Cの場合

 昔から、自分のことなんて大嫌いだった。

 だって、お母さんが言うんだもん。あなたはどうしてもっと出来ないの、って。

 お父さんも言うんだもん。次はもっと頑張りなさい、って。

 お姉ちゃんも、あんたは愚図だからいつも怒られてばかりね、って。

 先生も、あなたはもっと出来る筈です、努力が足りません、って。

 何もできない私。何をやっても期待以下。お母さんもお父さんも先生も満足してくれない。ダメな私。

 だから、そんな自分のことが嫌だった。私が私じゃなかったらいいのに、そう何度思っただろう。明るくて皆と仲良くなるAちゃんや、賢くて行動力のあるBちゃんみたいだったらいいのに、って。ずっと思ってた。


 だから、私にはその薬が絶対に必要だった。

 ウワサなんて所詮ウワサだって、クラスの誰も信じてなかった惚れ薬。皆それにかこつけて恋愛話がしたかっただけ。私だけがその話に本気で希望を感じていた。だから二人に、一緒に噂の真相を調べよう、って持ちかけたのも、私。


 その薬を飲ませたら、飲んだ人は飲ませた人のことを好きになる。そういう噂の薬だった。

 私なんて、大嫌い。

 私なんて、役立たず。

 でも……でも、本当は、好きになりたかった。自分のことが嫌いだなんてのは、もうつらかったから。

 だから、その薬を半分に割らずに、一錠ぜんぶ飲んだんだ。

 手に入れるのは簡単だった。おばあさんに、お金を払うだけ。そんなに高くない。私は周りの友達よりは多くお小遣いを貰っていたから、少しも痛手じゃなかった。

 私が、私を好きになるために。

 不思議な気分だった。

 ふわふわと空中に心が浮かんでいるような。キモチいいんだ。今まで自分のことを否定してきた言葉の数々とか、上手くできなかったこととか、上がらなかった成績のこととか全部どうでも良くなって。

 ただ、幸福のみが降ってくる感じ。

 思い描いていたのとちょっと違うけど、それでも、自分を否定する気持ちは忘れられた。いい気分だった。町を歩いても、電車に乗ってても、自分が役立たずで情けない存在だなんて思わなくてもいいなんて。

 皆、こんな世界で生きていたのね。

 薬の効果は一週間もすると薄れたけど、もう一度飲めばまたその世界に行けた。一錠で一週間ももつんだから、むしろ凄いんだけど、でも、効果が切れたらまた自己否定の世界に逆戻りだから。

 一度違う世界を知ったからこそ、元の世界のつらさは倍増して、私は耐えられなかった。押しつぶされる前に、次の一錠を取り出して喉に流し込んだ。

 問題は、体と心が薬に慣れていくことだった。何か月もすると、感じる自己肯定感が目減りしていった。

 私は一錠と半分を飲むようになった。

 何かが頭上で崩れていく音を聞いた気がしたけど、無視をした。私にとってはそれどころじゃ無かったんだもの。

 私は薬を使い、自分を好きでいられ続けた。思い切って二錠飲んでみた。誰よりも自分のことが大好きになった。私は幸せだった。

 薬は私の一部になって、それなしでは、もう私は私じゃなかった。


 そんな風にずっと薬を飲み続けていたから、あるとき、いつも通り三錠だけ飲んでたのに、それよりも効果が強くなったときは驚いた。だけど、すぐに分かったの。Aちゃんが私と同じ表情をしていたから。ああ、私にあの薬をくれたんだな、って。

 Aちゃんは薬がしばらくすると効果を失うって知らなかったみたいだから、そのあとは私がAちゃんに薬をあげることにしたんだ。もしかしたらAちゃんのお小遣いだと継続には無理があるのかもしれないから。

 Aちゃんは、どういうつもりで私に薬をくれたんだろう。一緒に同じ幸せを感じられる嬉しさで、私は思わずいつもより距離感近くなっちゃったけど、鬱陶しくは無かったかな。

 そのあとに、今度はBちゃんが私の飲み物に薬を入れたのにも、すぐに気づいた。

 こっちは、単に私と仲良くなりたいのとは違うような感じもしたけど、やっぱり飲ませてきたのは一回きりだったから、そのあとは私がお返しすることにした。

 二人に、一錠ずつ。こっそり、こっそりと。

 だって、こんな幸せな気分、独り占めはダメだもの。私、やっとそのことに気が付いたの。

 これは素晴らしいことだわ。だって、二人に幸せを分け与えるんだもの。自分のことが大好きになることは気持ちが良いことだわ。

 分かるの。二人の目がだんだん幸福に染まっていくのが。AちゃんもBちゃんも、とっても今は幸せそう。

 ね。他人から向けられる感情なんか、どうでもよくなるでしょう。

 ふふふ。ようこそ、自分を愛することの出来る世界へ。


<了>

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