青の宝石
零
第1話
昔々のお話です。
ある山に一頭の白い虎が住んでいました。虎はいつも一人で、高い高い山の上から四方を見渡していました。彼の青い瞳はどこまでも澄んで美しく、一点の曇りもない宝玉のようでした。
ある平野に一頭の白い獅子が住んでいました。彼はいつも群れの仲間に囲まれ、賑やかに暮らしていました。時折、揉め事も起こりましたが、彼はそれをうまくまとめるだけの力がありました。
ある日、山の麓の水飲み場で、二頭は偶然出会いました。虎は獅子の姿を、高い山の上から見て居ました。獅子は山に住む虎の噂を仲間達から聞いていました。お互いに興味があったのです。それを、最初に訊いたのは獅子の方でした。
「君は何故いつも一人で居るんだい?寂しくはないの?」
そう訊かれた虎は、静かに水面から口を離し、獅子を見つめました。何もかも見透かすような、青い瞳から、獅子は思わず目を逸らしました。
「それなら、何故君は群れて暮らす?心を乱す、他の者を煩わしいとは思わないのか」
そう言われた獅子は、びっくりしたような顔をして走り去ってしまいました。
(やはり、あの目は怖い。こっちの心を見透かしている)
獅子は、本当は時々は思う事があったのです。群れの仲間同士でいがみ合ったり、餌を取り合ったり。その事で自分は随分骨を折っているのに、周りは面倒事を自分だけに押し付けている様な、そんな気分になる事があったのですから。
虎も、心は揺れていました。一人で過ごすことを、時折寂しいと思う事があったからです。例えば、そこに満点の夜空があった時、共にそれを見上げて、美しいと言い合う誰かが居ればいいと、思ったことがあるからです。
それからいくつかの日が過ぎた頃、山に、平野に、大きな嵐がやってきました。山では川が溢れ、がけ崩れがいくつも起きました。虎は山中を走り回り、巻き込まれた山の動物たちを助けて回りました。山で一番力があるのは虎でしたから。
嵐が去っても、虎は幾日も救助に奔走しました。リスも、キツネも、サルも、全ての動物を分け隔てなく助けて回りました。特に親しいものを作らない虎にとって、山に住むすべての命が等しく愛しい存在なのです。
そうして、虎は自力で山を下りられない、幾匹かの動物をその背に乗せ、麓の水飲み場へ連れて行った時、虎は、そこにあの獅子が倒れているのを見つけました。
獅子は体中に深い傷をいくつも負い、片目を失っていました。虎が地近づくと、小さく呻き声をあげました。
「ざまぁ、無い……」
獅子が言うには、嵐に乗じて、他の群れが、彼の群れを襲ったのだというのです。彼は相手の群れのボスと戦い、敗れたのです。そして、群れの仲間も、皆新しいボスについて行ったのでした。
「役立たず、と、言われたよ」
獅子の目から大粒の涙が流れました。虎は黙って獅子の傷を舐めてやりました。綺麗になった傷に、サルが取って来た薬草を、リスが潰して塗りました。山の仲間が、今は食べられる恐怖を忘れて、懸命に消えかかった命を繋ごうとしていました。
「群れで生きれば、その群れに貢献できなければ捨てられる。一人で生きれば、全てが自分への貢献だ。そこに怒りも悲しみも生まれない」
虎が静かにそう言うと、獅子は、ああ、と、言ってまた涙を零しました。この虎は、どこにも偏らないために独りで在るのだと。誰の味方でもなく、誰の敵でもない。貢献すべきは一部ではなく、全てであると、決めているのだ。
「なら、」
獅子が何かを言いかけると、虎が天を仰いで一声長く吠えました。
高く、細く、清いその声に応えるように、暗く満ちていた雲が割れて、陽の光が差し込みました。優しく、温かく。
「お主は、群れでなければ生きられまいよ。自分捨てた群れなど忘れてしまえばいい。お主にはもっといい仲間ができよう。お主を甘えさせも、弱くもさせない、良い群れが」
そう言うと、虎はそっと獅子の耳に口を寄せて静かに何かを囁いた。それは初めてあったあの日、伝え損ねた心の欠片。
それを聞いた獅子は、虎の目を見つめて大きな声で笑い始めました。それにつられるように、周りの動物達も笑い始めます。その声に応えて、陽の光は一層強く、そして、優しく降り注ぐのでした。
昔、昔のお話です。
青の宝石 零 @reimitsuki
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