第18話



 聖地ニルマだった場所。

 緑あふれる神聖な空間も人類の歴史を語る程の建物も、今はただの荒野になってしまった。

 そしてその上空で黄金の目を持つ者達が激戦を繰り広げている。それこそ歴史のページに残るほどの激しい戦いを。



 幾たびの爆発と衝撃が遥か真下にある地面を揺らす。

 一度の衝突で複数の爆発と衝撃が生まれる。

 その範囲は生き物という枠を超えて自然災害と呼べるほどの異次元さを表していた。


 


 もしこの戦いを見た人がいたらこう言っただろう。




 神話の戦いだと。




 前世でもこの世界でも、神話の英雄は大地を切り裂く海を割るなんて事をやっている。

 人知の理解を超える馬鹿げた戦いではあるが、その二人は今まさにそれをやってのけているのだ。



 遥か上空で戦っているのは幸運だった。もし舞台が地上だったら宇宙からでも良く見えるほどのクレーターが出来上がっていただろう。


 しかし遠くから見ているだけでも、その力強さは嫌でも感じると言うのに速さも格別だ。


 一度二人が接近すれば刹那に数十回の攻撃と防御のやり取りが行われる。その速度は二人にとって当然のもので、数分経った今も衰えることはない。




 それも当然。

 この場にいる二人は人類だけでなく、世界でも頂点に立てる存在なのだから。


 

 カイトと魔王。



 彼らの戦いに音速など遥かに遅い。







 彼らの速度は既に──神速に至っていた。






 ⭐︎⭐︎⭐︎






(クソッ、ラスボスらしくない全力だな!)


 反射的にそう思ったカイトだが、それを口に出す余裕は無い。

 目、音、頭、そして気配を感じ取ることに全力になって戦っていた。


(四大魔剣を統合した剣を全力! それくらいの事でやっと『盾』に傷がつく!)


 最初の一撃の結果に僕は苦笑いしたくなる。

 今の僕は身体能力だけなら一番強い状態のはずだ。光の力の恩恵を、オーバーロード調整ミスったら自爆する技が僅かに上回る結果だ。

 

 だが残念な事に相性が悪過ぎた。光の魔力がないだけで攻撃がほとんど通らない。


 これだけでもキツイというのに、オマケにもう一つ難点がある。


(その耐久度に加え修復能力があるんだよな、ホント理不尽だ!?)


 自動修復によって最初の一撃で出来た『盾』の傷はもう塞がっている。

 それなりに大きい傷だったのに数分で完治する厄介さ。渾身の一撃を何度も与えてやっと『盾』を突破できるのに、少しでも時間を掛けようなら完全に修復されてしまうと言うクソ仕様。


(ラスボスは回復技を使わないと言うゲームのお約束は無しのようだな!?)


 そんな都合がいいことが無いのは分かっていたが、余りの面倒臭さに泣きたくなる。

 

「どうしたぁ! 先程の攻撃をもう一度してみるがいい、出来るのならなぁ!」


 そんな事を思っていたのか魔王に接近を許してしまう。数百メートルは離れていたはずなのに、僅かでも目を離すと敵は目前まできていた。


「ッ!? 集え魔剣!!」


 四つの魔剣を一つの剣へ統合したのを見て魔王はニヤリと笑う。

 

「ほう、一瞬で出来るとは!!──ヘルフレイム!!!」


「『氷結』!」


 殴る直前に青い炎を拳に纏わせた魔王に対して、カイトは真逆の魔術を、剣に纏わせる事なく周囲へと展開。

 青白いキリが周辺へと響き渡り絶対零度の


 あらゆる物を凍える世界を前に小さな青い炎が勝てるはずもなく消え去り、岩も粉砕する頑丈な拳だけが迫ってきた。

 そこへ全ての魔剣を統合した大剣で立ち向かう。


「っアアアアア!!!!!」


 剣と拳による力のぶつかり合い。

 苦し紛れな叫び声と共に果敢に魔王へ挑むが、敵は余裕の笑みを浮かべていた。


「力が足りないな……堕ちろ!」


 言葉と共に剣は軽く弾かれ、力勝負の勝者は拳となる。

 剣で勢いを削ったはずだというのにそれを感じさせない程の威力。まるで空から落ちてきた鉄の塊にぶつかった様な衝撃を前にカイトは成す術もなく地へと落ちてしまった。


(痛いな……また空に上がらないと)


 地面にぶつかる僅かな時間だけ身体能力を上げたカイトは、クレーターの中心地で平然と立ち上がり空にいる魔王を睨む。

 今更ではあるが戦いの舞台は空中であり、魔王は空を飛ぶ魔術を使って空中戦を可能としている。


 ただこの魔術を使えるのはごく一部しかいない。

 普通の人間から見て空を飛ぶ事はおとぎ話の世界の話だ。

 

 ……例によって光と闇の魔力を扱う者に関してはそうではないが。


 ゲームでも空を飛べたのは魔王と完全覚醒したクレアのみ。クレアの仲間である聖女だって出来なかった。



 勿論自分も光の魔力がないから浮く事はできない。

 ならなんで空で戦えていたかと言うと……


(魔王は空を自由に動けて楽そうだな……こっちはことしか出来ないのに)


 

 時は戻り炎の魔剣の守護者と戦った時。


 その時は光の魔力で空を飛んでいたが気がついた事がある。


 魔力消費が激しい。


 空を浮く為に大量の魔力を消費する事に気づいたカイトは、他に方法がないか考えた。

 出来るだけ消費が少なく空を飛んでいる相手と、ほぼ対等に戦える手段がないか。

 空を飛ぶだけならニルマに来るまで使った方法があるが、あれは真っ直ぐ飛ぶのに適した方法で戦う途中で何度も方向転換するのには負担が多い。

 


「……ふんっ」


 視線を真上に戻すと空の色が変わっている。

 魔王の上空で黒い雲が螺旋状に集まり出し、その中心は青く光っていた。


(……雷か)


 今から直線で飛んで行っても間に合わない。

 魔王に辿り着く前に雷が当たる。そう思いながら足に魔力を溜めて……真っ直ぐに飛んだ。


『サンダーブレイク』


 魔王がそう言った一瞬、空から一つの雷が落ちてきた。目に止まらぬ速さで降ってくるそれを、特に気にすることもなく魔剣を召喚させる。


 そうして空中に突如現れた一つの剣を……足場にして真横に跳ぶ。


 カイトは考えた。別に空中戦をするのにずっと宙に浮く必要はないと。

 あくまで空中で戦えればいいだけなのだから、空中で足場を用意してジャンプすれば問題なしだと。

 既に魔剣が何本かあるから行けると思って実行したら行けた。こうして空中を飛べる相手にはこの戦法を平然と使えるくらいには使用してきたカイトである。

 補足としてカイトは普通に使っているが、クレアはともかくその仲間からは頭おかしいと思われていた。


 本題に戻ろう。


「逃さんっ!」


 雷が直撃する前に避けたカイトだが魔王の攻撃はまだ続く。

 上空で作り出した複数の光が、避けたカイトの先に襲ってくる。


 しかし雷が落ちる直前にカイトはまた別の魔剣を出現させ、避けながらジグザグに魔王へ近づいていく。


 全く予想できない方向へ進んでいくカイトに魔王の雷は当たらない。

 そんな状態で空中を跳んでいくカイトは魔王の目前まで迫り……


「集え魔剣!」


 パリンと音を鳴らせて真上へ通りすぎる。


「……バカめ、空に近づきすぎた。それでは回避も間に合わんだろう!」


 だが魔王はむしろ待っていたと言わんばかりに、上空にありったけ溜めた雷を降り注がせる。


(むしろ予想通りだよ魔王……!)


 しかし焦りが無いのはカイトも同じだ。

 解除も一瞬で出来る魔剣、それを通り抜けた先に一つ出現させ踏み台にした。


 そして踏み台とはまた別に一つ。


 自分より上空に土属性を宿す魔剣を出現させた。


「! まさかそれが目的で──」


 空から降る雷は茶の魔剣が受け止めるからカイトまで攻撃は届かない。


 その間に来た道を戻るようにカイトは下へ跳ぶ。

 

(もう一度だ……集え魔剣!)


 今度は魔王との距離も短い。魔王の回避が間に合うわけもなく、同じところを斬りつけた。

 壊れていた所を綺麗に通っていく剣先が魔王の腕まで届く。


「小癪な!」


 そこで初めて苦しい声を魔王から聞くことができた。

 腕から血が大量に出る姿はさぞ痛々しい。

 まあそれは実際にそうだろう。それを受けた魔王の顔は苦しそうで──憎悪に満ちていた。


「貴様……! この俺に傷を…………傷をつけたな!?」


 どうやら怪我をしたのは初めてらしい。

 魔王の周りで暴走した魔力がバチバチと光を走らせる。

 そして魔剣の上に立っているカイトに対して、全方向から魔法陣の銃口が向けられた。

 全部最初に放った魔術だ。


 魔王が右手を突き出して空気を掴むように手を握る。


「死ねぇ!」


 それを歯切りに魔術が発動するが攻撃が届く事はなかった。

 残りの三つの魔剣が魔法陣を蹴散らす。

 回転しながら突撃してくる魔剣が全ての魔法陣を蹂躙し、カイトの周りは魔法陣のガラス片が残るだけ。


「怒ってくれるおかげで動きが分かりやすいな」


 怒りで使う魔力は増えたがむしろ隙が増えた。

 それは好都合と遠慮なくガラス片の空間を突き破って迫るカイト。

 

「いちいち癪に触る!」


 そう言いながら手に闇の魔力を纏わせた魔王。

 腕の肘から手先まで伸びている魔力は剣状に姿を変えてカイトに立ち向かう。


 人の倍ある大剣と魔力の剣が交差する。

 当然のように音速を超える攻防は、周囲に剣と剣がぶつかる音を刹那に沢山響かせる。

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」


 叫んで左手のみで剣を振るうカイトに対して、さっきと繰返しになるように魔王も魔力の剣を振るう。


 だが二つの剣がぶつかる直前にカイトの剣は消えた。

 一瞬驚くも、コンマ秒で魔王の冷静な頭がカイトが何をしたのかを見抜く。


(消滅ではないな!)


 カイトは四つ統合させた剣のうち、三つの剣を解除させたのだ。

 今残っているのは手元にある一つの魔剣だけ。

 当然魔王の剣は空振りする事になる。

 元からこうなる事を狙っていたカイトに、魔王の空振りの攻撃が当たる事もない。

 

(ッ……これでは防御が間に合わん!?)


 しかしこれが分かったとしてももう遅い。いやカイトの攻撃に剣で立ち向かう選択肢をした時点で手遅れだった。

 

 魔王の勢いは音速を超えるほど。


 それほどの勢いで出した攻撃をすぐに引っ込める事はできない。そして同じく音速以上で至近距離まで来たカイトの攻撃をどうにか出来るわけもなく、そのまま無防備な腹を晒す事になった。


「まず一撃!」


 左手の魔剣で『盾』を切る。

 最初の一撃には程遠いがほんの僅かの傷が付く。


 剣の跡はおよそ十ミリもない。

 だが一撃目はそれだけで十分。

 『盾』を見てカイトは焦る事もなく次の攻撃へ移った。

 

「次に三撃!!!」


 斬撃でついた傷に右手に転移させた三つの魔剣で突く!


 これで合計四回分の魔剣攻撃を与えた事になる。

 それが証明された様に一点集中を狙ったその一撃で盾はガラスの割れた音を鳴らしながら崩壊していく。


(届いた……!)


 それで突破できたのは剣先の僅か一部しかないが、次の攻撃へ移るには問題ない。


 体に溢れた魔力を手から剣へと移し。突如剣先から光が溢れて魔王の体へと一筋の線が膨大な魔力と共に発射される。


 最初に魔王が放った魔術よりはるかに威力があるビームだ。

 

 強力な魔力の爆発が魔王を襲う。

 その上『盾』が中途半端にしか壊れていないから、攻撃の余波もほぼ全て『盾』の中で暴れ回る。


「グゥぅ!!!」


 魔王に与えたダメージはとてつもない。

 それで怯んだ魔王をカイトが見逃す訳がなく、四つに分けた魔剣で魔王をすぐに襲う。


 わずか数秒、されど数秒。


 手を休める事もなく連続で襲いかかってくる魔剣に『盾』は少しづつ削れていく。

 魔王を最強たらしている『盾』が消えていきバリアもない魔王の姿が露わになっていく。


(今なら一気に壊せる!)


 そして両手にそれぞれ二つ合体させた剣を持って十字に切りバリアは半壊した。

 後は叩き込むだけ。


 四つに分けた剣と己の拳を魔王に叩き込む。

 音を置き去りにする攻撃を連発していき、魔王の体に直接傷を付ける。

 しかし硬い。

 流石に『盾』程では無いが、この攻撃だけでイヌティスを木っ端微塵に出来る威力はある。

 

(けど目の前の魔王さんは沢山の傷はあっても、致命傷までは無いか……!)


 とはいえダメージを与えているには与えている。少しずつ剣で体が欠けていくのが見えた。


「ふざけるなぁ!」


 流石にこのままでは不味いと思ったのか、魔王は防御から転じて拳を突き放つ。

 だが所詮は勢いで出しただけの拳。


 カイトはそれを冷静に判断して避け反撃を開始する。

 魔王の目からは自分の攻撃を綺麗に避けるカイト、そしてその後ろから迫ってくる一つの魔剣。


(なにっ……!?)


 カイトがやった事はこうだ。

 魔王とカイトの後ろで直線上に魔剣を配置して、魔王からはカイトしか見えない様にする。

 それで魔王の攻撃を僅かに避けたら、その避けた隙間から後ろの魔剣を突撃させる。


 既に出してしまった手は戻す事も防御もできる訳がなくそのまま攻撃をくらい、痛みで無防備になった魔王に別の魔剣が襲いにいく。


 もちろんその間にもカイトは拳を魔王にお見舞いし、さらに別の魔剣も魔王へ叩き込まれていく。

 ボコボコにされている中で反撃してくる魔王の攻撃も大した事はない。焦らずに、しかし傲慢にもならずに先程の小手先のテクニックで魔剣を死角から放ち攻撃を続ける。


 一方的な殴り合い。


 魔王は強すぎるが故に格上と戦った経験は無く、対等の相手との経験も貧しい。


 それに対してカイトは今までの旅で、格上の戦いは嫌というほどやってきた。


 相手にとって圧倒的有利な場所での、魔剣の守護者との戦い。


 そして日に日に強くなっていく勇者クレア。


 カイトも強い人間だが、人間の頂点に立つ相手やそもそも人ですらない化け物には何度も会ってきたし、その度に致命的な傷を負った事だってある。


 この経験の差が一方的な殴り合いを実現させていた。







 だがカイトの冒険はいつだって上手くは行かなかった。


 


 


「ハァァぁぁーーーー!!!!!」

「ッ! こいつ!?」


 

 何度も剣が刺さり、体がボロボロなはずなのにそれを感じさせない覇気。カイトは鳥肌が立つのを感じながら魔力の風に吹き飛ばされる。


 ただ内にある荒ぶる感情に任せて魔力放出しただけだが、放ったのが魔力量が規格外の魔王である為にそれだけで一つの攻撃として成り立った。

 

(クソっ……早く体勢を立て直さないと!?)

