第15話 日本人、異世界で山に入る
村長の家を出て、山を見上げる。
山といっても、大した高さではない。頂上まで昇るのに、半日もかからないだろう。
「荷物を置いて、さっそく行くぞ」
「まあ、大して荷物ないんだけどね……」
荷物のほとんどは、船と一緒に海の藻屑となった。
鮮之助が日本から持ってきた道具も、シェルメールが船に積んでいたものも、既に手元にはない。
シェルメールが海に飛び込む前に辛うじて持ち出せたのは、わずかな金品だけ。
鮮之助に至ってはフグの卵巣の入った樽だけだ。
鮮之助の異常な執着によって樽だけは手放さなかったが、浮き輪代わりになったのは結果オーライと言える。……彼はそこまで考えていなかったので、偶然だが。
「……なんだか、みんな元気ないね」
山へ向かいながら、シェルメールがぽつりと呟く。
すれ違う村人が、どうにも覇気がないように感じた。よそ者の鮮之助たちが普通に歩いているのに、一瞥するだけで特に反応はない。
みんな痩せこけていて、栄養が足りていないことが一目でわかる。
「ふっ、美味い飯を食べれば元気が出るだろう」
「その通りじゃ!」
鮮之助の言葉に、餓舞が元気に同意した。
「待って、餓舞ちゃんまでそっち側に行かないで!」
そっち側とはやばい奴側ということだろうか。
「ん、ていうか餓舞ちゃん、さっきまで静かだったよね」
「うむ。妾、気づいたのだ。──剣は普通、喋らない」
「うん、そだね」
餓舞に顔はないのに、なぜかドヤ顔が見えるようだった。
彼女が人間だったのは遠い昔のことだが、辛うじて思い出したらしい。
剣が喋るのはおかしいことだと。
「遺物に常識なんて通じないから特に気にしてなかったけど……他の人に変に思われないように黙ってたの?」
「うむ」
「そっか……ちょっと寂しいね」
鮮之助とシェルメールは、餓舞の生い立ちを詳しくは知らない。
しかし、元は人間だったであろうことはアタリがついていた。
自虐にも聞こえる餓舞の言葉に、シェルメールは少し言い淀む。
「くだらん。剣に料理の味がわかるか。お前は間違いなく美食家だ」
「鮮之助ー! お主いい奴じゃな!」
餓舞は話すだけでなく、蜂の子やフグに舌鼓を打っていた。そちらの方がよほどおかしい。
「嫌なら人間の姿にでもなればいい」
「え、そんなことできるの?」
「知らないが……蜂の子を食った後、姿変わっただろう」
鮮之助が拾った時、餓舞はボロボロの剣だった。
しかし、蜂の子を食べた後に綺麗な刀へと姿を変えた。新品同然になっただけでなく、形そのものも変わったのだ。
そこから察するに、餓舞は姿形を変えることができる。
「無理じゃ。剣の類になら変われるのじゃが……」
形を好きに変えられるのは、餓舞の魂と、素体になった人間の感情と肉体が古代の魔法によって魔剣に変えられているだけだからだ。
魔剣という概念の中であれば、形はなんでもいい。
逆に、魔剣という形を成していなければ……魔法は解けてしまう。
「ほう! 他の剣にはなれるのか!」
鮮之助がなにかを思いついたように、浮ついた声をあげた。
「素晴らしい。ちょうど、ここは竹林のようだからな。……タケノコを取るぞ」
話しながら歩いていると、たどり着いたのは山の大部分を占める竹林だ。
「餓舞、スコップになってくれ」
「スコップは剣ではないと思うのじゃが」
日本人、異世界でもなんでも食べる 緒二葉@書籍4シリーズ @hojo
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