100万通りタイムカプセル

渡貫とゐち

幼少時代のしらみつぶし

「確かこのあたり……なんだよな?」


 手書きのため、正確ではない地図を片手に、俺は実家の裏山にやってきていた。

 深く、奥へ入るつもりはないので、近くのコンビニへいくようなノリである……なので服も部屋着に近い。


 サンダルを履き、裏山へ繋がる階段を上がって――町が見渡せる高さがあるが、これはうちの実家が元々高い位置にあるからだ。

 それなりの権力を持つ家だったようで……まあ、俺の代では関係がなかったみたいだが。


「なんの木だったかは忘れたけど、一際でかい木があって、その根元に埋めたはずなんだよな――タイムカプセル」


 俺個人の。

 普通は友人を集めて、みんなの宝物や未来の自分へ宛てた手紙を入れるものだが、昔の俺は一人で、個人的に埋めたらしい……『らしい』、というのは、俺が覚えていないのだ。

 つい先日のことだ、帰省した時に部屋を整理していたら、偶然見つけた一枚の封筒。気になって開けてみれば、タイムカプセルを埋めた事実と、その場所が記された地図が出てきたのだ。


 子供が書いた簡易的な地図なので、正直なところ、記された場所にいってもなにもない可能性もあったが(実際の座標とずれている可能性だ)、部屋の整理と掃除の息抜きに探してみるのもありだ――。


 面倒ごとから逃げているようなものだが、埋めたタイムカプセルに、興味がないわけではない。整理と掃除は夜でもできるが、タイムカプセルを掘り起こすのは、夜は危ない……。都会と違って、田舎の山は街灯がなく真っ暗だ。懐中電灯では心許ないし、事故にでも遭ったら大変だ。だから日が暮れる前に掘り起こすべきだろう。


 ――そんなわけで、地図が示す場所へやってきたわけだが……小さなスコップしか持ってこなかったのは失敗だったかもしれない。

 子供だから、そう深く地中に埋めたわけではないだろう、と予想したが、タイムカプセルの中身は俺個人のものだけだったとしても、土を掘ったのは親父の可能性もある。

 大人が掘れば、そこそこ深いだろう……。

 俺の肘までの長さもないスコップで、地中深くまで掘り起こせるか?


「まあ、やってみよう」


 幸い、柔らかい土なので、サクサクとスコップが突き刺さる。順調に地中を掘っていくと、スコップの先端が硬いなにかに当たった……――箱? だったらいいけど……。

 深さは俺の肩まである。……親父め、掘り過ぎだよ……。


 両手に収まるサイズの箱を持ち上げる。中身は、軽い――。

 地中深くにあったものだが、簡単に持ち上げられたのは、まるで中身がない箱のように軽かったからだ。

 ……なにも入っていないわけではないだろうけどな……、なにかしらは入っているはずだ。


 重量を感じないってことは…………手紙か?

 子供の頃の俺が未来の俺へ宛てた、手紙。


「やっぱりな。それにしても……多いな」


 便箋は一枚二枚ではない。十枚以上はある。

 なにをそんなに、未来の俺へ聞くことがあるんだ……伝えたいことなんかないだろ。


 過去の自分の考えなんて、今の俺は分かっているわけだし――とも言えないか。

 こうしてタイムカプセルを埋めたことをすっかりと忘れていたのだから。


 ――残すことに意味はあった。

 伝えたいことは、きっと既に俺には届いているのだろうけど、しかし忘れているのだ。

 だから思い出すための手段である――それがタイムカプセル。


「どれから……どれでもいいか」


 目についた便箋を取って、封を開ける。

 まだ字が下手な頃だ……、それでもなにが書いてあるかは読めるが……なになに?



『未来の僕へ。お元気ですか、結婚してしますか、彼女はいますか?』



 実際の文字はもっとひらがなが多いのだが、大人の俺が今読むと、自然と漢字に直されている……、手紙の文章よりも、俺の頭の中で再現した手紙の内容、に近いか。


 ……あと、聞く順番もおかしいな。結婚しているかどうかを聞いた後に、彼女がいるかどうかを聞くなんて……逆じゃないか? それとも、一人目との結婚と、二人目の彼女のことを聞いているなら、まあこういう書き方になるだろうけど……。

 昔の俺が、そこまで考えて書いていたとは思えない――。


『夢だったサッカー選手には、なっていますか?』


「……ん?」


 子供なら目指しそうなものだが、俺の場合はサッカー選手になりたいと思ったことなど一度もない。遊びでやったことはあるけど、スポーツのサッカーとなると、やったことはなく――だから手紙の内容にこんなことを書くのはおかしい……。

