花吐き
高黄森哉
花吐きの病
「ふうん。それで、気づいたら花を吐いてたんだ」
と言って、先輩はアイスティーからストローでちゅうちゅうと液体を吸い上げる。すらりとした美人な先輩。
「そうなんです。朝起きたらベットに寝ていて、そして、身に覚えのない花びらが口元からでていたんです」
涎と共に引っかかっていた、というのが正しい。白い花びらが、口に切れ端に引っかかっていたのだ。
「で、その男はいなかったの」
バーで一緒に呑んでいた男。かっこよかった。狼のような灰色の髪の毛で。私を家まで送り届けてくれたのも彼だろう。詳しく覚えていないけれど。
「はい。朝起きたらもういなくて」
「自分の家?」
「はい」
お酒に弱いのに飲み過ぎたのだと思う。ばったりと記憶は途切れている。
「これが、いわゆる花吐き病なんでしょうか。私、あの人に恋をしていて」
「さあ。そんなのねえ。ご飯粒とかじゃない?」
「でも、確かに花だったと思うんです」
「写真とかない」
私は枕元にはらりと落ちた、白い花びらをおさめた、写真を先輩に見せた。
「うーん。ダチュラだね」
「花びらじゃないんですか」
「花びらだよ」
「ダチュラを吐き出す病気なんてあるんですか」
「まあ、あるんじゃない。綿吹き病なんていって、植物が寄生する例は、非公式ながら知られているし」
嘘だ。私の知っている先輩はこんな非科学なこと肯定したりしない。
「真剣にお願いします」
先輩は悲しそうな目つきで、アイスティーの四角い氷をかき回す。いつも笑っている唇も、ひきつって見えた。
「ダチュラは幻覚剤だよ。せん妄状態になって、その間の記憶は消えちゃうんだよね。だから」
「だから」
彼女の大きな瞳が迷うように左右に揺れた。
「レイプドラッグとして使われることがあるって。ねえ、お酒に入ってなかった」
「覚えてません。酔ってたんで。でもそんな」
大粒の涙が落ちる時、雨粒の一粒のような音がした。私の涙だ。
「ごめんね。花吐き病の方がよかったね」
かぶりを振る事しか出来ない。駄々をこねる子供のように。その時、先輩の手が伸びて、私の口元から、白金の花びらを取り出した。
「あら、本当にこんなことがあるのかしら」
それが彼女のピアスであることを知っていた。
でも先輩。花吐き病は本当にありますよ。その日、以来、私は毎晩のように、枕もとに白の花びらを、本当に見つけたのです。
清く純白な百合の花を。
花吐き 高黄森哉 @kamikawa2001
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