山猫兄弟

コンタ

1食 胎盤のセレブリティ炒め

腹は大海のごとくのんどは鍼のごとくなれば明けても暮れても食すともあくべからず

                             日蓮『主師観御書』




 むかしむかし、あるところに、兄弟がいました。兄は医師であり、弟は料理人です。こうイメージしましょう、兄はひょろっとしていて背が高く、弟は背が低くてずんぐりしています。まるで『セサミストリート』のアーニーとバートようです。といっても、「あの二人は兄弟でなくゲイ・カップル」と台本作家マーク・ソルツマンが二〇一八年公表したのに対し[ 『セサミストリート』アーニーとバートはゲイ、作家が証言し公式が異例の声明発表https://front-row.jp/_ct/17206799]、医師と料理人の兄弟は実の兄弟です。と否定するとますます怪しくなるのでこのへんでやめておきます。

 兄弟はいつも仲良く、診療所と料理店をともに営業していました。そんなこといっても実際はゲイ・カップルでしょ、知ってるんだから![ 「ゲイ疑惑」とは何とも不思議な言葉で、ゲイのことをまったく知らない人はさらに疑惑を抱く。曰く「無知ゆえの疑惑」。もし異性愛者なら「結婚した」「妊娠した」「出産した」ニュースは、あのいやらしい、性器と性器との反復運動する粘膜摩擦セックスとは無関係の、むしろ祝福すべき「聖なるカップル」と脊髄反射するのにもかかわらず、同性愛者なら毎日毎晩セックスして当然だ、野獣のようにアナル・ファックするんだと性的妄想のターゲットにして例外化・周縁化する。この異性愛者の心理はどうなんだろう。ちなみに筆者周辺のゲイ・カップルはバニラ・セックス(挿入を伴わない愛撫、性行為)が主流。] と読者諸氏の疑念が確信になってきたので本当にやめます。

 ところが、医師の兄は医師免許がなく、料理人の弟も調理師免許がなかったのでした。二人は相談好きの「ならず者」です。二人ともモグリでやっているのですが、そのぶんなによりお人よしでした。兄は具合が悪い村人を無料で診断し、薬をくれました。同じ無免許医師でもブラック・ジャックと大違いです。お腹の空いた村人も、弟は無料でご飯を提供していました。これが「子ども食堂」[ 2010年代ごろよりテレビなどマス・メディアで多く報じられたことで動きが活発化し、孤食の解決、子どもと大人たちの繋がりや地域のコミュニティの連携の有効な手段として、日本各地で同様の運動が急増している。子ども食堂は運営者次第でさまざまな運営形態があり、参加費(料金)、開催頻度、メニューも食堂ごとに違いがあり、明確な定義があるわけではない。]のはじまりだったのです。

 二人が営業しているのは、人里離れた山奥です。でも、お客さんは毎日大勢やってきて、休む暇なく忙しく働いていました。すっかり体調が良くなったお礼に、村人たちは感謝して収穫した野菜や果物、家畜などを置いていくようになりました。

「先生、これ、さっき採れたイノシシとキノコです。他にも、うちで採れた野菜を持ってきました。ボタン鍋にしてみなさんでどうぞ」

「先生、今朝つぶしたニワトリです。丸焼きにして食べてください」

「川で獲れた山女魚と鮎です。煮つけや塩焼きにして召し上がれ」

「野原で摘んだ木苺です。スムージーにして飲んでくださいね。ビタミンCたっぷりで、お肌ツルツルになりますよ」

 村人たちのあいだでも、それとなく二人がゲイ・カップルだと(以下略)。

 三十年間続いた平成不況[ 日本においてバブル景気後に訪れた平成時代の大不況の通称のことである。ちなみに筆者は大学時代をバブル景気で過ごしたようだが、好景気なんて関係なかった。友人の学生は栄養失調で倒れたからな。]にもかかわらず、政権与党に文句も言わずに、二人の兄弟はつましく暮らしていました。お金はなくてもちゃんと経済は廻っていました。ウォール街も不思議がっています。


 あるとき、お腹の大きな女の人が、いつものように野菜をたくさん持って診療所の玄関へやってきました。荷物を置いて帰ろうとすると、とたんに陣痛に襲われ、診療所の兄が気づいてお産をしました。生まれたのは元気な男の子です。しばらく休んで行きなさい、と兄は言いましたが、女の人は、もう大丈夫ですから、後産を食べて帰ります、と答えました。

「…後産?」弟が兄に聞きました。

「ほら、胎盤のことだよ」

「ああ! あれね! アメリカのセレブ[ セレブリティ(celebrity)、ないし、セレブ(celeb)とは、世界的にマス・メディアや大衆に広く認知されていること。名士、著名人、有名人。ただし、日本では本来の英語とは若干異なる意味で用いられることが多い。日本のテレビや雑誌メディアはセレブと略し、金持ち、優雅な、高級な、品のない富裕層などの意味合いで使用している。]にも大流行のやつ!」

「問題は、どうやって食べるかだ」

「う―ん…兄者、ネット検索するから少々お待ちを」


 女の人がベッドで休んでいると、弟の料理人がメニューを持ってきて言いました。

「どんな調理法がいいですか? 選択肢は四つです」


一:生のままスライスで

二:加熱調理

三:乾燥させて家族やお友だちにふるまう[ 1600年ごろの中国では「紫河車(しかしゃ)」という名前で漢方薬のひとつとして使われるようになり、韓国でもその記録が残っている。日本では、1700年代に「紫河車」を配合した「混元丹(こんげんたん)」という薬があった記録が残されている。]

四:カプセル化して定期的に摂取(←ここがセレブ!


「あらあら、スライスや加熱調理くらいしか思いつかなかったんですけど…」

「食感はレバーに似ているので、塩とごま油でもいいですし、さっぱりとレモンをかけても、生姜醤油でもいいですね。ニラと炒めても美味しいですよ。どうします?」

「ううん…どうしましょう。とりあえずうちに帰って家族と相談しますね!」

「かしこまりました。生の場合はなるべく早くにお願いしまーす!」


 その夜、女の人は生まれたての赤ん坊を抱き、パートナーと子どもたち二人とおばあちゃんおじいちゃんを連れて、胎盤のレバニラ炒めをお腹いっぱい食べました。めでたしめでたし。


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