>>7 【速報】準々決勝に無名アイドル
遊星エウロパは、それこそ彗星のごとく現れた、全く新しいアイドルだった。
マネージャーを任されている私は、前が見えない道をがむしゃらに頑張って進んできた。そしてまた、彼女らは新たな景色を見せてくれた。
「追加合格、て……あはは、凄」
張り出されているラミネートされた紙を見て、呆気に取られて立ち尽くす。もう言葉すらまともに出ない。思えば彼女らは、オーディションの時も補欠合格からじわじわと頭角を現し始めた異質の存在だった。
今や界隈は大騒ぎ、遊星エウロパは突如現れたダークホースじみた扱いを受けている。TOIのベテラン審査員、楠木音蔵に「このグループを落とすな」と言わしめた、無名に近い二人組。すでに仕事の電話もじゃんじゃん鳴っている。
合格にともない、いろんな噂も世間様に広まっているが、気にしている余裕もない。あいつらは仲悪いらしい、顔合わせるたびにケンカするらしい、よく組めてるよなあ、補欠合格のくせに偉そうにしてる、安田って子彼氏と歩いてるの見たことある、そんな書き込みがインターネット上に飛び交っている。それでも彼女らの実力に対する批判はほとんどないから大したものだ。同胞とは仲良しこよしが主流のアイドル界で、完全なる異端として遊星エウロパは「合格グループ一覧」に名を連ねている。
「蓮岡さん、おつかれさまでーす! いやあ、通っちゃいました!」
急遽集まった会議室、安田あおいは右手でピースサインを作って満面の笑顔を見せる。嬉しい嬉しい、でも記者にトーワと仲良いと思われたのだけは癪に障る、そうノンストップで喋り続ける彼女は、完全に有頂天。調子がよく、明るく屈託のない性格は接しやすく、人にも気に入られやすい。学生時代も一番目立つグループに居たんだろうな、などと容易に推測することが出来る。
「……浮かれないでよ、ヤスダ。こっからなんだからね。準々決勝、準決勝、決勝、私たちはあと三回勝たなきゃいけないの」
対する東和モネは、良く言えば真面目な努力家、悪く言えば融通がきかない。秋田の田舎から来た、アイドルという存在に心奪われた女の子だ。ライブ前は誰よりも早くレッスンに来て誰よりも遅く帰るし、ストイックにスタイルもプライベートも管理しているし、なにより特筆すべきはその人形のように整った顔と、すらりと伸びた手足であろう。ルックスだけではTOI決勝常連アイドルに引けを取らないのではないかとも思う。
どちらかというと安田あおいはビジュアルより愛嬌、トークスキルでファンを獲得していくのもあって、遊星エウロパはまさに正反対な二人として認識されていた。
「今日くらいはいいじゃない、あー、クラブ行きたぁい、撮られるだろうから行かないけど」
「絶対やめて、本当にやめて」
「はいはい、わかってますよぅ」
うーん、と背伸びをする安田あおいと、早速ソファーに座り込んでびっしり文字が埋まったメモ帳と向き合っている東和モネ。とことん性格の合わない彼女らが、解散を考えたことは一度や二度ではなかった。今はうまくやっているが、一時期はひどかったものだ。
解散を切り出すのは安田あおいの方。もうあんたなんかについていけない、舞台上の仲良しごっこもできそうにない。それを引き止めるのが東和モネで、マネージャーの私すら知らないところで毎回毎回仲直りして帰ってくる。「アイドルにしてあげるって、こいつと私は約束したから」と手を引きながら。二人の問題なので、踏み込んだことはマネージャーごときが知った話ではないが、なにはともあれ実力の高いふたりがこうしてコンビを組んだらTOIでもいい成績を残せるだろう。準々決勝に駒を進めたふたりは、いつもよりずっと立派に見えた。
「あーでも良かったぁ、私たちのTOIは終わってなかったよう」
「ふふ、ここからよ、ここから。私たちはこんなもんじゃないって、見せつけてやるんだから」
安心したように言う安田と、不敵に笑う東和。
全てのアイドルの目標である、「TOIで優勝する」の道のりは、途絶えてなんか居なかった。
「あ、明日からのスケジュール! じゃんじゃん電話来てるけど、合間合間に稽古できるように調整しておくからね。テレビの生放送もあるから、失言だけはしないように、特に安田」
ポケットからメモ帳を取りだして、ペラペラと捲る。昨日まで白紙に近かった遊星エウロパのスケジュールが、小さなメモ帳に書ききれないほど詰まっていることに喜びを覚える。
「しませんよーだ、蓮岡さんは私のことなんだと思ってるんですか」
「うーん、いつ爆発するかわかんない爆弾……」
あはは、と視界の隅で東和が笑っている。三回戦直前まではこんな余裕もなかったものだ。次なる試練、準々決勝まで一ヶ月もないけれど、今日だけは勝ち上がった嬉しさに酔いしれたいのはみんな同じだ。
「そういえば、MELLOWもましゅくりも通ってましたよね?」
「うん、通過順位八位と十二位だったかな。ここ二組は手強いライバルだから、対策しとかないとね」
東和がソファーに腰掛けたまま、私に向かって問いかける。大きな目、澄んだ瞳、小さな鼻にぷるんとした唇は、同性ながら目を惹かれてしまいそうになる。TOI合格者一覧の書類をファイルから探していると、東和は憂鬱そうに、安田にも聞こえないような声で呟いた。
「大丈夫かなぁ、私たち……」
彼女らしからぬ弱気な発言が、ふと引っかかる。
準々決勝、ライバルたちは格段に強くなっている。ベテランのお墨付きとはいえ、追加合格で選ばれた彼女らが不安になるのは当たり前のことだ。
元々ふたりは恵比寿芸能舎アイドル部のオーディションでも補欠合格。次々と芽が出ていく同期たちを見る目は、いつも羨望と嫉妬に満ちていた。
「大丈夫でしょ、私らなら」
聞こえていないと思っていた。反対側のソファーに寝転んでいた、安田あおいがニコっと笑う。東和も予想外だったのか、「げ、聞いてたの?」と体を起こす。
「うん、そう、あー、大丈夫、大丈夫……」
まるで呪いみたいに、あるいは魔法みたいに、同じ言葉を繰り返す東和。しかし、やがてそんな暗示は無意味だと気づいたのか、テーブルに置きっぱなしだったノートを手に取って捲り始めた。
準々決勝までの時間は少ない。せっかく与えられたチャンスを無駄にはできない。嬉しそうにスマホをタップして合格関連の連絡を返している安田とは対照的に、真剣な目をしてノートに挟まれた書類を睨みつける東和は、その整った容姿も影響してか少し恐ろしく感じた。
エウロパの超越 三森電池 @37564_02
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