決戦。そして──
「クレア、作戦は」
「ユウキから聞いてるわ。後は貴方に任せる」
「話し合いは終わりだぁ!」
短い会話に割り込んでくる魔王が真っ直ぐこちらへ突っ込んで来た。
『盾』は修正されているが完治はしていない。完全体の盾でも攻撃が通る光の剣はもちろん、カイトでも攻撃が通りやすい状態だ。
速さは驚異。しかしそれだけだ。
「そんな攻撃当たらないわよっ!」
焦る事なく避けたクレアはすれ違い様に斬るがその攻撃は受け止められる。
剣は相手の体まで届かず『盾』の所で剣は止まっていた。
(光の魔力があるのになんで……!?)
クレアの目が見開く。光の魔力は魔王の『盾』と相性がいいから、少しはダメージは軽減されるが突破できるとユウキから説明されていたからだ。
しかし実際は違った。『盾』すら突破できていない。
「こっちも忘れるな!」
予想外な出来事が起きても動揺する事なく、攻撃の手を止めないカイトが魔王の背後から四大魔剣を合体させた大剣で斬りにかかる。
だが魔王は片腕で受け止めた。
「痛いな……だがこうすればその剣も届かんだろう」
掴むのは流石に無理だと思ったのか、片腕全体をクッションとして使い胴体まで剣が届かないようにしている。
剣は腕を貫通した所で止まっている。
強烈な一撃を防がれてもカイトは焦りはしない。その代わりに彼の心の中で埋め尽くされていたのは違和感だ。
明らかにさっきまで戦っていた魔王とは違う。
さっきまでなら痛みなんて許容できない、傲慢な魔王だったはずなのに今では戦いに勝つ為にはプライドを捨てて合理的な行動に移せている。
明らかに変化している。いや……これは。
嫌な予感がしたカイトは確かめるべく魔王に話しかけた。
「さっきは傷が付くのをえらく嫌ってたくせに、どういう心境だ?」
わざわざ相手の質問に答える義務なんてあるはずないが、今まで戦ってきたカイトはコイツなら答えるだろうと言う確信があった。
そしてその予想は的中し、高圧的でも蔑むようでもなく、魔王というより戦士のような笑みを浮かべて口を開く。
「なんだ、お前と戦って俺も学んだわけだ。『盾』の使い方も、何かを成し遂げるには少しは犠牲が必要だということもな」
「……チッ」
情報はくれたがこちらが不利な事に変わりがない事実に分かりやすく舌打ちする。
(ただでさえ強い奴が厄介になってきてるわね)
代わりにクレアは今の説明で攻撃を受け止められた原理がわかった。どうやら『盾』の範囲を一部に集中させる事で本来以上の硬さを発揮させたらしい。
さっきの魔王の発言にいきなり出てきた新技術。
火を見るより明らかだ。魔王は成長している。
それがどんな事を意味するのか、カイトとクレアの二人は事細かく理解していた。
((想定以上に早く仕留めきれなければ負ける……確実に!))
魔王は強力なボスとして君臨していたが強者らしい弱点を持っている。
油断。
戦う者が全てを超える力を持てばそれは余裕となり、圧倒的な力の差によって本気を出す必要がなければ手を抜き始める。ここで精進しようという気概がなければ余裕は油断へ堕落するのが常だ。
常なのだが……流れを変える存在が現れた。
正確には立ちはだかったと言うべきか。
堕落していた魔王の前に立ちはだかったのは
今まで会うことの無かった本気を出さなければならない環境を彼が持ってきてしまった。
彼が魔王の油断を切り刻んで成長に繋げてしまったのだ。
「……そのまま成長しない方がこっちとしては嬉しいいんだけどね」
クレアはそう言ってすぐ下がり、同じタイミングで魔剣の剣先から魔力を解き放つが魔王は姿を消して不発に終わる。
「見えてるわよっ!」
斬撃をカイトの真上に向かって放つ。円弧を描いて放たれた光の斬撃は突如現れた魔王に直撃したが、これもダメージはない。
範囲を集中させた『盾』によって光の力すら受け止めた魔王は上空へ飛んでいくが、勿論そんな事で諦める二人ではなく──
「逃すか!」
