岩と過ごす
その後三枝とは良い感じになって、気づけば彼氏彼女の関係になっていた。
岩は確かに邪魔だったけど、寝る場所は敢えて俺の部屋にする必要はなく、一階のスペースを寝床にしたり、本棚も今まであった場所に置く必要はなく、別の場所に本を収納すれば問題ないことにも、やがて気づいた。
そもそも元々あったものがなくなったと思ったら、損した気分になったが、それらは全て代用がきくもので、それに気づけば別に岩があろうが無かろうが、あまり気にもならなくなった。岩のある生活に馴染んだのだ。
やがて俺は高校を卒業し、大学生となると一人暮らしをするようになった。もちろん岩の無い部屋を選んだ。
大学卒業後、無事社会人にもなると実家に帰ることも少なくなった。そんなある日俺は同窓会に出ることになった。
懐かしい面々と昔話に花を咲かせ、時折俺の岩の話をするやつもいた。
「あんときお前完全にメンタルやられてたもんな、岩のせいで」
「でも三枝といい感じになってたときはマジびっくりしたわ」
三枝美沙も同窓会に参加していた。俺は彼女と全く話すことはなかったが、遠くからその容姿を眺めていた。高校生の時も可愛かったが、大人になり、より一層美人になった。目が合いそうになって俺はつい反らした。
「本日はお集まりいただきありがとうございます。一つ大きなイベントがあります」
司会者がそう言うと、俺を手招きした。
俺は舞台に立つとマイクの前に立った。
「今日はここで言いたいことがあります。三枝美沙さん、来てください」
辺りが、悲鳴にも似た歓声で満たされた。
三枝は意味がわからないと言う表情で、舞台に上がった。
「この場を借りて言いたいことがあります」
俺は胸ポケットから箱を取り出した。
「今まで俺と付き合ってくれてありがとう。結婚してください」
あたりは溢れんばかりの拍手と歓声で満たされた。三枝はあまりに突然のことに驚いている様子だった。
「うそ、全然知らなかった」
「だって言ってなかったもん」
箱を開けると、指輪が入っていた。そしてついていた石は、
「俺らを結びつけてくれた岩の一部を削って作った特注です。もちろんちゃんとしたやつも用意しているけどね」
三枝は涙を流して喜んでくれた。
(これでよかったんだよな)
俺は苦しんだ日々を思い出しながら、そう考えた。
その後、会に参加していた司先生が話しかけてきた。
「おめでとう、本当によかったね」
「はい、先生も相談に乗ってくださりありがとうございました」
「いえいえ、先生の言ったことも分かってくれたみたいね、2つ目のこと」
「2つ目? 何でしたっけ」
司先生はぽかんと口を開けた。
「覚えてないの? 2つ目」
俺は全くぴんときていなかった。
「もうしょうがないな。困難にぶちあたったとき、1つは全力で精一杯その問題を解決すべく、奔走する。もう1つは、その状況を受け入れ、その問題とともに過ごすということ」
そういえばそんなことも言っていた気がする。
「君たちがぶちあたる問題のほとんどは実は解決できないことが多いんだ、そんな問題に必死に戦い続けるといずれ心が病んで潰れてしまう。そんなときは戦うのをやめ、それを受け入れる。問題とともに過ごすことを考える。それが大事になるときもあるんだよ、って」
あの時この言葉を聞いてもきっと全く理解できていなかっただろう。でも今ならわかる。今自分が日常で出くわしている問題は、部屋に岩があるということよりももっと突然で、もっと理不尽で、もっと解決できないことばっかりだ。でもあの岩と向き合うことで自分は成長できた気がする。
帰り道、俺の腕には三枝美沙の腕があった。
「今日はありがとね」
「ああ」
「岩にも感謝だね」
「そうだね」
母ちゃんは俺が社会人になってから、もうあの部屋はあんたのものじゃないからね、と言われた。あんたは外で自分の部屋を探しなさいと。
厳しいなりに芯の強い言葉だなと思ったら、母ちゃんは最近、あの部屋を観光名所として宣伝し、入園料で一儲けしようと画策しているらしいことを後から知った。
相変わらず強い母ちゃんだ。
(了)
部屋に岩があった 木沢 真流 @k1sh
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