補遺

げこげこ天秤

About "Eater"

File No. 20350902

Doc. 0942

Title: the truth


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 私の師事する五十嵐先生の訃報に触れたのは、朝のニュースでのことでした。他殺でした。私がこの報に触れたのは、確か地下鉄大江戸線で青山一丁目駅あたりを過ぎたあたりだったと思います。


 五十嵐教授の専門は、昆虫学でした。昆虫学と聞くと、アマゾンなどの未開の地で新種の発見を目指すようなものを想像される方がおられるかもしれませんが、五十嵐先生の研究は農学の一分野に位置付けられるものです。もちろん、昆虫の生態を明らかにするということも研究内容には含まれていましたが、その生態を利用して人類にいかに役立つものを提供できるかが先生の主な関心事項でした。とりわけ、世界は人口増加による食糧難に喘いでいましたから、昆虫食は先生が特に熱心に取り組まれていたテーマでした。

 しかし、昆虫も生物です。昆虫にも餌が必要となります。餌を与えることで、人間の食糧がなくなるのであれば本末転倒です。どのように工面すればよいのでしょうか。

 したがって、私たちの研究室では、二つのグループに分かれて研究が進められていました。効率的に育つ昆虫の品種改良をするグループと、昆虫の食糧を開発するグループです。私は後者のグループリーダーとでも言えば良いのでしょうか。取りまとめ役をしていました。

 そして、ようやく成果発表がおこなえる……。そんな時に舞い込んできた突然の訃報でした。しかも殺された。五十嵐先生は、時に厳しい物言いを生徒にされることはありましたが、それは稀なことであって、基本的には物腰の柔らかい方です。人当たりの良い紳士であったと言っても良いです。そんな方が人の恨みを買うなんて考えられませんし、ましてや殺意を抱く人がいるなんてありえない話でした。


 ――背後から射殺、凶器は矢か?


 とにかく私は、六本木駅で一度降りることにしました。このままいつも通り、大学へ向かうことなど、できるはずがありませんでした。しかし、すぐに降車して後悔しました。犯行現場が六本木と報じられており、そして容疑者は逃走中というのです。もしかしたら、五十嵐教授を白昼堂々殺害した殺人鬼が、同じ空間にいるかもしれない。そう考えるだけで、背筋が寒くなっていくのを感じました。

 その時でした。私はふと、目の前を横切った少女に目を奪われました。




 * * *




「早稀ちゃん?」

 私は少女の名前を呼びました。彼女の名前は、五十嵐早稀。教授の娘で、何度か会ったことがあり面識自体はありました。向こうも、私に気がついたようで、その足を止めます。

「誰かと思えば、古賀さんじゃん。おはようございます!!」

「どうして――」

 どうしてここにいるのか? そう二言目を発しようとしたところで、私はそう問うのをやめました。彼女の背の弓袋が目に留まったからです。そう言えば、彼女は弓道部だったな……。そんなことを思い出すよりも先に、五十嵐教授の死因が頭をよぎります。背後から矢で射殺。まさか……

「? どうしたの、古賀さん。顔色悪いよ?」

「いや……その……」

 目の前に殺人鬼がいる。普段は美しく感じる彼女の黒曜石の瞳が、恐ろしく感じました。そのうち、私を疑ってるんだね、という彼女の声まで聞こえてきそうで、それなのに涼し気な表情を崩さない目の前の少女に、私はどうしていいか分からなくなりました。




 ***




「君が……五十嵐先生をったのか?」

「古賀さんは、昆虫が実はエイリアンだって聞いたら笑う?」

「質問に答えてくれ!!」

「私の質問に答えてよ。その後に、答えてあげるから」

 私が声を荒げたのにも関わらず、五十嵐早稀は余裕の笑みを浮かべていました。だから、その雰囲気に気圧されてしまったのでしょう。彼女の質問について考えることにしました。

 昆虫は地球外生命体である。いわゆるパンスペルミア仮説というやつです。昆虫の起源をたどると、あまりにも突然地球の歴史に登場しているため、生み出された仮説でした。その見た目や特徴が、あまりにも地球上にいる他の生物からかけ離れていることも、この仮説を裏付けるものとして論じられることがあります。

 普通に考えればただの馬鹿馬鹿しい話です。けれど、昆虫学を研究していた私は、時々本当にそうなのではないかと思うことがありました。オルドビス紀が終わると同時に登場した昆虫という種は、その瞬間から飛んでいました。海から上陸したというよりかは、どこか別の場所からやって来たと言われた方が、納得してしまいそうになります。加えて、食物連鎖において昆虫は「消費者」であると同時に「分解者」でもあります。知れば知るほど、不可解な生き物でした。

 先に私は、五十嵐教授の研究室で昆虫の餌について研究をしていたと書きましたが、昆虫の「分解者」的な役割に着目して研究を進めていました。実は私は、生物学と言うより、もともとは情報工学を専門としていました。だから、世界と言うのは詰まるところ情報によって構築されているという考えを持っていました。パンにせよ、コーヒーにせよ、山も、川も、海も、空も、人間でさえも、情報の集合体であると。食物連鎖でいえば、人間は「消費者」ですが情報を生み出すという面では「生産者」です。氾濫状態にある情報を、もし食糧として分解してくれる存在がいたのならば……? そんなSFチックな発想から研究に取り組んでいました。


 そうして、行きついたのが、植物に量子コンピュータを接続するという手法でした。植物の葉を噛む――その瞬間、大量の情報が昆虫に流れ込み、昆虫の育成を促進する。そうして養殖された大量の昆虫によって、人類は食糧難を乗り越えることができる。そのはずでした……。


「私はね、虫は地球を掃除するために宇宙からやって来たって思ってるんだ」

「掃除?」

「そ。知ってるでしょ? オルドビス紀末に襲ったガンマ線バーストで沢山生物が死んだこと。消費者イーターたちの死骸の後始末をしに来たってね」

「馬鹿馬鹿しい」

「馬鹿馬鹿しいのは人間の方だよ。地球を散々好き勝手食い荒らしてる消費者イーターのくせに、今度は地球の掃除屋さんまで食べようって言うんだからさ。なんだっけ? 古賀さんは、ついになんてよく分かんないものまで作り出したんでしょ?」

「……」


 情報を食料に転換する装置――星系樹。そして、情報を餌として食すことのできる昆虫――〈噛蟲〉。私の研究と、五十嵐先生の研究成果。それが、組み合わされた時、〈噛蟲〉無限生成システムが構築されたのです。人類が情報を生成し続ける限り、情報は星系樹の量子コンピュータを介して食用情報に変わり、〈噛蟲〉を生育し続ける。人類の食糧問題を解決する希望として、発表される研究成果のはずでした。


「ほんと馬鹿だよ。これから、いーっぱい人が死ぬのにさ」





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【補遺】


二〇三五年九月二日、九時四二分。

地球から射手座方向に八千光年先にある連星系WR一〇四より放たれたガンマ線バーストが到達。


生き延びた人類は、これを「射手座の凶矢」と呼んだ。


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いーたーはひとをたべているのではない。

じょうほうをたべているのだ。


せいけいじゅがそんざいすることで、

いーたーもまたそんざいしつづける。










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