「母なる光よ、一人の子羊に
カイトは魔剣を。
クレアは背中に白い羽を生やして追跡し、攻撃を続ける。
クレアは光の出力を調整しながら『盾』を少しづつ削っていき、カイトは『盾』に出来ている穴を狙って本体を直接斬りに行く。
共闘するのに約二年のブランクがあるというのにそれを全く感じさせない。
片方が攻撃して作った死角から、もう片方がタイミングよく攻撃を仕掛ける。
ただ攻撃するだけではなく『盾』を展開できる範囲も考えて、掛け声もせずに寸分間違える事なくそれを実行しているのだ。
決別するまでの長い間一緒に過ごし一緒に戦った時間が、まるで心の声でも聞こえているかのような絶妙なコンビネーションを発揮していた。
斬る。
斬る。
斬る斬る斬る斬る斬る……。
反撃できずにただ斬られていく魔王。
しかし徐々に削れていく『盾』を目にしながら魔王は冷静だ。怒りに任せて行動する事なく、むしろタイミングを見計らっているようにも思える。
「──ここか」
斬り始めてから数秒、魔王が笑みを浮かべた瞬間に魔力の爆発が起きた。
前回は感情でたまたまやった事を今度は意図的にやってのけてきた。
技術の成長速度が恐ろしいがカイトはその技をもう知っている。僅かな魔力変化を感知して波がこちらに到達する前に魔剣を盾代わりに展開。
「ほうっ、これを容易く防ぐかっ! その上──」
予想とは僅かに違う展開に魔王は興奮する。
僅かに違う点。それはカイトの魔剣召喚の事か。
「はぁ!」
違う。クレアが全く動じずに攻めている事だ。
自分の知らない攻撃が親友の盾によって防がれた光景を見て彼女は動きを止めなかった。
むしろ分かっていたかのように攻撃を続ける。
光の魔力を警戒していた魔王は彼女の攻撃を中断させる為に今の技を放ったが、その作戦は全く通用しない。
お陰で大量の光の魔力が乗った剣が目の前まで迫っていた。
(……ふむ、直撃したら即死だな)
死神の鎌が目前に迫っていながらも魔王はこの状況のを冷静に考えていた。
今いる位置では確実に真っ二つ。
回避しようとしても当たるのは確定。全力で避けても大ダメージを受ける。
その後に少しでも動きを止めていたらすぐに真っ二つだ。
(ならばこうか)
刹那に長考した末に選択した行動は回避。
だが魔王の予想通り攻撃を完全に避ける事は出来なかった。
剣先が己の肩から腹まで綺麗に斜めに切られる。
その痛みは光の力も合わさってカイトから受けたどの攻撃よりも大きい。
魔王になってからこれ程の痛みを感じたのは初めてだ。まあ死なない為に己の手でさらに更新するのだが。
光の剣が己の体に入る直前、魔王は一つの無詠唱魔術を発動させていた。今は『盾』もない上に時間がなさすぎる為、防御する事もできないが仕方ない。
魔術が発動し、正体を知ったクレアとカイトの表情が変わる。
「少しは痛いのを食らっていくがいい」
「……アンタまさかっ!?」
ニヤリとしながら魔王がそう言うとあたり一面が光で包まれ──
爆発した。
使った魔術はそう、復活して最初に使った爆発魔術と同じだ。
「その手で来るなんてな……本格的にしぶとくなりやがった」
「ごめんカイト……」
爆発が消えて姿が明らかになる二人。
さっきの至近距離からの実質的な即死攻撃を受けたクレアは運が良くて瀕死、悪くて木っ端微塵になるはずだったが、その姿は健在だった。
だが無傷とはいかない。
魔剣でダメージは大きく減らす事はできたがゼロにする事はできなかったのだ。大幅に減らせたとしても元のダメージが即死。
よって死を免れたクレアだが所々大量の血が出てるその姿は痛々しい。
そしてカイトも大きなダメージになっていた。彼もまた残りの魔剣で攻撃を受け止めたが完全にダメージを消す事はできなかった。
片腕に片目も血だらけ。距離は遠いはずなのにクレア以上に傷が酷いのは、恐らくクレアを守る事を優先したからだろう。
(ふざけるなっ! ……カイトはこんな怪我をいくらでも乗り越えて来たんだ……!)
親友にまた守られたことに対する不甲斐なさがクレアの意思をさらに強くする。今まで昔からの親友に守られていた事を知った彼女はこの程度の痛みで止められてたまるものかと心が燃え上がる。
「クレア……行けるか」
クレア以上に痛いはずの彼の目は死んでいない。なら私が諦めるわけには行かないと歯を食いしばった。
「……ええ、勿論!」
クレアは彼に心配させまいと精一杯やる気のある声でそう言い、気力のある声を聞けたカイトはニヤリと笑った。
分かりきっていたが二人とも戦意は十二分に有る。
ならばと二人は隠れた魔王を探す為に辺りを見渡し始めた。
「至近距離で……爆発魔術を発動させたのは、アイツにとっても苦肉の策のはずだ」
「むしろ今が攻め時のチャンス……けど相手だってそれぐらいは分かってるわよね」
しかし見えない。
爆発とともに生まれた爆煙が彼女達を包んで見える景色全てを真っ黒に染めている。
「これだと目で見つけるのは困難ね……」
「魔力探知も使えないしな」
用心深い事に魔力眼も同時に封じに来たらしい。
目視では黒煙で何も見えずに、魔力で感知しようと思えば目眩がしそうになるほどの魔力濃度。
黒煙と同じ様に見渡すもの全てが魔王の魔力。
普通にこんな事をしたら魔力枯渇で気絶通り越して死に至る。
災害級の魔王だからやれる芸当だ。
とはいえやっている事も災害級。何のリスクも無しにやれる事じゃないのも事実だ。
それだけ時間を稼ぎたいのだろうが……
「クレア、あいつは?」
「上」
質問にこれまで無いほど単純に返して来た言葉を聞いて納得するように頷いたカイト。
「僕と同じ予想だな」
両手にそれぞれ一つの魔剣を携えて、緑色の方に魔力を通す。
黒い煙が邪魔しているならやる事は単純。
風で全て吹き飛ばせばいい。魔剣の魔力伝導率を考えれば魔力を空へいっぱいに撒き散らすよりコストが安く済む。
『風よ……』
風の魔剣から放たれる魔力に言霊を乗せる。少しだけ威力が強化されたカマイタチが魔剣を覆うように暴れ始め……
『荒れ狂え!──』
主人の言葉によって上方へ解き放たれる。
風のミサイルとなって直進した透明な緑の魔力は、通り過ぎた場所だけにとどまらず前方の黒煙を吹き飛ばす。
真っ黒な世界が一瞬で青空に変わる景色は神秘的にさえ感じるが、風が向かった先をよく見れば小さな黒い点が一つ……魔王がいた。
そして魔王と風の魔法の間に一つ。
不死鳥の如く真っ赤に燃える……恐らく奴が放っただろう炎の魔術が愚かなる反逆者達を仕留めようと急降下していた。
いきなり話は変わるが魔術と魔力の属性に相性は存在する。
炎は水に弱いのが当たり前のように水の魔術に炎の魔術を当てても、炎が消滅するのは誰でも分かるだろう。
今回のケースだと炎に風を当てる事になり当然炎が有利となる。
……厳密に言えば相性が有るだけでそれで全てが決まるわけでは無い。
極端な話、さっきの炎と水だって水の十倍以上の炎を当てれば流石に炎が勝つ。
別に量だけではなく条件次第によっては相性に打ち勝つことだってできるのだ。
しかし今回は単純な風と炎のぶつかり合い。量もほぼ同じ。
よって導かれる結末はぶつかり合って風が消えるのではなく、炎が風を吸収してさらに強くなるという最悪なもの。
魔王の予測通りに炎は風を食い尽くして一回り大きくなる。
大きさは約人の数倍。
それは当たれば大ダメージとなるだろう。
カイトがこの事態を想定していなかったらだが……
『──そして』
言霊を紡ぐ。
風を生み出したカイトは元々口を止めていなかった。
あらかじめ分かっていたかのように、事実魔王の成長速度や厄介さを考慮した上でそうしてくるだろうと確信した上で……魔剣に魔力を伝え続けていた。
『水よ──』
最初に光ったのが緑の魔剣なら今度は水色の魔剣。すなわち水属性の魔剣。
青の魔剣は水を激流のごとく迸らせ──
『炎を喰らい尽くせっ!』
目前に迫る不死鳥を破ろうと水龍を打ち上げた!
天から堕ちていく不死鳥と地から天へと向かう水龍。
両者が激突する。
火炎放射器のように燃え広がる炎に対してミサイルのように細い水。
見た目の量は全然違うが
よって魔術のぶつかり合いの勝者は水になる。
不死鳥は水龍に飲み込まれて復活する事なく消えてゆく定めだろう……
「!?」
カイトは目を見張った。
水龍と不死鳥が均衡……いや水龍が呑まれかけている事に。
「チッ……やっぱり!」
目に魔力を通し原因を探れば理由は明白だった。赤い炎に混じって僅かに黒い炎が見える。
そいつの正体は魔王のみが持つ闇の魔力。
別に量だけではなく条件次第によっては相性に打ち勝つことだってできる。
その条件の一つがこれだ。
闇の魔力は光以外の属性の攻撃が通りにくい。
簡単に言えば同じ量の闇と炎の魔術が当たれば闇が勝つという事だ。
今回は炎の魔術と水の魔術の背比べでは水が勝ったが、炎に加担した闇の魔力はその勝敗結果を逆転させる程の量だったという事だ。
闇が炎に勝った結果に魔王は笑う。
(今のお前では避けることすら難しいだろう)
見るからに痛々しい姿からは炎を避ける能力は見れない。
そう思って余裕をかましていた魔王だが──
闇の炎が突然消える。
消えていく闇の中から光が見えた。
「──はぁぁぁぁぁああああ!!!」
「なにっ……!?」
不死鳥を殺しさらに魔王を殺そうと迫ってくる光の影が一つ。
勇者クレアだ。
闇が四つの属性に有利なように光も闇に有利を取れる。
相性を考えば確かにこの方法はいいだろう。
だが魔術に打ち勝つ事はできても痛みまで無くすことはできない筈だ。そもそも勇者クレアは先程の爆発で大きなダメージを受けている。
現にこちらへ斬りかかろうとする彼女は血と闇の炎でいっぱいだ。初めて現れた神聖さなんで見る影がないほど真っ赤で、今も闇の魔力が彼女を食い尽くしているその姿は痛々しかった。
「貴様、狂っているのか! その体で俺の闇の魔力を受けるなど……!」
『盾』の修復は出来ていない。範囲を集中させても今の状態では光の魔力が貫通して来る。
だが他に取れる方法があるわけでもなく全力の彼女の剣を盾と腕で受け止めた。
「ええそうね。正気ならこんな事はしない!」
だが剣を止めれるはずがなかった。
盾を貫通し腕を切り始めた彼女の剣……腕には怒りがあった。
「でもアイツは! 私を守る為に、全てを捨てて来たのよ!!」
魔王も限界まで腕に魔力を流すがそれも持たない。
剣が腕を綺麗に斬り、魔王の体へと迫る。
「なら私がこの程度で止まるわけには行かないじゃない!!!」
パチン。
彼女の心の底から発した叫びと『盾』が割れたタイミングは一緒だった。
これで魔王の切り札の内一つは使えない。そして後は……
「ふざけるなぁ!」
だが魔王も粘る。片腕を斬られてもなお彼は抵抗する。いやむしろ余裕がなくなったのか、守りから攻めへと変える。
「ぐっ!?」
光の剣が心臓に届く可能性がある事を承知した上で、斬られながら勇者へ反撃した。痛みもある。死ぬ可能性もある。
だがここでやっと魔王は全てを超える超越者ではなく、ただの戦士となったのだ。
光が溢れる。
それはついさっき見たばかりの物。
(こいつ、その状態で爆発を!?)
「これでもくらえぇ!」
同じことの繰り返し。
だが今の魔王がそれをやれば命の保証はないから、直ぐにはやらない筈だとクレアは思っていた。
実際に運試し。まさか傲慢な魔王がそのような行動に移すとは。
(っ、防御が──)
至近距離での爆発をクレアは受けてしまった。
(クレアっ!?)
体は焼死体のように焼けて、動かなくなった彼女は頭から地面へと落ちていく。
そして魔王は。
「っアアァァァァ!」
最悪な事に運に勝っていた。
ボロボロの体でも煙を吹き飛ばした咆哮を出すその姿は力が溢れている。
まずは一人。勇者を半殺しにした。
意識を失えさせれば回復魔術を使われることはないし、たとえ使う事ができてもあの状態から元に戻るまで三十秒以上はかかる。
できれば奴の息の根を止めたい。
だがこれ以上勇者に構っていられない。
まだアイツが……勇者より厄介な奴が生きている。あいつに少しでも時間を与えて、回復でもされたら面倒な事になる。
アイツは必ず殺す。
怒りを込み上げながら魔王はそいつに目を向けた。
「カイトォ、先に貴様だぁ!」
瞬間闇の魔力が渦巻く。
魔王の背後に巨大な魔法陣が三つ、四つ展開され、回転し始める。
それらは一つに重なり、目標相手に角度を変えてその紋章を見せつける。
間違いないとカイトは思った。あれはゲームの最後の最後に魔王が放つ奥の手。
(『剣』だ……!)
