鍵の音

荷造りは、半分終わった。

CDはちゃん届いたし、炭酸は抜けてただの砂糖水に戻った。

シワは昨日伸ばしたし、ピアスはさっきベッドの隙間から見つかった。

やる事はやった。

もう終わりだ。

あと少し荷物を詰めたら、そしたらここをちゃんと出よう。

今度こそちゃんと別れよう。


そう、思ったのに。


なんで、お前は。


三ヶ月前と変わらない笑顔で、少し伸びた髪を雑に結んで、汚ねぇ靴でシワシワの服を着て。


帰ってくんなよ。


「たでーま」


ヘラっと笑った笑顔にムカついて、拳を胸元につきだす。

アイツは、笑いながら拳を受けた。

相変わらずだっせぇシャツを着ている。

Don't mindってムカつくな。おい。


てっぺんから黒髪が生え、見事なプリンとなった頭を掻き、アイツは言う。


「風呂、空いてる?」


遠慮なく靴を脱いで、勝手知ったる我が家のように闊歩する。

抱えてた荷物をリビングに放り投げて、中からひしゃげた箱を取りだした。


「お土産」


鳩サブレ。何がお土産だ。ここ東京だぞ、何考えてんだよ。


「だって今回三ヶ月じゃん。遠くまでは行けねーよ」


ハワイのお土産のが良かった?と、おどけられた。

要らねぇ。どっちも。


「いやぁ、やっぱお前が一番だね」


悪気のなさそうな顔で言うのが、さらに癪だ。

人を便利みたいに言うな。


「引っ越すつもりだから」


多くは語らずにそれだけ。

コイツが風呂入ってる間にでも、荷造りを終わらせてしまおう。そしたら、あとは出ていくだけだ。


「ええ!どこ行くの?俺なんも荷造りしてないんだけど?!」


アイツは、ちょっと待ってよ〜と困った声をあげた。

知るかそんなもん。

早く入れよと風呂に詰め込む。

押し込んだ扉の奥で呻き声が聞こえた。


「ね〜話聞いてよ〜」


猫なで声が聞こえてくるのが、どうにも気持ち悪くて扉から離れる。

俺は暇じゃないんだ。早く荷造りをしないと。


「離れる気なんてないくせに」


アイツは訳見知り顔でニヤついていた。

そんな訳あるかと、返して荷物を詰め続ける。

アイツは、俺の横にしゃがみこんできた。


「俺が居なくなってから、三ヶ月。何も無くなってないじゃん」


そういやピアス見つけてくれてありがとねーと目の前で振られた。

捨ててやろうか、お前ごと。


「出来ないこと言うなって。素直じゃないと損するよ」


ぶにっと俺の両頬を掴む。

ブサイク〜とひとしきり笑って、アイツは胸元からタバコの箱とライターを出す。

無言で外を指すがコイツが聞くわけない。

そのまま吸いやがった。

こら、荷造りがやり直しだろうが。


「全く顔が怒ってないんだよね、お前」


何が面白いのか、アイツは笑って言う。

俺にベタ惚れじゃ〜んと、ムカつく顔で言うので無言で外を指した。

アイツは渋々外に出ていく。

やっと有害な煙がそばを離れた。


噎せ返るほど濃い、アイツの香りがその場に残っている。

染付けられてるみたいで気色悪い。


極力箱をアイツから遠ざけて、俺は段ボールから荷物を出していく。

タバコの匂い事、荷物を閉じ込めるなんて真っ平御免だ。

水槽で呑気に泳ぐ出目金に、副流煙帰ってきちゃってごめんねと謝っておいた。


一時間経っても戻ってこないので、湯が冷めると呼びに行くと、アイツはやっぱり夕焼けを見ていた。

ここはボロいし工事の音がうるさいが、周りより少し高いこの部屋からの眺めはいい。小高い丘の上にあるから、街一体が見下ろせて、夕日もちゃんと目に入る。眩しいけど。


俺に気がつくと、アイツはヘラりと手を振った。

いい景色だよねーと、手元のカメラに収めていく。コイツの写真データにはきっと同じようなものがいっぱいだろう。

やっぱりタバコは臭いので、奪い取って火を消してやったら、アイツがまたニヤけて言った。


「結婚する?」


誰がするか、と腹を殴っておいた。

結婚はいつかしたいけど、するなら少なくともお前じゃないね。もっと誠実で優しくて紳士的なやつにする。


「でも、俺セックス上手いよ?」


関係ねーよ、とまた軽くシバく。

まだアイツは楽しそうににやけていた。

お前が本命なんだけどなと軽薄な口で嘘をつく。どうせ、二日前は別のヤツに同じセリフを吐いたんだろう。


「大真面目なんだけどなぁー」


わざとらしくアイツは、芝居がかった声で言った。

大真面目だから一発する?だと。

巫山戯んな。

お断りだよ。


「えーでも久しぶりの再会じゃん、エモさは無いわけ〜?」


あんまり舐めた口を聞くので、締め出してやろうと思って俺は先に中に入った。

アイツは慌てて追いかけてくる。

焦った顔が面白くて、少し溜飲が下がった。


汚ぇからとにかく風呂入れと言うと、アイツは

お人好しだね〜と楽しそうに笑った。


「お前、俺の事チョー好きだよね?」


ウザイ質問をしてきたので何も答えないでいると、アイツは頬をふにふにと抓ってくる。


「素直になりなよー」


あんまり無邪気に笑うから、怒る気もわかず再度風呂場に連れていく。

一緒に入ろうとかごねるから、無言で扉を閉めた。


夕飯を作っていた途中だった事を思い出して、キッチンへ向かう。

背中でお前って馬鹿だねって声が聞こえたから、馬〜鹿、とだけ返しておいた。

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お前の匂いが消えないから 華月ぱんだ。 @hr-panda

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