 

 吹き飛ばされながらすぐさま体勢を整えるが、魔王は既に目と鼻の先にいた。

 音速の前では百メートルの距離など無いに等しい。

 

 前の動きより確実に速くなっている事に反応が遅れたカイトは戦いの攻めと守りの立場を逆転させられた。


「許さんぞぉぉぉぉぉ!!!」


 魔王らしくもない怒りまみれの雄叫びと共に、しかし先程の焼き回しをするように魔王は殴ってくるだけ。

 それならと、カイトも同じように躱し魔剣を放った。


 それが致命傷になるとも気付かずに。


(掴みやがった!?)


 魔王は己の怪我など気にせずに迫ってきた魔剣を手で受け止めたのだ。それも剣身を素手で掴んで。


 明らかに動揺してしまうカイトへ、魔王は手から溢れ出る大量の血や痛みにはものともせずにもう片方の腕でカイトを殴りにいく。

 

(なら今度は……!!!)


 まだ『盾』は修復されていない。尋常じゃない様子を見たカイトはこちらも全力で対応する。

 自分がギリギリ当たらない所まで魔剣を呼び寄せてそのまま魔王の両腕を切った。


 攻撃をするにしてもそもそも拳がなければ意味が無いはずだ。

 回復の時間もそれなりにかかるはず。そう思っての行動だったが魔王はその予想を上回る。


「ガァァァァァ!!!!!」

 

(こいつ……まだ本気じゃなかったのか!?)


 一瞬で腕は回復した。


 いやそれは復元と言ったほうが良いのだろうか。さっき切り落とされたはずの腕が既に元通りになっていた。


 腕を切り落とされてからの一秒足らずの時間。

 魔王の出鱈目な魔力量と魔術の才能を最大限活用して、僅かな時間で瓜二つの腕を作り出したのだ。


 切られた腕を一瞬で元に戻し攻撃を続ける。

 あまりものゴリ押しにカイトは驚きという隙を作ってしまった。


「しまっ──!?」

「ウォオオオオオオオオオ!!!!!」


 その結果受けたのは一撃。

 なんの小細工もない、闇の魔力を纏っただけの拳だ。


 だが……致命傷だ。


「ガハッ──!?」

 

 魔王の拳はカイトの腹に集中させた魔力障壁を容易く貫通し、大量の血が地面へ降る。自分の血がまるでシャワーのように出て行くカイトは意識を失いそうになるが、そうなれば本当に永眠してしまう。


(ここまできて負けるわけにはいかないんだよっ!)


 気絶を意地でどうにかして、カイトはもう一発殴ってくる魔王に剣を差し向ける。

 遥か上空から隕石のように落ちて行く中、二つの剣が魔王に向かって交差し魔王の両腕は切れた。

 

 しかしこのままだとさっきの焼き直しに過ぎない。


 切られた腕のことなど気にせず、腕がないままこちらに殴り込もうとする魔王。

 一度でもあの拳が直撃したのなら、今までカイトがやってきた事は全て水の泡になるだろう。

 

(ふざけんなよ! 今までたくさん犠牲にしてきたのに、無意味になんてさせるか!)


 心の底から怒りが湧いてくる。

 死が近づいている状況でカイトが感じていたのは恐怖ではなく怒り。魔王に対する怒りだけではなく、己の不甲斐なさを思う怒りだ。


 ユウキを犠牲にした。

 クレアも犠牲にした。

 そんな僕でもお父さん達は助け出してくれた。


 失敗なんてしてたまるか。

 そう意気込み回避しようとするが、体に魔力が通らなかった。


(風の魔術で──できない?)


 口から大量の口が溢れる。黒く濁った血が大量に。

 意識が遠のいて行くのを感じながらも必死に魔力が通らない原因を探り、見つけ出すのには早々時間は掛からなかった。

 原因は体内にあった。自分の腹を貫通したまま残っている魔王の腕だ。


(くそっ、これを媒体に魔力の流れそのものを止めてるのかよ!?)


 魔王の攻撃が到達するまでコンマ代。魔術は全て使えない。なら他に攻撃を防げる手段がないかと感覚で探ったら魔剣が反応した。


 魔剣は問題なく使える。


 それを理解した瞬間に魔剣全てを自分の前に展開して盾にする。


「魔剣よ集っ──」


「遅いわぁ!」


 だが間に合わなかった。

 音速での戦いに僅かな困惑は致命傷に繋がる物だった。

 

 魔剣が不完全に集まった状態で魔王の強烈な拳ストレートが放たれ、それは魔剣を軽く吹き飛ばし、その下にいるカイトへ直撃する。

 

 殴られた勢いを止める事はできずに地面へ激突する。

 一回、二回、三回、と何回も地面を弾んでようやく止まった。


(早く……体勢を戻さないと)


 血が目に入っているが気にせず立とうとして……立てない。腕に力が入らないようだ。

 また呪いかよと思いながら敵を見上げる。


(クソっ……アイツから傲慢な気配が消えたな)

 

 見上げた空には眩しい光の玉が二つ。人並みに大きい光の玉は黄色い輝きを放ちながら空中で佇んでいる。その二つからは最初に放たれた神殿を荒野にしたあの魔術よりも濃い魔力を感じた。

 魔王の奥の手……『矛』ほどではないが今のカイトを仕留めるには充分だろう。


「さっきのは痛かったぞ。あれほどの痛みは久々に感じた」


 そう言った姿からは先ほどまでの怒り狂った様子はない。冷静になった今の魔王では隙をつくこともできない。


(どうする……どうやってこの場を切り抜ければいい……!?)


「本来なら少しは何か言うべきだろうが、お前相手に時間を与えてはならんな」


 何か打破できないか頭を回すが魔王はそれを許すことはなかった。

 二つの光の玉の輝きが増す。それは魔術の発動を意味する事で、カイトが死を意味することでもある。


「では死ね」


 冷酷に残酷に、魔王は死の先決を下し……。




(あれは……?)




 カイトは魔王の背後に三つの光を見た。

 今もカイトを殺そうとしている魔術とは違い真っ白な光だ。純潔を象徴するまるで勇者のような光が、魔王を襲った。


 二つは光の玉へ。そして三つの中で一番大きな光のは魔王本人へ。


「っ! 新手かっ──」


 魔王も何かが近づいていることに気づくが遅い。

 振り返った時には光の槍と魔王はもう目と鼻の先。防御も間に合わずすれ違い様に切られた。


「このぉ!?」

 

「アンタは後よ!」


「今の声は……!」


 そして聞こえるはずのない声が聞こえた。

 昔から聞き慣れた、そして決別したはずの助けに来ないはずの声が。


「……あなたには色々言いたいことがある」


 白い光がカイトの前で突然止まって降り立つ。

  

「けど、それ以上にあなたに謝らなければいけないこともある」


 地面に降り立つと同時に足音が一つ。

 光の輝きは薄れ、徐々に中にいる人の姿が露になった。


「……なんでここに」


 その鎧の輝きが、その右手に握られている剣の光は、この世界に生まれてから見てきたもので一番明るくて、前世でテレビ越しで見慣れてきたものだった。


 まるで空想から現れたような理想の具現化。

 鎧と剣の輝きは人を守る意志を表しているようで、そこにいるだけで自然と心が安心する。あの魔王がすぐ近くにいると言うのに。

 その人が持つ武器と防具は神話に語られる『伝説の装備』として存在している。

 

 そして何よりそんな伝説の武器を着こなしている、憧れがあり好きだと思っている大切な幼馴染。


「なんでここにって、貴方を助けるために決まってるでしょ」


 『勇者クレア』がこの地に舞い降りた。 


 この出会いは一生頭に残るほどの幻想的な場面だ。

 しかしカイトにとってそんな事より、クレアがあの本気の魔王と対峙していることの方がよっぽど重要だ。

 運が悪ければ、いやたとえ運が良くても彼女が死ぬかもしれない。


「バカ……! お前が死ぬかもしれないから本気の魔王と戦わせないように──」


 カイトが焦るように話すが最後まで言う事はできなかった。


 クレアの人差し指を口に当てられて止められたから。


「……なんだ、やっぱり私の事を守ってくれてたのね。信じてよかったわ」


 そして今まで聞いたことがないほど優しい声でクレアはそう言った。


(…………)


 優しい彼女の顔が小さい頃好きになったあの時の彼女と姿が重なってカイトはそれ以上何も言えなくなった。

 目を丸くするカイトを前に、クレアは「それに」と話を続ける。


「あんなに助けて貰って何も返さないなんて、私が許せないわ。あとは……こうやればいいのかな」


 クレアが何かを探るように手に動かしていると光が生まれる。その真っ白な光をカイトの腹に刺さっている魔王の腕へとかざすと、魔王の腕は綺麗に消えていった。

 貫通された腹も元通りになっている。


「これは……ユウキから受け取ったんだな」

 

「彼すごかったわよ。私なんかより冷静に行動できてた。……いい相棒持ったじゃない」


「……だろ」


 既に輝きは本来の勇者と同等。もはや戦勇者という称号は偽りでしかなく、光の勇者そのものだった。

 だが今話している相手は勇者ではなくてクレアだった。村にいる時や城にいる時の彼女と全く変わっていない。


「って、今そんなこと話してる場合じゃない」


「ええ、この話をするのは戦いの後……と言った所ね」


 ちょっとした身内話をしていたクレアは優しい笑顔を引っ込めて背後へ振り返る。

 戦意を研ぎ澄ませた目の先には光の玉を失った魔王がいた。だが奴の体の魔力が回り始めているのを感じとれる。


「なるほど、本物の勇者か。だが力は引き出せておらんだろう」


 先ほど斬られた魔王の表情に焦りはない。

 クレアによって斬られた傷から光の粒子が溢れているが、その傷はすぐに消えていった。

 光の勇者になれたクレアだが魔王との差は埋まっていない。

 

(……やっぱり力を引き継いだばかりで全力は出せないようだな)


 魔王の様子を見てやっぱりかと目を細めるカイト。カイトが単独で魔王に立ち向かったのはこう言った事情がある。

 クレアも否定せず沈黙している。彼女もその事は分かっているのだろう。


「今のお前ではこの俺に勝つ事はできん。勇気と無謀を履き違えるなよ? 小娘」


 魔王は分かっている。カイトが戦い始めた時のスペックを発揮できない事を。

 魔王の呪いが解けたとしてもカイトが善戦する事が不可能だという事を。


「……まあ確かにね。私一人じゃあどうやったって勝てないわ。悔しいけどそれは事実」


 敵の言葉をクレアは受け入れる。



「───でも」



 でもそれは絶望しているわけでは無い。

 笑みを浮かべながら背後にカイトを見て、手を差し伸べた。


「ここにはもう一人いるわ」


 それは初めて会った時と同じだった。

 倒れているカイトと、手を差し伸べてくれたクレア。


 ただ違うのは。




 憧れるだけの存在ではなくともに戦う『親友』だという事だ。

 



「カイト。言ってたでしょ? みんなを守れる程強くなるって」


「……そうだな。そうやって僕達は強くなって、何度も壁を越えていったんだ」


 差し伸べられた手を掴みカイトはクレアと肩を並ぶ。

 クレアは光の剣を、カイトは四大魔剣をそれぞれ構えた。

 

(……一緒に戦うのは久々だな)


 人類をかけた戦いだと言うのに懐かしさを感じてしまったカイトは笑みをこぼしてしまう。

 この戦いに不安なんてない。自分が最も信頼している人が隣にいるのだから。


「クレア」

 

「なに?」


 カイトはクレアと目があって言った。


「ありがとう……そして勝つぞ」


「………………もっちろんよ!」


 それを合図に互いの魔力が解放されて、新たな戦いの火蓋は切られた。



 


 


 

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