魔王を災害級足らしめる、最高火力の破壊光線。
その性質はシンプル。
一つの生き物が出してはいけないほど大きく太いビームを放つだけ。
恐ろしいのは最大限まで高めれば星ごと破壊できるという事だ───!
「貴様にこの技など使う気は無かったが……最早出し惜しみなどせん!」
大地が、空が、恐怖で震える。
魔王の丁度真下にいるカイトは、魔法陣の大きさにこれからくる攻撃の壮大さを察する。
紫色のそれが空を覆い尽くしている。街なんてレベルではない。島レベルの大きさじゃないか。
理不尽。まさに自然災害そのもの。
こんなのに勝てる奴なんているわけが無い。そう思ってしまう。それこそ相性、いや
カイトの背後には地面。
避ければ人類は大変な事になり、避けなくても俺はそれに耐えきれず死ぬだろう。
絶望しかない。だと言うのに……。
「! ……貴様なぜ傷がっ!?」
「気づくのが遅すぎだ、魔王!」
カイトは笑っていた。
そのタイミングを待っていたかのように。
(クレア……ごめん、時間を稼いでもらって……!)
奴が『剣』を使う時、僅かな隙が生まれる。
魔剣を技を発射させる体勢にするのに必要な時間分が。
(でも、これで──!)
四つの魔剣を全て使ってようやく発動できる、いわゆる必殺技を放つのに必要な時間が。
最初からカイトはこうするつもりだった。
勿論全て上手くいっていたわけじゃない。
『カイト様……これを、私の最高傑作の回復道具です』
『……いいのか、大切な物だろこれ?』
『大丈夫です。それに私は貴方に救われた。これぐらいの事はさせて下さい』
空になった魔法瓶を空に投げる。
(ありがとう、お陰で俺は大切な物を守れる……!)
メリーナから貰った回復薬のお陰でこの技を完全な状態で放つ事ができた。そしてクレアが魔王の気を逸らした上に時間を作ってくれたお陰で回復薬を飲む事ができた。
魔王も二人で戦って何とか疲弊させた。
そもそも両親があの宝物をプレゼントしなければこの場所にすら立っていない。
多くの人に助けられて。
多くの人に繋いでもらって……やっと準備が完了した。
最善の状態で最強の一撃を、奴にお見舞いできる。
「……集え、魔剣!」
四つの魔剣が再びカイトへ集う。
今も魔法のチャージをしている魔王に剣先を向けながら、魔剣達は円になって回転し始める。
「ちいっ! そんなもの魔剣ごと消し飛ばしてやるわぁ!」
紫の極限が打ち放たれた。
紫の太陽が落ちてきたような錯覚。
世界が禍々しい色に染まるその様はまるで終焉のよう。
だが──
「オーバーロード──」
だが
「──フルバースト!!!」
「消えろォォォォォォ!!!」
「負けるかァァァァァァ!!!」
どちらも星を壊す程の破壊力。
発射のタイミングもほぼ同時。
空でぶつかった白と紫の光が大気を揺るがし、全てを狂わせる。
一秒。腕がミシッと嫌な音を立て始めた。だがまだ腕は使える。行ける。
二秒。身体中で焼き付くような痛みを感じ始める。だけど王都での悲劇を思えばへっちゃらだ。まだ行ける。
三秒。片腕にヒビが入り始め感覚が無くなり始める。それどころか魔剣にもヒビが──
(マズイ……!)
押され始めた。
紫の光がカイトを地面へと押し始める。
(どうするどうするどうする……!!)
スローモーションになった世界でカイトは必死に考える。
今は押されているが逆転する手段はある。だがそれを使うとカイトは戦えなくなってしまう。
それじゃあ魔王を倒せない。一体どうすれば。
そう思った時、遥か彼方から光が見えた。
(…………ははっ)
無意識に口角を上げたカイトは覚悟を決めた。
今体に残っている魔力を全て魔剣に投入する。
「オーバーロード──」
あと先のことなんて考えない。
技を放った直後に体が動かなくなってもいい、この一瞬に全てをかける。
(一瞬、僅か一瞬だけ稼働率を200%まで引き上げる!)
