第5話 そんなわけで大団円

(……ベッドが広い……)


 あと、ふかふか。


 気づいた俺が最初に思ったことがそれ。

 つまりここは、公爵邸の騎士寮じゃなくて……。


 首を上げて、納得する。


 王城の、俺が王子やってた時の部屋だ。


(でもなんでここに?)


 狩猟祭で、壊れた結界を張り直したことまでは覚えてる。

 外の穏やかさから察するに、魔獣は食い止められたんだろう。

 

 つまり、なんやかんやあってあの場は収束し、意識不明な俺がここに運び込まれた、と。

 公爵家じゃないのは、結界を直した立役者だから王城で治療する、みたいな流れかな。


(ちゃんと有給扱いになってるんだろうな?)


 三か月の試用期間を過ぎて、やっと得た有給。

 吹けば飛ぶような微々たる日数だけど。


(あれ? 俺、何日寝てたんだ?)


 有給全部消えてたら泣く、そう思った時だった。


「お気がつかれましたか? この一週間、ずっと案じておりました」


 すごいな。雇用主自らお見舞いだよ。


 いや待って、一週間?

 有給、消えたどころかマイナスじゃん!!


 内心の焦りを隠しながら、ベッド横に来た公爵に着座を勧めて尋ねる。


「イングラル公爵……。ああ、ええと。どうなりました?」


「──私に敬語は不要です。アルヴィン殿下。殿下の王籍は、無事復権されました。エブリン妃、リロイ殿下は現在、取り調べ中です」



 本当に、どういうことになった???




 目を丸くする俺に、公爵は狩猟祭以降の出来事を搔い摘んで話してくれることになった。


「まず、宝剣の結界を破ったのは、エブリン妃でした」


「なんっ!!」


「そのまま聞いてください。中断されると長くなるので」


「…………はい」


 彼女は俺が王籍から落ちた機会に、公爵家に自分の息子、リロイとの婚約を打診した。


 リロイが再三求婚に訪れていたことは俺も見てる。

 でも、クラリス嬢もイングラル公爵もその求婚を跳ねのけた。


 "これまでアルヴィンが選ばれていたのは、彼が王位継承第一位だったから"。


 そう判断していたエブリン妃は、公爵家の拒否にプライドを傷つけられ、次に"味方にならぬのなら障害でしかない"と判断。


 クラリス嬢の、排除を決めた。


「な──!!」


「殿下」


「…………はい」


 狩猟祭で公爵家のテントに、魔獣寄せのアイテムを持ち込んだ。それが、俺が見た怪しいメイドだったらしい。


(っつ、俺! 目撃していながら!)


 事故を装い、クラリス嬢が魔獣に害されれば良し。

 そしてあるじを守り切れなかった責任で、護衛騎士、つまり俺まで処分出来ればさらに重畳。


 肝心の魔獣を呼び寄せるためには、国を覆う結界が邪魔である。

 解除しても、目的を達したすぐ後に張り直せば大丈夫。


 エブリン妃は、宝剣の結界を壊すため、狩猟祭で殺された獣の血を剣に掛けることにした。


 確かに、厳重に守られる宝剣に、ただびとはおいそれと近づけない。けれど王妃なら別だ。

 人目を盗んで、彼女は宝剣に血を掛ける。


 果たして宝剣は激怒。

 

 けれどここで、エブリン妃の思惑が少しずれた。


 設営地に入り込んだ魔獣により、国王が負傷。

 結界を張り直す役が、リロイに回ってきた。


 "後継者として見せ場になる"と、エブリン妃やリロイが喜んだのも束の間。


 宝剣は、リロイが自分に無礼を働いた犯人エブリン妃の血を引くと知っていた。


 さらにリロイの下心を見抜いたかのように、宝剣はがんとしてリロイにこたえなかった。


 そこに俺が訪れ、宝剣を説き伏せ、結界を戻した──。



「なるほど。それで?」


「今回、アルヴィン殿下が国を守った功績と、リロイ殿下の血筋に懸念ありと見なされた結果、王家の跡取りとしてアルヴィン殿下の復帰が叫ばれまして、第一王子として戻されました」


 …………。いいんか、そんなんで。


 だが、リロイが宝剣を使えないとなると、宝剣が使える次代の王族が必要だ。


 "養子"を考えるにしても、直系の俺が適任。


 俺を養子に迎える、というわけわからん手間よりも、一度削った名前をそのまま戻しちゃえ、ということで、家系図から焼き消された俺の名前が、再び書き加えられたらしい。

 婚約破棄騒動も、都合よく内容を換えたとか。


 俺の意識が飛んでる間、公爵は相当動いたようだ。

 "機会を得た方が、エブリン妃を叩こう"という話になってたけど、王籍復帰の件では大きな借りが出来てしまった。



「リロイは国王のたねだよな?」


「さあ? ですが、要らぬ嫌疑を自ら招いたのはエブリン妃です。この際、徹底的に調べられれば良いかと。リロイ殿下もいろいろなさっていたようですね。国財の私的利用など、エブリン妃と一緒に洗われています」


