エピローグ
「な、何で……」
「……ユウキから聞いただろ、俺は勇者用に作られたホムンクルスだって」
「…………」
そう、俺はクレアが本物の勇者に覚醒させない為に作られた
魔王が復活するまで、ロイが勇者を覚醒させない為に作られた封印装置で、逆に言えば魔王が復活すれば存在価値がなくなるただのゴミ。
ロイが目的を果たす為に必要な事は二つだった。
魔王が復活するまでの時間稼ぎする事。
そして魔王が復活した時に、邪魔者がいない環境を作る事。
勇者を殺すと次の勇者が現れる。
ただ今生きている人間に突然移るわけじゃない。力は勇者が死んだ後に生まれた子供に引き継がれる様になっている。
幼い頃のクレアを殺さなかったのはこの為。
出来るだけ殺すタイミングを後にして、魔王が大暴れするタイミングと新しい勇者が生まれるタイミングを合わせる必要があったんだ。
だから魔王が復活する直前でロイはクレアを殺しにかかった。俺の中にある光の魔力の量も考えて、このタイミングしか無いだろうと思ったんだろう。
まあゲームだと殺す事ができず、追放させてさらに追い詰めようとした挙句に失敗に終わったが。
とにかくロイがクレアを殺した後、魔王が人類を滅ぼすなり、大半を殺してから支配下に置くなりすれば、ロイの目的は達成する。
一年もあれば核みたいな魔術をバンバン使って滅ぼす事ぐらい造作もないだろうし。
今代の
それが俺のホムンクルスとしての寿命であり、前世の記憶を思い出した時に知らされた情報だ。
この事を前世の事抜きでクレアに簡潔に話した。
「ロイにとっての俺はただの道具。余分な寿命なんてアイツから見れば邪魔なだけだっただろうしな」
一応、寿命がどれくらいかってのも分かっている。勇者も始末して魔王が人類を完全に支配するまでの時間に、ロイの計画がずれた時の為のプラス二年。
合計で二十年が俺の寿命だ。
……今の俺が十八歳なのにこうなったのは、この体に負荷をかけ過ぎたからだが。
流石のロイも四大魔剣の守護者や魔王と戦ったり、
ペンダントの復活魔術も寿命はどうしようもない。あれは回復というより、使用者の時を元に戻すだけだからな。
この事もクレアには当然話していない。
目の前で泣いてる女の子に追い討ちなんてかけたく無いしな。
後メリーナにも悪い事をしてしまった。きっとアイツも泣くんだろうな……。
「私のせいよ……」
「……」
顔に影が刺しているクレアはそんな事を言い始めた。
「私がもっと早く気付いていれば、アンタがこんな事にならずに済んでたのに……もっといい人生を送れたはずよ……!」
さっきまで荒野だったここも今では夕陽がさして美しい光景になっている。
こんな風景で泣いてたら勿体無い。死ぬ間際なのかいつもなら思わないような事を思って、俺はクレアの頬に手をつける。
「それは違う」
正直今は眠たくてしょうがない。
痛みを感じないのが唯一の救いだが、疲れで寝込みそうになるのはマイナスポイントだ。彼女に伝えたい事が伝えられない。
「俺は小さい頃からひとりぼっちだった。村の奴らに蔑まれて、何で俺は生まれてきたんだろうって思ってた」
「────」
「でも、そんな時にクレアが手を伸ばしてくれてさ……」
あの時から酷い目に遭ってばかりだが、その時の事は鮮明に覚えている。黒と白しかなかった僕の景色に沢山の色がついた光で鮮やかなものに変わったのはその時だ。
「それがロイの計画だとか、じゃないとか関係無い」
前世を思い出した時にそれが仕組まれた事だと分かった時は少し絶望もした。
けれど今は違う。ハッキリ言える。
「俺はクレアと出会えて本当に良かった。俺にとってクレアは最高の勇者だよ」
力が入りづらくなった顔の筋肉を使って、精一杯の笑顔で俺はそう言った。
