優しい狂信者からの手紙は海王星のそばから来る
宇部詠一
優しい狂信者からの手紙は海王星のそばから来る
地球の皆さん、聞こえますか?
私の住まいは、海王星や冥王星の軌道のそば。
太陽からは遠いけれど、あなたが想像するよりはずっと明るいのです。
外に出ると、満月の何十倍も明るい太陽が出ています。
その明かりの下で手紙をしたためています。
あまり長い文章を送れないので、五月雨式になってしまいます。
気が向いたときにでも読んでください。
私の家は、数キロ四方の土地のただ中にあります。
海王星軌道のそばに浮かぶ小型のスペースコロニーで一人暮らしです。
広い庭で様々な命を育てています。
私は熱帯のあでやかな植物が好きです。それを食べる昆虫も、さらにそれを食べている鳥たちも大好きです。増えすぎないよう、減りすぎないように管理するのが、私の腕の見せ所です。
人によっては、もっと涼しい土地の生き物を好みます。
中には大型肉食獣と暮らす人もいます。
ライオン、トラ、クマ、オオカミ。
荒々しい生き物のもまた、この世界の命なのです。
庭にやる水は、浮かんでいる氷の塊や彗星の欠片から採取します。
そして、ここから見る太陽は暗いので、巨大なレンズで光を集めます。
このレンズも、磨かれた氷でてきています。
地球と太陽の距離の四十倍近く離れているので、レンズはとても大きくしないといけません。何十キロ、何百キロのレンズです。ホラ話みたいですが、本当のことです。
私の家にもレンズがあるのですが、私の家のほうがおまけみたいです。
太陽から遠いので、公転は余りにもゆっくりです。
百年を過ぎても、太陽を一周できないのです。
季節は自分の手で作り出さないといけません。
ひとり暮らしなので、私たちは友達のところを訪問するのが好きです。
逆に、友達を出迎えるのも好きです。
このあいだ友達が、新種のハーブでお茶を入れてくれました。
あなたたちにも飲ませてあげたかった。
友達とはいろいろな話をします。
いつ子どもを作るべきか、火星の政治的状況、それから私たちの仕事。
あるいは金星が抱える秘密について。
そう、金星の抱えている秘密。
何か大切な物が金星にある気がしてなりません。
何十年も前に金星に太陽系外の小惑星が落下して以来、金星のテラフォーミング計画が中止になりました。
私たちはいろいろな説を唱えるのです。
元々あれは、地球に向かっている小惑星でした。
人類は総力を挙げてそれを地球からそらしました。
だから、テラフォーミングプロジェクトのための浮遊都市を建造中だった金星に落ちたのは事故だった。
皆さんそうおっしゃるのです。
本当でしょうか。
いろいろ空想するのです。
ところで、私たちの仕事ですね。それは、命を広めること。
太陽系を命溢れる世界にすること。
私たちは地球の皆さんと少し考えが違うので、ここで暮らしているのです。
私の庭にいるのは、地球のアマゾンの生き物だけではなく、ニューギニアやコンゴの森の植物もいます。池の中には、エウロパやガニメデの骨を持たない魚がいます。土壌にはエンケラドゥスの群生細菌もいます。
あらゆる種がまぜこぜになること。これが私たちの考える、命溢れる世界です。
新しい生態系、種の創生を行うのです。
やっぱり私の友人のハーブのサンプルを、別便で送ります。
飲んでみてください。
あなた方に飲んでほしいと言って送らないのも、なんだか不誠実な気がするからです。
それとも地球の皆さんは、脳を機械に置き換えたので、味覚を失ってしまったのでしょうか。
地球の皆さん、あなたたちは脳と機械をつないでいますね。
そして、脳が死にかけると、コンピュータに人格を移せると主張しています。
私たちはそれが納得できないのです。命と機械は一緒にはなれません。
バーチャル世界で生きる人が何百億人もいるそうですが、私たちはそれを生きているとは思わないのです。
地球はすでに命の溢れる世界ではないと私は考えます。
これが私たちの悩みです。悲しみです。
地球が悪い方向に変わっている気がするのです。
地球で生きる人たちはもう十億人ほどですね。
命の数が減っています。
あなたたちのやり方が正しいとは思えないのです。
あなたたちは世界から命を減らして、機械になっていくようです。
私たちと同じ考えで、命を増やすために海王星に暮らす人々はまだ千人ほどですが、出生率は三を超えます。