「この件に関して、陛下は何と?」


「怪我の原因を作ったのがエブリン妃でしたので、お怒りですし、リロイ殿下の出自もお疑いです」


「リロイの性格上、耐えがたい話だろうな」


「はい。リロイ殿下が荒れれば荒れるほど、周囲の目は冷ややかになっています」


「そっか。一人でも多く、くみする者が減れば良い」


 今後再起、出来ないように。


「そして陛下ですが、思いのほかお怪我が酷く、以前通り国政に復帰するのは難しいかと思われます」


 うっわ。


 まあ、"あの人"の方針は、"強いものが残れば良い"だ。

 自分の方針に自ら反するのは、本意じゃないだろう。


 弱ったなら、表舞台から降りるしかないな。うん。

 安心して欲しい。そのために控えてるのが"王子"だ。



「──いろいろ、明るみになれば良いな」


「御意」


 静かに、公爵が応じた。


 そう。


 母上のも、暴かれたらいい。

 きっと公爵は、それも含めて俺に力を貸してくれたんだから。


 二十年前。イングラル公爵の美しい恋人が、国王に召し上げられた。


 "弱いもの"として宮廷で虐げられるかつての恋人の姿に、どれだけ歯噛みしたことだろう。


 イングラル公爵の秘めた想い。


 互いに知らないことになっている、これが本当の、"公然の秘密"だ。

 護衛騎士の俺がアルヴィン王子の身代わりだという、デタラメ話じゃなくてな。


(ま、あれはあれで、エブリン妃の刺客を攪乱かくらん出来たらしいけど)


 俺は地味に傷ついたぞ……。



 王子の地位を失って無防備になった俺を、守りの固いイングラル邸に置いてくれたのは、俺が母上の忘れ形見だったという背景もある。特に騎士寮は精鋭が揃っていた。


 もちろん公爵は、その後出会った現・公爵夫人を愛してるし、誠意を尽くしてる。



 何にせよ、私利私欲で結界を壊したエブリン妃。

 スペアとして役に立たなくなった、横領罪のリロイ。

 どんなに良くても、辺境での蟄居。発覚する事柄次第では、もっと厳罰もあり得る。

 公爵令嬢殺害未遂だって、看過できない大罪だ。


 彼らにはもう、宮廷を仕切る力はないし、させはしない。



「ところで公爵。まだ気になってることがあるんだが、もしかして、クラリス嬢に婚約破棄の裏話、してない、とか?」


 計画では、彼女を無用に傷つけないよう、イングラル公爵からこの破棄は"工作の一環"と伝えるはずだったが。

 どうも接する態度から察するに、クラリス嬢は何も聞いてないのではないかという疑念が。


 俺の推測は当たっていた。

 公爵はしれっと、"何も明かしてない"と肯定した。


「アルヴィン殿下が""ように、我が娘も演技は無理と判断しましたので」

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」


 盛大に頭を抱える。


(じゃあ俺、クラリス嬢にとってはいきなり婚約破棄したイヤなやつじゃん!)



 公爵、お前、事態がうまくいかなかったら、俺をそのままはしたの騎士として縁切ろうとしただろっ。

 だから娘に未練を残させないよう、バラさなかったんじゃないのか?!



(くそおぅっ、こういうとこがあるよな! 大貴族なんて大嫌いだ!)


 心の父と慕ってる俺に対して、なんて仕打ち!!

 ああ、ああ、どうせ俺は、想い人を奪った憎い男の血も引いてますよ!!



「クラリス嬢に謝らないと! もう一度、婚約の申し入れを受けて貰えるだろうか」


「殿下から、直接娘にお話しください。扉の外で、待機しておりますので」


「ほんと早く言ってよね?! そういうことは!!」

 




 その後俺は、クラリス嬢に謝りに謝って、再度の婚約を結び直して貰ったのだった。


 だから。



「あっ、アル、じゃなかった。アルヴィン、どうしてこちらに?」


「今日は、豆スープの日だと聞いたから」



 即位後、俺の評判は、"孤高の冷酷王子"から、時折妻の実家を訪れる、"豆好きな庶民派王"に変わったようだ。



 そんなもんだ、噂なんて!

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今日から護衛と言われても。~元婚約者に、騎士として仕えることになりました。 みこと。 @miraca

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