「……アンタには、ほんと最後まで勝てないわね……」
そう言ってクレアから悲しみの表情が消える。やっぱり僕はそっちの方がいい。クレアの悲しい顔なんて見たくない。
「私もアンタに会えて良かった。アンタと家族で一緒に過ごした日々は幸せだったわ」
「……ははっ、そりゃあ嬉しいや」
「王都に来てからも、アンタと別れてからも辛い事はいっぱいあったけど……アンタがいたから、アンタのことを想えたからここまでやってこれた」
分かっていたつもりだけど正面からそう言われるとなんか恥ずかしいな……。いやここまで来たなら正直に言おう。やっぱり嬉しい。
「最後にこんな美人に看取られるなんて、俺は幸せ者だな」
そう言ってからクレアと俺はただ無言に見つめ合って何も言わない。それだけでも十分だった。
今のこの時間はとても幸せだ。こんな時間が永遠に続ければいいのにな……と思うくらいには。
でももう限界。
灰になって消えていた部分は足からもう胸の辺りまで届いて来ている。腕も感覚が無い。
だから最後に、アレを伝えないと。
「クレア」
「……何?」
彼女の目からまた涙が出始めていた。でも今度は悲しみの表情じゃなくて笑顔のままだ。
なら僕も精一杯の笑顔で……
「俺、クレアの事が好きだ」
伝えたい事を言った。
体が首あたりまで消えている。
でもクレアは泣き叫ぶ事はせず、
「私もよ。カイト」
そう言ってお互いに目を閉じながら唇を重ねた。
⭐︎⭐︎⭐︎
「ここに来るのも久々ね」
クレアはポツリとそう言った。
魔王が倒されてから一年。
緑が多いとある森に訪問者がいた。
入り口には王都で使われている豪華な馬車が佇んでいる。彼女達はさっきまであの馬車に乗っていたのだ。
「俺も久々だなぁ」
そしてクレアの隣にもう一人。カイトと一緒に冒険をしていたユウキだ。
彼もあれから少しは成長していてだんだんクレアの背に近付いている。
「外は色々変化してるけど、ここは何も変わってないわね……」
「勇者クレア様によって、世界はだんだん平和に近づいてるからなぁ。やっぱアネキはすごいぜ」
クレア達はあれから世界各地で救助活動と魔物退治をしている。
カイト達の功績によって魔王達は倒されたが、世界各地で迫っている危機が去ったわけじゃない。
ユウキを攫った組織の残党や、縄張りを飛び出して暴れるドラゴンと言ったら凶暴な魔物達。
即座に排除しないと人類が消滅ような奴は流石にいないが、危険が迫っている人は世界各地に存在するのだ。
クレアはそういう人達を守る為に、仲間とユウキも連れて世界を駆け回っていた。
「って、姉貴って言うな。私そんなイカついように見えるの……?」
「? アネキはアネキだぜ? それにイカついじゃなくてアニキみたいに頼れる感があるからそう呼んでるんだぜ!」
「……はぁー。そう言われると拒否れないわね」
そんな彼女達もようやくひと段落してここへ来ている。
服装もいつもの様な武装した服ではなく、プライベートで着る服だ。
「アネキ、メイドさんは? あの人が来ないの珍しいけど」
ユウキが思い出したメイドさん。彼女はカイトに救われた人だ。カイトが死んだ事を伝えると彼女は泣いた。でもいつも明るい彼女は立ち直り、今までと同じ様に明るく働いている。
でも他の人から聞くと少し成長した様に感じるらしい。彼女もカイトと出会って変わった部分があるのだろう。
……まあドジな部分は変わってないねと言われていたけど。
「あぁ……メイドさん、今日予定が取れなかったって」
「……そうか」
ちなみにメイドさんも来ようと思っていたが時間が合わず今回は来れなかった。ドジな彼女らしい結末である。まあクレアが来る前に何回も墓参りはしているのだが。
「しっかし、本当に前来た時と変わってないわねここ。道もしっかりしてあるし、流石メリーナって感じね」
