大きな欅の木の下で
そうざ
Under the Big Oak Tree
青天の霹靂が雨を呼び、真昼の小さな一大事が僕を襲う。差し当たっては雨宿りかと街路の一角にそそり立つ巨木の下へ急いだ。
逃げ込む最中、セーラー服を着た小さな女の子が先に雨を避けているように見えたのに、いざ木の下に入ると影も形もない。
「あの日も雨が降ってね」
傍らに老婦人がつくねんと居た。
行き成り始まった会話に戸惑いつつ、雨避け合うも多生の縁か、と僕はスーツの滴を払いながら調子を合わせた。
「あの日と言いますと?」
「傘なんて持ってませんでした、見事な夏空でしたからね」
耳が遠いのか、
「今日も予報と違いましたねっ、僕も傘を持たずに出掛けちゃいましたっ」
遠くで雷が鳴いている。
「この木は欅です」
「あぁ……大きいですねぇ。僕、住宅メーカーに勤めてまして、
オーナーの新築現場を訪問し、建材の最終確認を終えた帰り道なのだ。
「何もかも焼けちゃってねぇ、この木だけが焼け残りました」
「……この辺りで火事があったんですか?」
「それはもう一面、火の海で」
「あぁ、成程」
何が成程なのか。最寄り駅まではまだそこそこの距離がある。雨脚が弱まる気配はない。
「この有様です」
ずっと逸らしていた視線を何気なく老婦人へ向けた。
セーラー服を着ている。黒っぽく見えるのは冬服だからではなく、全体的に
僕は反射的に後退った。欅の幹が背中に当たり、雷鳴が轟いた。
稲光が映したのは、顔まで
巨木の下は落雷の危険度が高い。無意識の知識が僕を雨中へと走らせていた。
後日、件の新築現場からの帰途、意を決してまた欅の側を通った。また雲行きが怪しそうだったら遠回りをするつもりだったが、今日降り注ぐのは耳に痛い程の蝉時雨だけだった。
前回は気付かなかったが、小さな祠が隠れるように鎮座していた。側に案内板も設置されている。
そこに記されていたのは、戦争の逸話だった。
この辺りで爆風にも熱風にも耐えて生き残ったのは、樹齢百年を越えるこの欅だけである事、即死を免れた人達も藻掻き苦しみながら亡くなった事、道祖神の焼けた痕跡が往時を偲ばせる事――。
しっかりと手を合わせて立ち去ろうとした時、妙な違和感に首根っこを掴まれた。
案内板を読み直す。悲劇が起きた年を示す四桁の数字は『2』から始まっていた。
今年は何年だったか、答えが出て来ない。
核の傘は自前の傘を持っている事にはならないし、歴史は繰り返すって言うし――。
空の彼方で雷が起き、稲光が辺りを包んだ。
大きな欅の木の下で そうざ @so-za
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