俺は何の為にここまでやってきた。
何の為にいろんなものを犠牲にしてやってきた。
あいつが幸せな未来を過ごす為に今までやってきたんだ!
「──フルバーストデュオ!」
その言葉を放った瞬間。
ガラスの音を奏でながら魔剣は壊れた。
そして古来から残されたその役目を全うする。
「何だとォォォォォォ!?」
均衡していた紫と白の景色は白の光によって空を埋め尽くし、カイトの攻撃は魔王の『剣』を超える。
一人の人間が光の魔力なしに災害の力を打ち破った。いままで誰もできなかった偉業を成し遂げた。カイトはまさしく奇跡をその手に掴むことが出来たのだ。
白の光は紫の光を飲み込んでいき──
だが足りなかった。
「ちぃぃぃぃ、まだだぁ……! このまま押し返してやるぞぉ!」
魔王は光を受け止めていた。
『剣』を壊されたが両手がまだあると死に抗っていた。
このままではカイトの方が力尽きる。
いくら彼が奇跡を成し遂げた男だろうと地力の差がある。とてつもない差が。
よってカイトは攻撃を防ぎきった魔王によって殺される結末になるだろう。
まあ彼女がいなければの話だが──
魔王とカイトがぶつかり合っている外で一筋の光が迫る。
音速を超える人外の光。
それが獲物を捉えて、
華麗に横切った。
「な、に……?」
魔王を飲み込んだ光が通り過ぎて、全てを突き通していくような大きな道は細めていく。
白の光が完全になくなった空には誰もいない。
魔王は確実にこの世から消えたのだ。
(さ、すが……)
目を閉じそうになる衝動を受けながらもカイトはその流星を見る。
それは自分が昔から憧れていた勇者、クレアだ。
彼女は魔王から受けた攻撃を何とか致命傷は避け、腕と目だけに回復を専念させた。
だからこそできた短時間での治癒と反撃。
カイトを倒すことに夢中になっていた魔王は、彼女に気付くこともできずに不意打ちを受けた。
(マズイな、魔力が……)
すごくクレアを褒めたいところだが、先ほどの一撃に全てを賭けたお陰で体がほとんど動かない。
魔力を維持できなくなったカイトはそのまま重力に惹かれて地面へと墜落していく。
この高さだと大体六百メートルはある。いかに魔王を倒した彼でもこの高さから落ちれば無事ですまない。
「カイトっ!?」
だが彼女はそうさせなかった。一瞬だけ瞳を閉じてあけたら愛しい人が目の前まで来ている。
彼女も魔力も使い果たし、怪我で体もクタクタのはずだ。だが激痛や疲労を乗り越えて落ちていくカイトを掴むことができた。
「今度は、離さないわよ……!」
掴んだ瞬間に彼女の天使のような翼が消える。
今ので空を飛ぶ為の魔力が尽きたようだ。二人ともども斜めに落ちていくが、クレアがカイトを守るように背中を地面に向ける、
「っ、ぁあ!?」
一回、二回、三回。
轟音を立てながら地面を何度もバウンドしていく。
当たるたびに骨を刻むような痛いが襲ってくる。
でも、彼女はそれでも手を離さなかった。
(絶対、はなさ、ない!)
あの日に切り捨てられてから約二年……ずっと後悔をしていた。
もっと早く気付いていればこんな事にはならなかったかもしれない。こんなに離れ離れになる必要もなかったかもしれない。
それはたらればの話だ。考えるだけでも無駄だとはわかっている。
でも彼は最初から私を裏切ってなんていなかった。体を張って私を守っていたんだ。けれど私は結局、
(私は、アンタに何も返せてないのよ……!)
数にして六回。
それだけ地面にぶつかってようやく彼女達は止まることができた。
痛みはある。でも勇者の力ならすぐに治せる。カイトにもダメージはほとんど行ってないはず。
「悪いなクレア……こんな事させちゃって」
「これぐらい……アンタがやってくれた事に比べたら」
元気はなさそうが声は確かに聞こえた。カイトは生きている。確かに私の手の中で生きているんだ。
その事にクレアは安堵の息を漏らす。
良かった。二度と離れ離れにはならないんだと。
「……ありがとうクレア」
しかし現実は残酷だ。
「ただ、ごめん」
「…………………………カイト?」
彼女が守りきったはずのカイトの体は、足から灰になって消えかけていたのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます