第1話 憧れの騎士のように(2/4)

 「きゃああーーーっ!」


 響く悲鳴!


 「逃げてもムダだぜ、お嬢ちゃん。」


 下卑た盗賊!


 「まさか給仕メイドのなかに、戦闘給仕バトル・メイドが潜んでいようとはな。」

 「これも伯爵家の遣いか。それとも国王第二夫人派の計らいか。」

 「だが、所詮は潜伏兵力。」

 「我ら、常備軍に勝てると思うな。」


 妙に生真面目な重装備の騎士!


 逃げるご令嬢とご令嬢の御付き、給仕メイド

 周囲には、彼女たちを逃がすために戦い、敗れた戦闘給仕バトル・メイドの遺体が散らばっている!



 もはやご令嬢の命運は尽きたか。


 いや。


 そんな不運にして不穏な現場に居合わせてしまった少年、クライスがいる!


 「どうする、どうするクライス!?」

 「いや、決まってるか。」

 「“ジルバならどうするか。”」

 「助けるしかないよなぁ!!」



 彼は憧れの空騎士のようにふるまうため、弱い者を見捨てられないのだ!


 ご令嬢と賊との間に颯爽と割って入る!


 「なんだぁ、貴様は!」

 賊が吠える!


 「少年。これは、こちらの問題だ。」

 「ムダに命を散らすこともあるまい。」

 騎士が優しく諭す!

 だがもちろん、犯行場を見られたからには誰も生かして帰す気はない!


 今度は、クライスが吼える!


 「あんたたち! 大人が寄ってたかって、卑怯な!」

 「いや、仮に一対一だとしてもだ!」

 「女性にこのように乱暴狼藉を働くものではない!」

 「騎士であれば、騎士らしく振る舞いたまえ!」

 「そう、あの空騎士、ジルバのように! 気高く!」


 声は上ずっている。

 なんとか気合を入れたが、死体を見るのは……それも、戦って死んだ者を見るのは初めてだ。


 “殺された遺体”ともいえる。


 怖くないわけがない。


 そしてその殺意の矛先は、自分にも向かってきたのだ。


 死の恐怖もビリビリと感じている。

 少なくとも、クライス少年はそういった野性的な危機意識や直感はもっていた。

 今対峙している大人たちは、少年であろうと、それどころか、女子供であろうと容赦なく切り捨てるだろう。


 ジルバに勇気をもらって、なんとか奮い立つ……



 「おいおい、この騎士気取りのガキがよぉ!」


 「空騎士だってよぉ!」


 「あのウソっぱちのホラ話で!」


 「騎士がどうだとか言っちゃってるのかよ!?」


 盗賊たちがあざ笑う!


 致し方ない。


 『空騎士ジルバの大冒険』は、どんなに高く評価したとて、児童文学にすらも分類されぬ低俗な娯楽読み物だとされている。

 現実味がない。

 荒唐無稽だ。

 “異世界で活躍した騎士の話”など、まったくもって感情移入できない、と。


 どちらかというと、幼年向けの奇書という扱いだ。


 これには冷酷な騎士も、思わず反応してしまう。


 「少年。あれはな。ウソなのだ。あんな騎士は、いないのだ。」

 「騎士ナイトとは、本来は『従僕』という意味だ。」

 「主君のためには、手を汚す。」

 「なぜなら、騎士とは主君のしもべだからだ。」

 「命令されれば、少女であろうと斬らねばならぬ。」

 「それが秩序。」

 「それが騎士の使命というものだ。」

 「寝物語の騎士のようには……自由には。」

 「生きたくとも、生きられない。」

 「(生きられなかったのだ、私は!)」


 空騎士の話を持ち出した時点で、クライスはある程度の覚悟ができていた。

 大人たちの嘲笑には慣れている。

 荒唐無稽な騎士絵本の話など、誰も本気にしていなかった。


 しかしその陰に隠れ、本気の後悔を滲ませる護衛騎士長の様子にも、誰も気づかない。



 だが、嘲笑と慟哭の裏でクライスは思い出していた。

 フレイマンのじいさんは確かに言っていたはずだ。


 “ジルバの大冒険? ああ、あれは事実だぜ。”

 “なんたって、俺様とジングじいさんの異世界での大活躍を基にして書いてあるからな!”