この場所は元クレアの家で今はメリーナが住んでいる所の近くだ。そしてクレア達は知らないが倒れたカイトが発見された場所でもある。
メリーナもカイトが死んだ事を伝えられた時からもの凄く泣いた。いつもの静かな彼女からは想像も出来ないほど泣いた。
そんな彼女も今では前を向き「カイト様の大切な思い出を、私は蘇らせて、これから大切に守ります」と活動している。
「メリーナさんホントすげえなぁ。アニキとアネキの村も再建してるし、ここの管理もほとんど一人でやってるって聞いたし」
「え、この森かなり広いわよ……」
彼女はカイトに救われてからずっと一人で、村の再建、回復道具と光の一族に関する研究をしていた。
これだけでも十分すごい事なのだがユウキの発言が事実なら森の管理も一人でやっている事になる。
彼女一人でどれだけの仕事量をこなしているのだろうか。
(今度、人を派遣させるか相談するべきかしら……)
驚くべき新情報に悩むクレアだった。
とは言えそれを考えるのは後でいい。彼女達は今後の事の対策をしにこの森に来たわけでは無いのだから。
「あ、見えたぜアネキ」
歩き始めて五分弱。一つの墓が見えてきた。
その墓は魔王が倒されたが直後に建てられて、大体一年弱の月日が過ぎている。
というのに掃除が行き渡っていてお墓の周りはとても綺麗なままだ。
「……これも、何も変わってないわね」
「そりゃあアニキの墓だからな。メリーナさんが手を抜くわけない」
それはそうだ。何せこの墓はカイトの墓だからだ。
メリーナが命の恩人の墓を杜撰に扱うなんて、明日に隕石の雨が降らない限り起こる事はないだろう。
着いたら掃除でもしようと思っていたクレア達だが、こんな職人技を見せられたら手をつけるのも引いてしまう。
「来るのが遅くなってごめんね、カイト」
だからクレアはしゃがみ、そっとお墓を触って一年の間で起こった事を話し始めた。
「魔王が消えてからだけど──
本当だったら貴族に閉じ込められて死ぬ女の子がいた。
本当だったら暗殺組織に使い潰されて死ぬ男の子がいた。
本当だったら雪山で強大な魔物に襲われて帰らぬ人になる女性がいた。
本当だったら準災害級に襲われて地図から消える村があった。
本当だったら一人の弟子を庇う為に命を落とす老兵士がいた。
本当だったら……
本当だったら……
本当だったら……
ゲームでは悲惨な末路を辿ったキャラクター達。
しかしカイトと言う男によって殆どの人が本来辿るはずだった悲しい運命を迎えずに救われている。
それはゲームで演出された人だけではなく画面外で生きている『人間達』もそう。
彼は自分が出来る限りの範囲で多くの人を助け今はクレア達がそれを引き継いでいる。
──ホント、アンタは抜け目ないわよね。あのメモに書かれた事も大体はやり遂げたわ。これで前世ってやつで見た悲劇はだいぶ減ったわよ」
カイトは死んだ後のことも考えて、一つの遺物を残していた。
それはゲームに関する情報が載ったメモだ。
悲しみの
もちろんクレアの様なバッドエンドで終わる人達の情報も。
「本物の勇者の称号を手に入れたアネキは凄かったぜー。何せその権限を使ってヴァルハラ王国の兵士達を贅沢に使ってたからな。あの時のアネキの顔はそりゃあやばくて──」
「仕方ないでしょ! あの量じゃそうでもしないと間に合わなくなるもの!」
ニコニコしながら言うユウキにクレアが突っ込む。
戦勇者から本当の勇者になった彼女には「光の勇者」というより称号を与えられた。
昔から受け継がれる伝説の勇者だからか、行使権の範囲が戦勇者よりグッと広がって色々できる様になったのだ。
とにかくそれをクレアは使いまくって使いまくって使いまくった。
側から見れば権利の独占ではないかと言われたが、魔王を倒した実績と実際にその権利で人を救った所を見せる事によって声を封殺。
「王様にも突っ込んでたな」
「………………そうね」
また行使権の範囲が足りないと理解したら王様にも交渉していた。その時もなんやかんやあったが同じように人を救って見せて結果オーライ。
ちなみにユウキがアネキと呼び始めたのもこの頃だ。
「後アンタ、魔王のフリしときながら結構人助けしてるじゃない。やっぱりカイトはいつでもカイトだったわね」
ただクレアのこの活動を成功させた理由は他にもある。
ユウキの様に魔剣集めの旅の途中で人を助けていたのだ。ストーリーで悲しい結末になっていたから、ストーリーに関係なくても道端で酷い目にあっていた所を見たから。
魔王のフリをしている事を考えても彼は救いの手を差し伸べていた。
そうした人達が魔王を倒した後、ゾロゾロとクレアの支援を始めたのだ。
──私はあの人に助けられたから、あの人が言っていた本当の勇者を支援して彼に恩返しをしたいと。
そう言った人達のお陰で、ヴァルハラ王国の権力が届きにくい大陸ではスムーズな救助活動もできた。
「……まあそうやってるうちに一年経っちゃったけどね」
メモに書かれていた、バッドエンドに向かう人達の数は多かった。なんの情報もなしにやったら何年掛かるか分からない程にだ。
でもカイトが残したメモのお陰で一年で済んで、大半の人は助かっている。
そう、まだ大半だ。
「今救える人は全部救ってきたけど、まだ私達の戦いは終わらない」
メモには続編や外伝の情報も載っている。そしてその範囲に載っている助けるべき人間の中には、時間を待たなければどうしても救助出来ない人もいるのだ。
「魔王以外にも敵として出てくる奴もいるし、カイトがいれば千人力なんだけどね」
そして新たなる敵の情報も載っていた。
メタ的な話になるが続編が出た時に新しい敵勢力が出てくるのはよくあるパターンだ。
その敵の中には魔王並みに強い奴もいる。また壁にぶつかるかもしれないし、苦戦もするかもしれない。
「けど大丈夫。アンタが、カイトが残してくれたものがある」
「アネキに俺とその仲間達、後アニキとの旅で助けた人達がな!」
だけど三年前……カイトが前世を思い出した時と今では状況が違う。
彼の残したものが、そして彼が信じて託したクレアがいる。
「だからアンタはあの世で見ていなさいよ」
──カイトが言ってた人助けをする最高の勇者に私は絶対なるから。
ただ無音。
クレアが言葉を発してから少しの間。クレアもユウキも森も、何も音を発さなかった。
一人墓に手を当てて静かに目を閉じ、そして目を開けた。
「……ユウキ、帰るわよ。カイトには宣言済んだし」
「……おう!」
クレアが清々しくなった顔でそう伝えるとユウキもつられて笑顔になる。
もうやる事は済んだここに用はない。
そう思った二人は墓に背を向けて歩いていく。
(さて早く戻らなきゃ。私の戦いの場所はここじゃないから)
そうしてクレア達は馬車の方へ戻り──
「お前ならできるさ。なんだって俺の
風が吹いた。
「──!」
誰かの/一番知っている人の
声が聞こえた気がする。
振り返っても誰もいない。
見えるのは日光に照らされている綺麗なお墓だけ。
──だけど
「……………………えぇ、見ててね」
──背中を押された感覚は確かに残っていた。
「アネキ? どうしたんですかー、早く帰りますよー?」
「分かったわ。すぐに行く! てか姉貴呼びするなー!!!」
こうして
おしまい。
踏み台キャラの偽勇者である俺はひたすらに足掻く ギル・A・ヤマト @okookorannble
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