ジョウヅニ クルヱ マシタ
スギモトトオル
Aの場合
あーあ、見てしまった。
私はとっさに身を隠した室外機の裏で、諦念にも似た失望を感じ、かつ同時にひどく腑に落ちる感覚を味わっていた。
くすんだ暖簾の掛かった出入り口から出てきて、路地の奥へと消えていったBちゃんの後ろ姿。Bちゃんが現れたのは、寂れた裏路地にひっそりと立つトタン葺きの小屋だ。壁は年月と風雨によって薄汚れてほとんど廃墟同然だったが、その佇まいはあの頃から変わらない。
その怪しい噂は、小学生の頃に流行ったものだ。私達の学校だけでなくて、地域の小学生はみんな知っているようなものだった。男子はわからないけど、少なくとも大抵の女子はその噂を一度はしたことがあると思う。
『駅の北側にある裏路地で、”ホレ薬”っていうモノが買えるんだって』
恋にマセた女子たちの間で広がった噂。本当かどうかなんて、誰も知らない。ただ、みんな口々にその薬のことを囁き合っていて、大人には決して伝わることなく、秘密めいた興奮と刺激を感じていた。
『そのクスリはハートの形をしていて、半分に割って使うの。半分を自分で飲んで、残りの半分を意中の相手に飲ませる。そうすると、クスリ同士の惹きつけあう力が互いを結び付けて、両想いになれるんだって』
誰かから誰かへ、そのまた誰かへと無秩序に伝わっていった噂。
本気で信じている人なんていなかったんじゃないだろうか。小学生だって、道理は分かる。
だから、だったんだろうか。私たちは確かめたんだ。噂のホントウを。惚れ薬を売っているという怪しい占い小屋のことを。
駅の北側には行っちゃいけないって、本当はお母さんに言われてたんだけど、BちゃんとCちゃんと一緒なら大丈夫って思うことにして。三人で一緒に通っていたバレーボールの練習の帰り道。私達だけの探検。
噂の中の占い小屋は、果たして本当に存在した。駅の北側、すこし裏ぶれて怪しい看板が光る、大人の町。細いビルに挟まれるようにして、その小さな小屋は肩身を狭そうにして、確かに存在していた。
意外なほどにあっさりと見つけられた、秘密の場所。私達だけが知っている秘密の場所。
そして、あれから5年。そこからBちゃんが出てくるのを見てしまった。その手に小さな紙袋が握られているのも、見てしまった。
最近、様子がおかしいと思ったんだ。
なんだ。合点がいった。
あとをつけてみて、正解。
きっとあの子は既にあの薬を使ってる。Cちゃんに、惚れ薬を盛っている。だって、そうじゃないとおかしいもの。
あーあ。そういうことか。
いままではうまくいっていたのに。
私の方が先だったのに。
Cちゃんにこっそり薬を飲ませて、もちろん私も半分を飲んで、仲良くなったのに。
Cちゃんと仲良しになるのは、私の方なのに。
恋人なんて、望まない。Cちゃんに好きになってほしいだなんて、夢にも思わない。
ただ、少しでいいから、貴方の時間を独り占めしたいだけ。
それだけなのに。
あの女、B、許さない。絶対に復讐してやる。
今に見てろ。きっと、どんな手段でも使って奪い返してやる。
私のささやかな願いを奪った罰は重いから。
Cちゃんの気持ちは、私のものだ。
<続く>
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