 “ジングじいさんは、俺様の戦友であり……まぁーーーちょっと持ち上げてやると、俺様の師匠みたいなもんだな!”

 “空騎士ジルバの元ネタは、俺様の師匠であるジングじいさんなのさ。”

 “だからな、クライス。お前の師匠の師匠は、実質的に空騎士ジルバみたいなもんなんだよ。”

 “お前は、伝説的な空騎士の弟子である俺様の弟子、っつーわけだ!”


 クライスは少し揺らぐ!

 「(ちくしょう!!)」

 「(ジルバの大冒険は、ただの絵本じゃないのに。本当にあった事実なのに!)」

 「(もし仮にフィクションだったとしても、汲み取れる教訓はたくさんあるのに!)」

 「(それの根拠が、僕のクソ師匠の酔っぱらった勢いの与太話だけしかないなんて!!!)」


 また別の騎士が告げた。


 「空騎士とやらに憧れるのもよかろう。」

 「物語と現実を区別できぬ哀れな狂人なのか。それともただの世間知らずなのか。」

 「どのみち。見られてしまったわけだ。」

 「隊長、時間をかけては不測の事態が起こるやもしれません。」

 「ここは速やかに。」


 言うが早いか、素早い剣撃を少年の首元に振るう!


 しかし!


 短剣がそれを防ぐ!


 少年も、理想を語るだけの無能ではなかった。

 しっかりとした体系的な訓練によって身につけられた戦闘術。

 その片鱗が見え隠れする。


 そして、騎士の重撃を受け止められる強度の武器も所持している!


 「惜しいな、少年。しっかりと訓練されているのか。」

 「空騎士などの戯言は捨て、そこな少女を我らに明け渡せ。」

 「そうすれば、我らの派閥に組み込んでやることを進言することを検討してやらないでもないぞ。」


 信じてはいけない!

 おそらく、なんだかんだいって後で消すつもりだ!



 「お、お嬢さん! どうか逃げてください!」


 剣撃を幾度か受け止めながら、クライスはご令嬢に目をやる!


 「すみません、ナタリアが……!」

 「動けないのです!」


 ご令嬢はこの状況にあっても気丈だ!

 ナタリアとは恐らく、唯一生き残った戦闘給仕バトル・メイドであろう。

 右腕の肘から先をバッサリと斬られている。

 止血は済んだようだが、まともに戦えないどころか、何か処置をしなければじきに死ぬだろう!


 ご令嬢、ご令嬢の御付き、給仕メイド、そして瀕死の戦闘給仕バトル・メイド


 彼女らを背に、クライスは踏ん張る。

 空騎士ジルバなら、なんとかするはずだ!


 「いい加減にしやがれ! 目障りなガキが!」


 盗賊のなかから、少し雰囲気がある男が前に出る!


 ああ、杖を!

 魔法の杖を持っているぞ!?


 「やんぞ!! 連携だ、騎士サン。」


 魔法を使う盗賊が、騎士団に呼びかける!


 ああ!

 騎士のなかからも、ひと際豪奢な鎧を着た者が前に出る!

 鎧の随所に赤い線の意匠が施されている!


 魔法騎士だ!

 しかも、おそらく火属性魔法を使うのであろう!

 「いいだろう、魔法攻撃を連携する。合わせろ。」


 「オマエが合わせんだよ、騎士サンよぉ!」

 盗賊が魔力を練り始める!


 「一撃で決めるぞ。」

 魔法騎士も魔力を練る!



 先ほどまで切り結んでいた騎士が、クライスの間合いから飛びのく!

 いますぐにでも、火炎魔法の十字砲火が浴びせられてしまうだろう!


 そのとき、咄嗟にクライスは叫んだ!


 「お嬢さん!!! 逃げましょう!!!!」


 今まさに放たれる魔法を背に、クライスは少女たちのもとへ向かう!


 「ムダなことをぉ!!!」

 「くらえい!」


 「「ファイア・ボール」」


 魔法が! 二重で放たれる!


 だがクライスは、火炎魔法を背に、独り静かに語りかける!


 「霧よ。我らの姿を我らの敵より隠し給え。霧氷よネガル。」


 ああ!

 これは……クライス少年が使った魔法であろうか!?


 途端に、周囲には濃霧が立ち込める!


