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 時間は深夜一時になろうとしている。ずっと運転をしてくれているボスはタフだ。けれどもサービスエリアごとに、アイスクリームだの肉まんだのを食べてはしゃぐ秋月さんも、相当タフだ。車内は賑やかで、おかげで全く眠たくはない。

 やがて、ネオン街の光に窓の外が煌々と明るくなる。

「新宿だーやっと帰ってきたー」

「幸太郎くん。おかえりなさい。そして社員登用おめでとう」

 泥舟と社長自ら連呼する会社への社員登用がおめでたいのかは疑問が残る。

「ありがとう、ございます……」

 ようやく帰ってきた新宿パイナップルビルヂング。十文字と秋月さんは、先にビルの近くで車を降りて、打ち上げのためのお酒や食べ物を調達しに行った。

「幸太郎。明日からこれを使え」

 事務所近くの月極駐車場に車を停めたボスから振り向きざまに手渡されたのは、リボンがかかった小さな箱。開けると、中には黒い革の……カードケース?

「これは一体?」

「見ての通り、名刺入れだ。中に名刺も入れている」

 生まれてはじめて手にする名刺入れの中を覗くと、十枚ほどの名刺が納まっていた。一枚抜き取る。

『株式会社BB 秘書兼運転手兼役員 佐藤幸太郎』

「どうだ、かっこいい名刺だろう」

「いやいや、なんですかこの『秘書兼運転手兼役員』って。第一、僕運転免許持ってないですよ」

「ないなら取ればいい。教習所に通え」

 教習所に通うにはいくらあれば――まあ、いずれは取ろうと思っていたし、良い機会か。貯金は、あるのだし。

「教習所だけじゃない。必要があれば、大学にだって通えばいい。もちろんうちでの仕事はしながらな。――私の会社だけじゃない。今のこの世はでっかい泥舟だ。一緒に溺れるな。幸太郎。頑丈な小舟をたくさん作って、沈みゆく泥舟の船員を助けよう。この世の中の、一人でも多くを、幸せにする仕事をしよう」

 夜だというのにボスの目は明るく輝いている。あぁ、新宿のネオンの光を反射しているのか。随分ギラギラしているけれど、暗闇の中ではその光がありがたい。新宿の空には相変わらず星一つ見当たらない。その代わりに、近くの光が明るく照らしてくれるから、歩くのには困らない。

 そうだ。そして僕もいつか、誰かを照らす光になろう。

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