第14話 日本人、異世界で村長に会う

 クラーケンによって半ば幽閉状態となっているここは、小さな島だった。

 島の中央は小さな山になっており、その麓には家や畑が散見される。


 家の数から推測するに、住人はそれほど多くないだろう。


 寂れた村、という印象が強い。

 活気がなく、ひどく静かだった。


「あれ、私遭難しすぎじゃない……? 今度こそ、完全に船がダメになっちゃったし……」


 助かった喜びが過ぎ、魔導具でもある船を失ったことを思い出したらしい。

 シェルメールが歩きながら頭を抱えている。


「今さら気づいたか」

「遭難したのは鮮之助も同じだけどね?」

「新たな食べ物に巡り合えたのならば、それは遭難ではなく導きと呼ぶ」

「ある意味尊敬するよ、そのポジティブさ」

「ありがとう」


 鮮之助の返しに、シェルメールが呆れたように肩を竦める。

 皮肉は1ミリも効いていないようだった。


「もう着くよー」


 ミルに案内されたのは、その中でひときわ大きな家だった。……といっても面積がやや広いだけの平屋だが。


 ミルが戸に手を掛け、中に入っていく。


「じいちゃん、いる?」

「おう、いるぞー。……ん?」


 家の奥から出てきたのは、筋骨隆々の男性だった。頬や目じりには皺が見えるが、孫がいる年齢に見えないほど壮健だ。


 彼の瞳が、ミルの背後にいる鮮之助たちに向いた。


「ども」


 シェルメールがぺこりと頭を下げる。


「海岸で見つけたんだ。クラーケンに襲われたみたい」

「お前……っ!」


 ミルが事情を説明すると、村長は眉を吊り上げた。


「また海岸に行ったな!! 海には近づくなとあれだけ行ったのに!」

「……っ。だって……」

「だってじゃない! 俺たちは海の怒りを買ったんだ! 二度と海に出てはいけないんだよ!」


 村長はミルの反論を許さず、頭ごなしに怒鳴りつけた。

 ミルは悔しそうに唇を噛む。


「いいか、俺たちは島から出ず、島の食糧だけでひっそりと生きていくんだ。わかったなら、海岸に行くのはやめろ!」


 クラーケンに囲まれ、船を出すことができなくなったという、小さな島。

 住民の長である村長は、海へ出ることをすっかり諦めているらしい。


 いくら人口が少ないとはいえ、この面積では満足に食糧を得られるとは思えない。潮風でロクな作物も育たないだろう。


 彼の主張を聞いて、鮮之助は不機嫌そうに眉を顰めた。シェルメールはミルを心配そうに見つめている。


「また、それかよ……」


 ミルは俯きながら、小声で呟いた。

 そして、顔を上げて真っすぐ村長……己の祖父を睨みつける。


「クラーケンは父ちゃんを殺したんだ! だから、絶対に俺が殺す! 海の怒りなんて言って逃げてるだけのじいちゃんは黙っててよ!」


 ミルは一息にそう言い放つと、村長がなにか言う前に背を向けた。


「あ、おい、ミル!」


 走り去っていくミルに、村長が手を伸ばす。

 しかし、その時にはもう、ミルは家から飛び出していった。


「あの馬鹿……」


 村長は吐き捨てるように言って、追いかけようとした。

 しかし、足がもつれて転びそうになる。


 倒れこむ村長を咄嗟に支えたのは、鮮之助だ。


「足でも悪いのか?」

「……すまん」


 その謝罪は、支えてくれたことへの礼か、内輪もめを見せてしまったことへの謝罪か。


 おそらくその両方であろう言葉を吐いたあと、村長はぐったりと座り込んだ。


 見ると、腕の太さに比べて、足が極端に細い。

 年齢のせいもあるだろうが、満足に歩行できる状態には見えなかった。


「見苦しいところを見せたな、お客さん。何もない、食糧もない島だが、ゆっくりしていってくれ。……もっとも、永住するしかないだろうけどね」

「船を出せないからか?」

「ミルに聞いたのかい? そうだよ。海の怒りを買った俺たちは、もう二度と、海に出ることは許されない。巻き込んでしまって悪いけど、諦めてくれ」


 誰よりも諦めていそうな村長の瞳が、ひどく痛々しい。


「海の怒りとは……?」

「うちは漁をして大陸に売りに行ってたんだが、取りすぎたんだろうさ」

「そんなに獲っていたとは思えないが……」


 鮮之助がむっとする。


 魚は有限であり、取りすぎれば種の存続や生態系に悪影響があることは間違いない。

 だが、仮に海の怒りというのが異世界にあったとして、たかが小さな島の漁獲量がそれほど問題になるとは思えなかった。


「でも、ミル君をあんなに怒ることないんじゃない……? 部外者の私が言うことじゃないかもだけどさ」

「……俺だって、できればミルには広い世界を知ってもらいたいと思っているさ。でも、どうせ出られないなら、憧れなんてないほうがいい。……孫まで失いたくないんだ」


 ミルによると、漁師だった父はクラーケンを倒そうとして、沈められたらしい。

 村長が及び腰になるのも頷ける。


「それとも、あんたらがクラーケンを倒してくれるのか?」


 続いた言葉に、シェルメールが押し黙る。


 つい先ほど、手も足も出ずに船を壊されたばかりだ。

 運よく漂着できなければ死んでいた。


 倒せる、なんて簡単には言えない。


「意地悪を言ってすまない。……空き家を一つあげるから、そこで暮らすといい。ここのすぐ隣の家だ。……その後のことは、また考えよう」


 村長は不自然なまでに朗らかに笑って、そう言った。


「……ああ、助かる。食糧は自分で調達していいな?」

「ああ。……山にロクな食材などないが」

「海は?」

「海の怒りで、なにも取れない。……クラーケンが住み着いてから、他の生物が寄り付かなくなったんだ」

「そうか」


 なるほど、海に近づく意味はないということか。

 クラーケンに襲われる危険もある。海の怒りとやらは置いておいたとしても、ミルを海から遠ざけるには充分な理由だ。


「だが、山に行くなら一つだけ忠告がある。……祠には、絶対に入ってはならない」

「承知した」


 真剣な顔で言う村長に、鮮之助は頷いた。

 そのまま、鮮之助は村長に背を向ける。


「少しの間だが、世話になる」

「村長さん、ありがとう!」


 二人は軽く礼を言って、村長の家から出た。


 二度と島から出られない。そう聞いた鮮之助だが……彼の表情に、あまり悲壮感はなかった。

 むしろ、わくわくしている。


「さて、山を探索するか! なにか美味いものがあるかもしれない」

「そんなことだろうと思ったよ……。まあ、どの道食糧は探さないといけないけどさ」

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