 濃密な霧に阻まれ、爆熱の火球は方々に散り、クライスや少女たちとはまったく異なる場所で爆発を起こす。

 ただの霧ではないのだろう。


 そして霧が晴れると。


 クライス達の姿は、すでにそこにはなかった。


 騎士たちは、訝しんだ。


 「これは……サモン・ディープフォッグでも使ったか!?」

 「しかし。なにか。なにか、違和感がある……。」


 魔法使いの盗賊が吐き捨てた。

 「気持ちわりぃ。あのガキ、魔力を練っていやがらねぇ。」

 「いきなりサモン・ディープフォッグを……それも、これだけ広範囲の魔法を。一瞬で。」

 「マジで気持ちわりぃ。なんなんだ、アイツ!?」


 ・

 ・

 ・


 騎士たちとは少し離れた場所に、クライスとご令嬢たちは逃げ延びた。


 ご令嬢の御付きの者が状況を告げる。

 「街に行くにも、伯爵領に戻るにも、沿道を行かねばなりません。」

 「どのみち、検問を張られているでしょう。」

 「なんとかしなければ、このままでは見つかって一網打尽です。」


 ご令嬢は、ナタリアの手を握っている。

 切り落とされていない左手を。

 「お父さま……お母さま……私は、私はどうしたらいいの……。」

 

 彼女たちを見渡しながら、クライスは考える。

 考えるが……。


 「フレイマンのじいさんも言ってた。『策略とは弱者が弄するもの』って。」

 「『戦いは力押し』だとも言ってた。」

 「あいつらの底は知れた。」

 「沿道に打って出ます。」

 絶望的な結論!


 すわ、この少年、実は考えなしの狂人か!?


 「なにより、あいつら、ジルバをバカにしやがったんですよ!」

 「ゆるせねぇ!!!!」


 ああ、もしかすると本当に狂っているのかもしれぬ!! 


 「それにね。」


 しかし、どこか冷静さも失っていないようだ。


 「お芝居はもうたくさんですよ。」

 「そうでしょう、メイドさん。」


 ご令嬢に従ってきた給仕メイドが、やれやれ、といった様子で被りを振った。

 「いつからお気づきで?」

 もはやその表情は、おびえる少女のものではない。



 「お嬢さんを庇いながら立ち回る足運びかな。」

 「洗練されすぎてる。」

 「おそらく、別の勢力からこのお嬢さんを監視するように依頼された間者ではありませんか?」

 「だがその命令は、暗殺ではない。」

 「死なれたら困るはず。」

 「なら、共闘してください。」


 給仕メイドが、いや、給仕メイドに扮していたスパイが正体を現す。

 「申し訳ありません、お嬢様。身分を偽っておりました。」

 「わたくし、国王第二夫人派から手引きされた者で……それ以上は言えません。」

 「ですが、断じてお嬢様を狙うようなことはしておりません。」

 「護衛のために戦闘給仕バトル・メイドを手配したのも私です。」

 「まさか……別の者が手配した護衛騎士たちが、全員敵の手の者だったとは。」

 「子爵家のなかでも、比較的伯爵派に近い者の手配でしたので、完全に油断しました。」

 「ここから生きて帰ったら、その裏切り者の始末と上への報告が必要ですが……。」

 「……生き残るためには、もうひと踏ん張り必要ですね。」

 「勘のいい少年。私に何をしろと?」


 目つきが鋭い。もはや、メイドの様相は服装だけだ。


 「僕は、誰かを庇いながら戦ったことがない。」

 「誰かに背中をあずけたこともない。」

 「一人で暴れることしかできません。」

 「『力押し』は得意なんですが、それ以外がまったくニガテで。」

 「戦っている間、乱戦になったらお嬢さんたちを守ってください。」

 「それとできれば、沿道から先の検問を突破できるコネクションも手配してほしい。」


 「心得ました。」

 「とはいえ、せっかく拾った命。」

 「恩義は感じますが、頃合いを見て逃げますよ、私たち。」

 「あなたを置いて。お嬢様を連れて。もしかしたら、あなたを囮にして。」


 少年は微笑んだ。


 「ええ、かまいません!」

 「それでこそ、空騎士の本懐を果たせるってもんです!」


 スパイも、ご令嬢御付きも、息も絶え絶えの戦闘給仕バトル・メイドも、そしてちょっとだけご令嬢も。

 この少年は、おそらくどこか狂っているのだろうと思った。

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