地球では一を切っているのではないでしょうか。
私たちの目指しているのは命を増やすことです。
あなたたちに害をもたらそうというのではありません。
ただ、命を増やしたいのです。
だから、命の種を備えた彗星をいろいろな惑星に落としているのです。
彗星を、たくさんの命を持たない小惑星に落としました。
命のない星に生命をもたらすのは私たちの福音です。
なのに、あなたたちはそれを汚染というのです。
別に、エウロパやガニメデに、無理やりミランダやオベロンの微生物を持ち込んだわけでもないのに。
命のない荒れ野に花を咲かせようというだけのこと。
なのに、あなたたちは私たちのことをテロリストと呼ぶ。
水星にも熱に強い改造生物を与えました。
私たちの仕事でした。
だから、金星にも同じ命をもたらそうとしたのです。
なのに、あなたたちは、水星のときよりも、はるかに頑固に抵抗するのです。
私の友人は、頭から生えた葉を太陽の光にあてて、その頑固さを笑うのです。
言い忘れていましたが、私たちはあらゆる命と融合するので、あなたたちとは姿が違うのです。
これはあなたたちがコンピュータで不死を求めるのとは違うのです。
健全な生物工学です。私たちは不死を求めません。命には終わりがあるのが健全です。
私も腰の触手や吸盤をそよがせて笑うのです。
たくさんの眼から涙を流して笑うのです。
眼がたくさんあったほうが、私の庭を見張るのに便利です。
背中に腕があると、お話をしながら、お湯を沸かしてお茶のおかわりを入れやすいのです。
私と友人の姿はまるで違いますが、見かけなんて問題になりません。
本当の友達に、外見は関係がないのです。
先ほどのお茶、あなたたちのお口に合うかわからないですね。
というか、代謝経路が異なるので、念のため成分表を送ります。
さて、友達と笑いはするのですが、何とかしないといけないという危機感もあるのです。
友人は言うのです。きっと金星に落ちたのは宇宙人の財宝で、地球人はそれを隠し持っているのだと。これは冗談です。貴金属なら重いでしょうし、スペクトルからすぐに何でできているかわかるはずです。
それに、命を持たない金属に、興味はありません。
でも、私は友人の考えは一理あると思うのです。
宇宙人の遺物だという説は本当だと思うのです。
あなたたちはそれを隠しているに違いないのです。
間違いありません。
たとえば、水のある世界に着陸したら、生き物を探すスイッチの入る宇宙人の探査機。
知的な生き物のいる世界にたどり着いたら、メッセージを伝えるカプセル。
それとも、生きている宇宙人が乗った宇宙船。
そんなところじゃないでしょうか。
だからあなたたちはそれを金星に落とした。
宇宙人とコンタクトを取るのが怖いから。
金星に海が生まれたら、宇宙人を目覚めさせてしまう。
それを恐れて、高温高圧の世界で封印したのです。
証拠はありませんが、確信しています。
本当は太陽に捨ててしまいたかったのでしょう。
金星の極限環境なら壊れると思ったのでしょう。
でも壊れなかった。だから、こうして金星に封印し続けている。
私は確かめたい。
私は家ごと金星に向かうつもりです。
たくさんの氷でできた彗星を引き連れて行きます。
今度こそ金星に命をもたらすのです。
そして、眠っている宇宙人を目覚めさせるのです。
恐れないでください。私は友好のために命を運ぶのです。
宇宙人が私たちの存在に気づいてくれたら、ぜひ仲間に迎えたいと思うのです。
そして新しい種の交配を進めていくのです。
いずれはあらゆる銀河の命が交じり合うことでしょう。
宇宙人は、ポータルを開けてやってきてくれないでしょうか。
転送装置は入っていないでしょうか。
……間もなく金星のそばに着きます。
反重力場で私は隠れていましたが、姿を現しましょう。
最後まで読んでくださってありがとうございます。
間もなく、私の巨大レンズが砕けます。
私も金星に落ちて行くでしょう。
宇宙人がいるというのは、私の空想でしかないかもしれない。
でも、最低限、巨大レンズで金星を冷やすことができるのです。
私が少しでも温度を下げ、海洋の最初の一滴になりますように。
優しい狂信者からの手紙は海王星のそばから来る 宇部詠一 @166998
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます