忘却の仲裁者

Haige

短編・忘却の仲裁者

平凡なサラリーマン佐藤は「暇」が口癖だった。

佐藤は平穏な日常と繰り返す業務にモチベーションの低下、つまり暇で退屈さを感じていた。

ある日、上司から呼び出された佐藤は社内プロジェクトチームに途中から参加することになった。どうやら人員不足でプロジェクトが遅れているらしい。そのため(暇そうな)佐藤に声がかかりチームの一員となった。


早速、佐藤は進捗確認を行うオンラインビデオ会議に参加した。プロジェクトに参加するから、これで退屈な日常ともおさらばだなどと考えていた。


会議が始まると佐藤はチームメンバーに挨拶をした。

「佐藤です。途中からの参加ですが、よろしくお願いします」と画面に並んだ初対面のメンバーや顔見知りのメンバーに手短に挨拶を済ませた。


淡々と会議が進む中、突如、チームリーダーの山田という男性が激しく怒り出した。プロジェクトの進捗が遅れていることに納得できないらしい。次第に山田の声は不気味に歪んで聞こえ、その目は狂気的なまでに光っていることが画面越しでも伝わってきた。

「このプロジェクトは遅延ばかりでなんて駄目なんだ!納期も守れないのか!?」


「山田さん、落ち着いてください!世界的に資材が足りず、また配送問題も抱えていて...」

社内管理部門のAさんがなだめている。Aさんは大人しく気が弱い中年男性だが、さりげなく周囲をサポートしてくれ、そしていつも怒っている山田さんをなだめている。


「問題を抱えているのはわかっている!だが、プロジェクトには納期があるんだ!物資の調達すらまともにできないのか!?これではプロジェクトは終わるどころか、滅茶苦茶になるだけだ!発注担当は把握しているのか?」


発注担当の女性が怯えながら謝り、彼女の同僚が画面越しに慰めている。

「ごめんなさい…私たちも全力で取り組んでいるんですが…」

「全力だと!?それじゃあ、なぜ結果が出ないんだ!こんなチームじゃ、何も達成できないだろう!」


ますます山田は声を荒げ、他の参加者もただ静観しているようだった。佐藤は荒ぶる山田を見て蝋梅していた。会議の雰囲気は異様な緊張に包まれ、山田の罵声と共に、画面がゆらゆらとゆがみ始めたような気がした。佐藤が目をこすって画面を見直すと、カメラがオフになった黒い画面から落ち着いた男の声が聞こえた。


「山田さん、冷静になってください。プロジェクトの遅延や物資の調達の問題は、世界的な物資不足や配送の遅れといった根本的な要因によるものです。これは私たちの制御範囲外の事象なのです。」


山田は驚きながらも言い返した。

「でも、それは理由にならない!私たちは約束を守る責任があるはずだ!」


「山田さん、私はあなたの状況やリーダーという責任ある立場を理解しています。しかし、私たちができることは制限されています。この状況下で各自が最善の努力を尽くしているのです。遅延や物資不足に対して対策を検討し、他の代替手段を探ることが重要です」


山田はまだ苛立ちを抱えながら精一杯声を振り絞る。

「くっ…でも、もっと効果的な対策はないのか?私たちは何とかしてプロジェクトを進めなくてはならない!」


「山田さん、焦っても問題の解決にはなりません。冷静になり、チームと協力しクライアントにとっても最善の選択肢を探りましょう。クライアントにも現実的な目標と調整を行い、柔軟性を持って対応することが重要です」


冷静で現実的なアドバイスによって山田は少しずつ怒りを鎮め、ぶつぶつ言っていたが落ち着きを取り戻した。物資不足や配送遅延のような状況下では、冷静な判断と柔軟な対応が求められることを示唆しているのだろう。


この山田の怒りを鎮め、おまけにプロジェクト全体のスケジュールの見直しまでできるとは、なんてすごい人なんだろうと佐藤は感動していた。ふと声の主の画面に目をやるがカメラはオフのため顔は見えない、名前は設定していないのか表示がない。設定を忘れたのかと思って深くは聞かなかった。


***


一連の騒動で会議は一時中断されたが、落ち着きを取り戻し、何事もなかったかのように振る舞っていた。山田をなだめていたAさんが弱弱しい声で話すが、安堵した感じが伝わってきた。他の参加者も少しずつ穏やかな表情を取り戻し、会議は続行された。


佐藤は山田の怒りを鎮めた人物に感謝の目を向けようとしたが、該当する人物が見つからない。

「さっき山田さんと話していた方は誰ですか?画面オフにしていた方」と聞くも、他の参加者たちは誰それ?山田さん以外に何かあった?と言いさっきの会話が聞こえていないかのようだった。


佐藤は疑惑と不安が広がる中、何か手がかりを探ろうと会議の参加人数を数えた。

(佐藤、山田、Aさん、発注担当の女性とその同僚で五人、そして、謎の声を入れると6人…)

血の気が引いた。会議には6人参加していると思ったが、当初から5人しか参加していなかった。画面オフにしているだけだと思ったが、最初から6人目は存在していなかったのだ。


「ど、どういうことなんだ!」


佐藤は恐怖と混乱の中で、会議の退出ボタンを押しした。自分が何か見えない存在に囲まれているのではないかという疑念に苛まれた。そして、佐藤はもう一度オンラインビデオ会議を立ち上げると、再び参加者たちが画面上に現れた。


「佐藤さん、どうしました?ネットワークの調子が悪いですか?突然カメラが消えて、声も聞こえなくなったからびっくりしました」


「だ、大丈夫です…」


皆が佐藤を心配している声と表情が画面越しから伝わってきた。結局、謎の声の正体は闇に包まれたままだったが、あの声は誰だったのか…。我を忘れていた山田を冷静沈着に対応し落ち着かせたナニカ。佐藤はオンライン会議を通してアチラ側に入りかけていたのかもしれない。


問題は釈然としないまま、佐藤は不安と疑問を抱きながら日常を送ることになった。

(ああ、平穏で暇な日々とは確かにサヨナラだ)佐藤はニヤリと笑った。


~完~

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忘却の仲裁者 Haige @haigeee3

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