第3話 学園内の雰囲気
「あ゛?何でこんなとことに精神異常者がいるんだ?」
零たちは校舎内に入って早々、聞いた者を不快にさせる言葉が聞こえた。
声が聞こえた方に目を向けてみると、そこには怯えている女子と厳つい顔の男子――恐らくこちらが声の主と思われる――がいた。
「もう一度言うぜ。何でこんなとこに精神異常者がいるんだ?テメェみたいな奴は隔離されているんじゃなかったのか?」
精神異常者――この時代において、それは一種の隠語のようなものである。史上最凶最悪の計画とも言われている【超人種計画】、その哀れな実験体たち。そんな彼ら彼女らを指し示している。
【超人種計画】とは、人間を、人間の身で、人間を超えた力を持った種族を生み出すという計画である。元々は【超神種計画】という、神を超えた種族を生み出す計画ではあったが、成功例はたった一人しかおらず、費用がかかりすぎることや素体となる攫った人間の数には限りがあることなどの理由により、上級神を超えた力を持つ【超神種】よりも、少なくとも下級神に匹敵するだけの力を持った【超人種】を大量に生み出す計画に切り替えた。
そうして作り出された【超人種】は強力な力を持つが、その代償として精神に異常をきたす。零の代償は[感情の凍結]。これは比較的軽い異常であり、零が得た力の代償としては軽すぎるとも言えた。他の代償として、[精神年齢の固定]や[感情の制御不能]などが挙げられる。
故に、零のような感情の凍結であれば日常生活において問題なく過ごせるため、後見人さえいれば普通に暮らせる一方で、感情のコントロールができない者は犯罪行為を起こしやすいため、専用の施設にいることが多い。
そのため、彼ら彼女らを保護した直後は全員を施設行きにしたり、殺処分をすべきだという過激な意見も多くあったが、全員が危険な者ではないことが判明した今ではそれを言わないことが暗黙の了解となっていた。
「(それでも一定数はいるんだよな〜、こういった過剰反応を示す奴が・・・・・・。)」
そうボソッと呟きながら、零は美咲の方を向くと、そこには誰もいなかった。
嫌な予感がして振り返ってみると、
「そんなことをしていて恥ずかしくないの!それに、この場でさっきあなたが言っていた言葉は言わないことが暗黙の了解よ!大丈夫だと分かっているからここにいるんでしょ?まさかとは思うけど、そんなことも知らないの?」
「なんだと、テメェ!」
案の定、美咲はその男の近くへと行き、文句を言っていた。
美咲は元々、知らない誰かに差別や偏見を持つことが全くなく、あったとしても、それはどうしようもない程ダメな人間であったときだけだ。
むしろ、宗教や文化の違いなどで禁止されているもの、制限されているもの、許されているもの、などが異なるため、なるべく相手に失礼を働いたり嫌悪感を抱かせたりしないように自分で調べていることが多い。
だからこそ、つい数年前から【超人種】関連について詳しく調べていた。
「あと、ここでそんな大声を出されて、かつ、そんな内容を聞かされると、すごく迷惑だし、不快になるから止めて。」
零は気づかれないようにそっと怯えている女の子の元へと向かいながら、ボソッと『差別や排他的な人間に対しては相変わらず、毒舌なんだなぁ〜。』と近くで聞いても聞こえるか否かといった音量で言った。ただし、美咲の耳が一瞬、ピクッと動いていたのが見えたため、聞こえていたのだろう。
そして、そんな毒舌をくらった当の本人は眉をピクピクと動かし、一旦考え込むように下を見た後、何かに気づいたかのようにニタ〜と笑う。
「ハッ!わかったぞ。お前もこいつと同じ精神異常者なんだな?だから、同族である自分もやられないようにするために援護しているんだろ?」
男がそういった瞬間、零は立ち止まった。
そして美咲の方を向き、
『代わろうか?』
『いや、お兄は良いよ。むしろ、やり過ぎちゃうでしょ?』
『そんなことはないよ。・・・・・・多分。』
『多分って・・・・・・、とにかくこれは私に任せて、お兄はその子をお願い。』
『・・・・・・了解。ちなみに、騒ぎを聞きつけてきたのか、教員か警備員と思われる人たちが二名、こっちに向かって来ているから、適当にあしらう程度で良いよ。』
『は〜い。』
と視線で言葉を交わした。ここは既に校舎内であるため、対能力者用の捕獲システムや能力探知システムなど、たくさんのシステムが張り巡らせてあり、流石の零も人間レベルにまで能力を封印している状態では、街中にある探知システムなら兎も角、それとは比べ物にならないくらい最新鋭で超高精度・高性能なものを使っているこの校舎内で念話を使うには危険過ぎると判断したのだ。
そのため、正確率は低いがある程度なら伝わるアイコンタクトを選択したのだが、今回はうまく伝わったようだった。
「何言っているの?貴方が言う『精神異常者』は【超人種】の隠語。これは人格形成がまだである幼い頃に【超人種】となったことにより精神的な異常が生じる現象のことからなったと言われてたね。まぁ、私はあんまり使いたくない隠語だけどね。」
「それが何だって言うんだよ!」
美咲は途中『精神異常者』という単語に嫌悪感を抱いていることを証明するかのように顔を少し歪ませながらもゆっくりと告げていく。
対して男の方は少々苛立っているようだった。
「精神が不安定であったり危なかったりしている者達は軍が管理する施設で生活していて、そこから出られるのは安全だと判断された者達のみ。その判断もかなり厳しい審査を行って決定するため、危険でないことは保証されているんだよ。なのに問題視するということは軍や政府、そして最終決定を下した天神様に対して信用できないと言っているようなものだよ?」
「なっ!」
しかし、美咲が告げた内容を聞いて、驚愕と困惑、そして不安といった表情を男はしていた。天帝国において狂信派や過激派は一定数いるため、他国なら兎も角、国内での天神批判は命の危機すらありえるのだ。
「それに私は普通の人間と変わらないよ。客観的に見ても表情や仕草、話し方は少なくとも精神的な異常が生じている者とは異なっている。それなのに【超人種】扱いをしてくるということは、そこら辺を歩く一般人も【超人種】として見なしているということになるし、他人から見れば貴方が【超人種】ではないか、とも思われることにもなるけど、それを理解した上で、私が【超人種】であるという疑惑をかけるの?」
美咲がそう言って言い終わると男は顔を真っ赤にしながら俯いてしまった。
(ついつい甘やかして色々なことを教えてしまったのはまずかったかな?)
気配を消し、いつでも倒れている少女を助けられる位置にいながら、零はそう思った。養子として天上家に籍を入れる前から多少は交流があり、また、近しい同族ということで、【超人種】に色々な知識を教えていたこともあったため、美咲に対しても同じく教えていたことがあった。
ただし、いくら教え方が上手くても、いくら子供だから知識の吸収が速くても、当時の時点で高校卒業レベルの内容まで教えたのはやり過ぎであったと零は後々になって反省していた。
ただ単に、知っている知識が増えるだけであれば良い。ただし、それを活用すると要らぬ争い事になることもある。時には暴力沙汰にも・・・・・・。今のように、
「クッソ!理屈ばっかり言いやがって!関係ねぇんだから、黙っていやがれ!」
そう言って男は美咲を殴ろうとしていた。
誰もが危ないと思い、零も『助けるべきかな』と判断した直後、
「さて、何やら校舎内で騒ぎが起きていると聞いてやってきてみれば、一体何をやろうとしているのかな、君は?」
そんなのほほんとした口調と優しそうな顔で、されど零には目が鋭くなっているように見える大人の女性がいた。
超人種となった少年、本来の力を封印しながら学園生活を謳歌する 山染兎(やまぞめうさぎ) @tsukahaya
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