Bの場合

 バレたらすべてご破算だ。

 おしまい。もう、なにもかもおしまいになるってやつ。

 けど、そのリスクを負ってでも、私はやるって決めた。

 あの子の気持ちを振り向かせるため。


 私はAのことが好きだ。

 女同士とか、そういうのは関係ない。もう好きになっちゃっていて、どうしようもなくて、どうにかしたいと思っている。

 小学生の頃から当たり前に隣にあった笑顔。その笑顔に感じる感情が当たり前のものじゃなくなってきたのは、いつからだっただろうか。

 私は気が付いたらどうしようもなく惚れていて、その笑顔も、泣き顔も、真剣な眼差しも、瞼に焼き付けたくて、どれ一つとして取りこぼしたくなくて、ずっと追いかけ続けた。

 もっと近くにいたい、という思いと、こんな普通じゃない想いには巻き込みたくない、という葛藤。元々が仲のいい友達で、親友で、三人一緒で。そんな中で芽生えてしまった恋心を、どう進展させていいか分からないまま気が付いたら高校生になっていた。

 私達は別々の高校に通っていて、それでも何かと三人集まって放課後につるんでて。何もあの頃から変わらずにいられることに安心していた。

 だから、焦った。

 最近、AとCの距離がやけに近くなってたのには気付いてた。マックで喋るときの席の寄せ方だとか、そいういう細かい部分から、薄々と違和感は染み出ていたんだ。それが頻繁なボディタッチになり、腕組みになり、スキンシップの度に頬を紅潮させる二人を見て、私が何も感じない訳がない。

 友達だからって、納得しようとしてた。気のせいだって、思い過ごそうとしてた。でも、もう我慢できない。

 Aを、あの子の気持ちを私のものにするんだ。もう、三人の関係がどうなったっていい。こんな風にキリキリと自分の心が軋む音を聞き続けるくらいなら、もういっそ全てをぶち壊してしまっても、いい。

 Cを、私に惚れさせる。それが私の取った作戦だ。

 要は、まず二人を、AとCを離れさせなければいけない。そのために、Cの気持ちをAから私に”乗り換え”させる。そんな一見荒唐無稽なことを叶えるための手段が、私にはあった。

 小学生の頃、噂で広まった『ホット・アロー』なる惚れ薬。私達三人はその実在と出所を発見していた。

 もう、手段は選んでいられない。それくらいに私の心は逼迫していた。

 私は記憶の道を辿って駅の北側の町を歩き、例の占い小屋を訪問した。そこはあの頃と何も変わらないみすぼらしいトタン葺きの小さな小屋で、怪しい老婆が中で座っていた。私はそこで、キューピッドの矢を手に入れた。ピンクの錠剤の形をしたそれを。

 人の意思を曲げる効果を持ったそれを使うのは、悪魔との契約に似ていた。私はきっと地獄に落ちる。だけど、それでも、このまま心が嫉妬の業火に焼かれていくのは耐えられなかったんだ。

 噂の通り、効果はてき面だった。私はみんなの注文を取ってくるふりをして、Cの頼んだ飲み物の中に錠剤の半分を砕いた粉を混ぜた。もう半分を自分で飲むのは勇気が必要だったけど、それを乗せた手の平は震えていたけど、後戻りしない覚悟は決めていたから、一気に飲み込んだ。

 その日のうちに効き目は現れ始めた。Cの視線がAから私に移っていくのを感じるのはとてもスリリングで、背徳的で、それと同時に快感でもあった。

 あとは、AにCの噂を流して不信感を植え付けて、その上で私がCになり替わって親身に接していくだけ。Cのこともちょっと邪険に扱って、鬱陶しくてしつこいやつ、という役割になってもらう。三人の関係は修復出来なくなるだろう。それは私の業だ。悪魔との取引だ。

 でも、それから数週間。最近どうもおかしいんだ。

 Aとの仲は順調に進んでいる。作戦通り、慎重に私と二人だけの時間を増やして、信頼を勝ち得つつあると思う。

 だけど、なんだろう。この感じ。

 私に屈託ない笑顔を向けてくるCが、眩しくて、時折直視できなくなっている。

 良心の呵責?いいや、違う。

 あのきらめきを見ると、なんだか胸がざわついて、いてもたってもいられないような……

 うそでしょ?これって、恋?いいや、まさか……

 おかしいよ。私が好きなのはAなのに。

 禁断の手まで使って手に入れようとしていたはずなのに。

 当て馬に仕立て上げるはずの友人の笑顔は、あまりに輝いて見えて。

 気づいたら、Aのことを考える時間も少なくなってる。

 どうなってるの?どこで間違えた?

 ああ、もう私、どうしたらいいかわかんないよ……


<続く>

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