 まるで、俺じゃないみたいだ。

 だけど筆跡は俺だし、文体も俺だ……、子供の字と発想でも、癖なんかは俺自身でも分かる。字の跳ね、止めは、やっぱり俺が書いたものだ――正確に真似たものでもない。


 ひとまず、疑問は置いておき、手紙の先を読み進める。


『なっていませんか、いませんよね――だって今の僕ですら、サッカー選手になりたいとは思っていないから』

「……じゃあ、書くなよ」


『それでも書いたのは、そういう可能性もあるかなと思ったからです。未来の僕がどんな仕事をしているか分かりません。今の僕が思い描く将来の姿とはかけ離れて、思いもよらなかった職に就いているかもしれません……。だから一つの可能性として、サッカー選手と書いただけです。もし、未来の僕がサッカー選手として活躍しているのなら、このまま読み進んでください。でも、なっていないのであれば、この手紙を閉じてください。読んでもいいですけど、面白い内容じゃないと思うから』


 ちら、と読んでみたけど、確かに面白い内容ではなかった。

 どこのポジションを守っているのか、先月の試合はどうだったのかとか、あのメーカーの商品は今もあるのかとか、サッカー選手になっていない今の俺が読んでも、ちんぷんかんぷんな内容だった……。

 当時の俺が、好きでもないのにどうしてそこまで詳しいのかは分からないが……、詳しい子にでも聞いたのだろうか。


 筆跡は俺でも、文章に少しの違和感があるのは、人から聞いた情報をそのまま書いているから……か?


 ともかく、今の俺が読む内容の手紙ではない。

 次だ。


『消防士になれていますか?』

「……違う」


『警察官になれていますか?』

「違う」


『アイドルに、』

「違う」


『発明家』

「違うっての」


『うちゅうひこう』

「んなわけあるか」


 読むべきではない手紙が溜まっていく。

 箱の中身が、あっという間になくなった。


 全ての手紙を読み終えた(……いや、読んではいないが)――タイトルだけを見て、今の俺に相応しくないと分かれば捨てる作業の繰り返しで……結局、正解はなかった。


 過去の俺よ、お前の予想は全て外れたぞ。


「……ん?」


 箱の底に、『右に二メートル、その地中に、二個目の箱があるよ』――と書いてあった。


「……おい、まさかこれ、今の俺の現状を当てるために、あらゆる可能性を網羅する気で書いたんじゃねえだろうな……?」


 数千、数万パターンを想定して。

 たった一枚の正解を出すためだけに、手紙を書き続けた……狂気だ。


 昔の俺、どれだけ暇だったんだよ……。


 指示通り、二メートル先の地中を掘り進め、見つけた箱を取り出す……。

 そこにはなぜか『3』と書かれていた。


 三個目の箱……? でも、これが二個目のはずじゃ……あ。


「もしかして、木と向き合った俺から見て右じゃなくて、木から俺を見て右ってことか……?」


 だから俺から見れば、左の位置に二個目の箱があるのだ。

 間違えて俺は3番目の箱を開いてしまったけれど――。


 予想はしていたけど、二つの箱に詰まった手紙じゃあ、足らなかったのだろう。あらゆる職を想定して……、職だけでなく、今の俺の環境まで言い当てるとすれば、億も視野に入れておかなければ――。

 もう執念である。


 どれだけ未来の俺の現状を言い当てたいのだ、昔の俺は。


 案の定、箱の底には四個目の箱の情報も書かれてあった。

 もしかしてだけど、正解に当たらなければ、無限に続くのではないか? さすがにあり得ないけど、裏山の地中には、ぎっしりとタイムカプセルが埋まっているなんてことも――。

 裏山が崩れないでいるのは、箱がぎっしりと詰まっていることで強度が増しているから――なんてな。


 さすがに昔の俺に、そこまでの意地はないと思う。たぶん……きっと。ここまでするなら、手紙よりもビデオレターで、口頭で言い当てた方が楽な気もするけどな……、昔の俺には思いつかないか。設備もないし。


「……そもそも、絶対に当たらない可能性もあるだろ――実際、当たらないんじゃないか?」


 まさに、今の俺の現状だ。

 ……サッカー選手や漫画家、芸人なら、昔からある人気の職業である。書いておけば当たるかもしれない――だから昔の俺は、数撃ちゃ当たる戦法で挑んだのだろう……しかし。


 当時にはなかった職業が生まれ、今の俺がその職に就いているとしたら。

 ……絶対に、当たらない。


 昔の俺に、想像できるとは思えない――未知を予想するなんて、創造するようなものだ。


 誰が分かっただろう……。

 まさか、こんなことが職業になるとは……誰も思わなかったのだから……。


 だって今の俺は――


 ちょっとだけ人気の、動画配信者ゆうちゅうばぁだから。




 ―― 完 ――

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