの騎士のように(3/4)

 「まさか、正面から来るとはな。」


 沿道脇に陣取る騎士たち、そして盗賊団の混成軍の前に、クライス少年は現れた。



 「僕のクソ師匠が言ってたんでね。」

 「『戦いは力押しだ』、『策略とは弱者が弄するものだ』って。」

 「あんたらの底はもう見えてる。力で押し切ればいい。」

 「策を弄するべきは、あんたらのほうなんだよ。」

 「……それから。」

 「訂正しろ!!!」

 「空騎士ジルバは、もしかしたら空想の話かもしれない。」

 「でも、その生き方や教えからは、学び取れるものがあるはずだ!」


 盗賊たちの顔が下劣な笑顔に歪む。

 獲物がノコノコやってきたのだ。

 それに、こんなにイキがいい。いたぶりがいがあると思っている。


 護衛騎士たちは表情を変えない。仕事をするだけだ。


 唯一、護衛騎士長だけが一瞬、苦悶に顔を歪ませる。

 気ままに国を出て、おもしろおかしく難題を解決し、ときには復讐のために刃を振るう。

 そんな、心の赴くままに、自由に生きられる騎士などいようはずがない。

 あの絵本は、くだらん戯言だ。

 書いてあることに、見るべきものはある。

 もちろん、子供のための絵本だから、教育的な側面もある。

 だが、正しさだけで生きていけるほど、この世界は単純ではないし優しくもない。



 一瞬の隙。


 まさか、小僧が一人、正面から来るわけがないという思い込み。

 そして、くだらない空騎士の話で、みな完全に油断した。


 騎士団と盗賊団がこの少年に注目し、そして完全に気を抜いてしまった一瞬。


 再び少年は、語りかけた。


 「閃光よあれ、稲妻よあれ。我が敵の目をくらまし、我が敵を貫き給えザモエルメ・ムンダ・ズマディオール・ディオメンド『閃光稲妻』よズマディオメンド。」


 まただ!

 また、少年が使う謎の魔法だ!

 この場にいる魔法使いたちは全員、氷の爪で背中をかきむしられるような不気味な違和感に戦慄する!


 少年の周囲から、眩い光を伴った強力な電撃が放たれる!

 またしても、魔力を練ることもなしに……だ!


 閃光とともに襲い来る電撃に、騎士団も盗賊団も成す術がない!

 一団の全体を、まんべんなく激しい光と電流が包みこむ!


 ダメージとしては、実は致命的ではない。

 しかし、不意打ちで視力を奪われ、しかも手足に痺れと火傷の痛みが残るこの状況は、一つの勢力を瓦解させるのに十分だった!

 特に、彼らが騎士団と盗賊団を無理やり融合させた烏合の衆であれば、なおさらだ。



 魔法使いの盗賊は、すでに一目散に逃げ出している!

 電撃で麻痺が残った足を引きずり、うまく開かない目をむりやり開けて、なんとかして逃げようとしている。

 「なんだあいつ、なんなんだ!?」

 「気持ちわりぃ、気持ちわりぃよ!」

 「魔力の流れが見えねぇ! あれは、あれは、魔法じゃねぇ!!」

 「それに……それに……!!!!」


 護衛騎士たちは、辛うじてその場に踏みとどまり、秩序を保っている。

 だがそれでも、魔法騎士は狼狽していた。

 やはり、逃げ出した魔法使いの盗賊と同じだ。

 「(な、なんなのだ、あの魔法は!?)」

 「(見たことも聞いたこともない。効果も。詠唱も。魔力の練り方も。)」

 「(未知の技術体系だとでも言うのか!?)」


 多くの盗賊たちも、ほとんどが逃げ去るか、茫然としている。

 少年がもつあまりにも不気味な雰囲気に、もはや戦意は喪失している。

 

 しかし、なまじ魔法を知らぬ一般の騎士たち、そして護衛騎士長はまだ戦う気は満々だ!

 当然である!

 向かってきた少年はただ一人。

 謎の魔法を使ったが、それだけだ。

 まだ戦局は、少年が圧倒的に不利!



 「くそっ! けっこうやるな、騎士団のおじさんたち!」

 「いったん体勢を立て直すぞ!」


 クライス少年が!

 まるで誘うように、説明口調で退却する!!


 騎士団は、それを追いかける!

 やむを得ぬのだ。

 たとえ罠だと分かっていても、騎士たちは主君の従僕であるため、愚直に命令を執行することしかできぬのだ!


 先ほどの電撃による麻痺と視力低下状態は、個人差がある。

 回復した者、そうでない者。回復していないが、無理やり前進する者。


 誰一人として同じ状況の者がいない。


 騎士団たちの進行速度が全員バラバラになったことで……。


 あぁ。


 沿道一本道に、騎士たちが10名以上、一直線に並ぶことになってしまった!!!


 隊列が伸び切っている!


 全員が、直線の射線上にいるのだ!



 そしてクライスは、またも語り掛ける!!!!


 「挫折よあれ、稲妻よあれ。我が敵の心を砕き足を折れ、我が敵を焼き穿てシュラハディオ・ザメルメ・ズラディオール・ディオメンド『枯死稲妻』よシュラッハディオールメンド。」



 今度は、赤黒い閃光が騎士たちを貫く!

 沿道上に一直線に並んだ騎士たちを!!!


 こちらも実は、それほど致命傷を与えるタイプの攻撃ではなかった。

 身体の表面を必要以上に焼き焦がし、痛覚を過剰に刺激し、そして反対に関節や筋肉の重要部を麻痺させる。

 これによって、立ち上がれぬほどのダメージを受けたと誤解させ、相手の心を折る。


 植物が枯れて朽ちるように、相手の戦意を朽ち果てさせる。

 それが、枯死稲妻だ。


 そして当然だが、こんな魔法を魔法騎士は知らぬ! まったく知らぬ!!

 騎士団全員、そして辛うじてその場に残っているだけの盗賊団員も知らぬ!


 一目散に逃げ出した魔法使いの盗賊がこの魔法を目にしたら、泡を吹いて気絶するだろう!


 クライスは得意げだ!!!


 「『押して押して押して、引いて、押せ』って言ってたからな! クソ師匠が!」

 「いや、戦いの話じゃなかったかもしれないけど……。」

 「(女の人を口説くときか……もしくは、もっと良くない物を売りつけるときの話だったかもしれないけど。)」

 「とにかく! うまくいった!」


 しかし。


 「こ、この程度で!」

 「これしきのことで!」


 立ち上がったのは、護衛騎士長と……そして、魔法騎士だ!


 魔法騎士の鎧に描かれた赤い線の意匠は、魔力伝導率が高い特殊金属「赤銅鋼せきどうこう」を使ったものだ。

 魔力をよく通し、同時にある程度の魔力を蓄積できる。


 誰も知らぬ謎の魔法『枯死稲妻』も何かしらの魔力を伴う効果である以上、赤銅鋼の魔力分散効果を受けたようだ。

 麻痺効果は半分も与えられていないだろう。


 そして護衛騎士長は……ただ単に、根性だけで立っている!


 「アレを!」

 「なりふり構っていられぬ。アレを使うぞ!」


 護衛騎士長が叫ぶ。

 魔法騎士に手をかざしながら。


 「ようやく使ってくれる気になったのですね、団長。」

 「我ら赤竜党せきりゅうとうの秘儀を!」


 魔法騎士が、懐から赤黒い瓶を2つ取り出す!

 禍々しい!


 「これなるは、竜化の秘薬!」

 「錬金術の最奥にして、竜の加護を受けし秘術をとくと見よ!」


 護衛騎士長、そして魔法騎士が禍々しい液体を飲み干す!

 毒だ!

 これは絶対に体に毒だ!


 同時に、クライス少年は思い出していた。


 「(そうだ!)」

 「(クソ師匠が言ってた『押して押して押して、引いて、押せ』って、)」

 「(違法ブラムバイアルBBBVスリービー・ヴイを手押しでさばくときの極意だ。)」

 「(BBBVスリービー・ヴイが何なのか、詳しくはよく分かんなかったけど、)」

 「(自分の身体に無理をさせて、能力以上の能力を引き出す禁断の薬物だって言ってたな。)」

 「(あの人たちが飲んだ液体、それに近いヤバさを感じる!)」



 護衛騎士長と魔法騎士の筋肉が、不自然に盛り上がる!


 体温が急上昇し、皮膚の一部が焼けただれ、その奥から鱗のような組織が形成されるのが見える!


 まさか!

 竜化の秘薬とは、文字通り竜へと変じる魔法薬のことなのであろうか!?


 よく見ると、魔法騎士の「赤銅鋼」で作られた赤い線の意匠は、口を開く竜の顔に見えなくもない。

 今まさに、炎を吐こうとしている赤竜のようだ。


 異形と化した魔法騎士が叫ぶ!


 「フレイム・ウォール!!!!」


 魔法だ!

 この世界では一般的な、誰もが知る魔法。

 だが、目にする機会はそう多くはあるまい!


 火属性の中級魔法!


 一般的な市民生活では決して見ることがない、中級の攻撃魔法だ!

 「壁」の名を冠する魔法名から誤解されがちであるが、これは防御系の魔法ではない!


 「グハハハ!」

 「竜化した我らならまだしも、貴様のような軟弱な人間の肉体ではこの高熱に耐えられまい!」


 人格が!

 魔法騎士の人格が、より野蛮で粗暴になっている!

 おそらく竜化の悪影響であろう。


 護衛騎士長も、湧き上がる破壊衝動を攻撃へと転化させている!


 すさまじい速度と威力の突き!

 クライスは短剣で辛うじていなす!


 しかも!

 二刀流だ!

 短剣が増えている!

 さきほど騎士の重撃を受けたのとは別の短剣だ!

 そちらも、護衛騎士長の重剣撃をなんとか受け止めるだけの強度をもつ、立派な武器である!


 思った以上の戦闘センスだ。

 だが、高熱により体力を奪われ、酸欠で意識が朦朧としてきた。


 もともと大人と子供ほどの体格差があり、騎士は重鎧で武装しており、なおかつ竜化によってもう一回り肥大化している!

 しかも!

 相手は2人だ!!

 もはやクライス少年に打つ手はない!


 魔法騎士は、強力な中級攻撃魔法を乱打しながら、剣撃も繰り出す!

 「フレイム・ストライク!」

 「ブレイジング・ホイール!」


 一撃一撃が即死級のダメージだ!


 どれ一つとして、まともに受けてはならぬ!


 竜化によって得られる魔力上昇により、人間の身では不可能な中級魔法の連射を可能にしているのだ!


 護衛騎士長は、身体が竜人へと変化したとて、なお高い技術で剣を振るう。

 長年の鍛錬で染みついた剣術が冴えわたり、竜化による破壊衝動が見事に攻撃力へと上乗せされている。

 生粋の武人なのだろう。


 致命の波状攻撃が続く!


 この攻撃を受け続ける体力よりも、短剣の耐久力が持たない!

 重撃を受け止めすぎて、刃が赤熱化している。

 すでに両方の短剣が限界まで刃こぼれしており、短剣というよりもただの金属の棒だ!

 むしろ、ここまでずっと短剣二本で受け切ってきたことのほうが異常だ。

 とんでもない業物なのか、それとも伝説の武具アーティファクトなのだろうか!?


 もう終わりか!


 「風刃ヴェンジャルッ!」


 またもクライスが謎の魔法を使う!

 魔力を練っていない!

 が、雑だ!

 今までの魔法に比べると、各段に威力が低い!


 圧縮された空気の刃が護衛騎士長と魔法騎士を襲う。

 だが、それほど効いていない。

 竜化の影響もあるのだろうが、そもそも、元から着用していた重鎧を切り裂けていない。


 足止め程度の効果しかない!


 「地槍ダ・モンガ・ドゥ!」


 またもクライスが謎の魔法を使う!

 魔力を練っていない!

 そして、さらに雑だ!

 大地から槍のように、硬質化した石と土の槍がせり上がる。

 しかし、速度も微妙、硬度も微妙。

 明らかに精彩を欠いている。


 もはや、足止めにもならぬ。


 そしてついに、短剣が一本砕けた。

 戦いの途中から取り出した、二本目の短剣のほうだ。

 むしろ当然と言えよう。

 高い技術力をもった騎士2名が、一時的な強化薬で筋力を増強して波状攻撃を繰り出してきたのだ。

 それをよくぞ今まで受け切った。


 砕け折れた短剣は……光の加護のようなものを失い……。


 しかし……よく見ると、この短剣。

 もしや、ただの果物ナイフではないか!?

 ご令嬢の給仕メイドか、あるいは御付きの者か。

 ご令嬢の身の回りの世話をするために持っていた果物ナイフだ。


 それに。


 「闇弾ドゥーメズマ!」


 「石弾グルゥムズマ!」


 いったい、いくつの謎の魔法を使うのか!?


 しかも、魔力が途切れる様子がない!

 魔力を練らずに魔法を放てるとて、無尽蔵に放てるわけがあるまい!


 しかし、クライスはある言葉を思い出して苦虫を噛み潰すような表情になる。


 “『無数の半端な技よりも、研鑽した一つの技が勝敗を左右するものじゃ。』”

 “『じゃが、戦場は技の見せ合いをする場ではない。』”

 “『技の多彩さを自慢する場でもなければ、磨いた技の練度を発表する場でもない。』”

 “『結局は、いかに「効くか」に過ぎんのじゃ。』”

 “『意外と、隠し玉が当たったりするもんなんじゃよ。』”

 “……って、ジングじいさんが……俺様の師匠が言ってたぜ!”


 「(こんなときに! クソ師匠!)」

 「(今の僕の状況を勇気づけるんだかつけないんだか微妙なことを思い出させて!)」


 「火弾コーフォズマ!」


 またも謎の魔法!

 ずいぶん雑に放たれた!



 だが。

 今回は、様子が違う。


 今までの「とりあえず足止めのために放った」魔法とは、まったく違う。


 圧縮された燃素。

 高温高圧の爆発。


 それは、「ファイア・ボール」と同等の下級攻撃魔法であった。


 しかし、極めて高度に洗練され、恐ろしい量の魔力が編みこまれた、いわば小さな太陽。


 手のひら大の超新星爆発。



 激しい爆音と風圧、高熱で、護衛騎士長も魔法騎士も吹き飛ばされる。


 あぁ。


 今までどれほどの「力ある言葉」を紡ごうとも、“火の言葉”だけは禁忌としていたのに。


 クライスがもっとも得意とする、そしてもっとも嫌う“火の言葉”。


 師匠、フレイマンが使うのと同じ、火の攻撃。


 師匠の言葉を思い出して、それに気を取られて、思わずしまった。


 あぁ。


 そして、

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