第6話
僕は彼女に何も聞けなかったし 聞いちゃいけないと思った。こんな事態の詳細は彼女自身も何も語らなかったけど、代わりに話してくれたのは家族のことだった。
両親と兄と弟の5人家族で、父親が営むお好み焼き屋は
県内一の繁華街の一角にあった。彼女は小さな頃から学校が終わると1人でバスに乗って両親のお店へ出向いていたらしい。
両親の朝は仕入れの為 子供達が起床する時にはもう家には居らず、帰りもとても遅かった。
家事は彼女が全般やっていたらしい。
弟の
その後は
だけど……僕は1つの疑問を感じていた。
(お兄さんの話は…1つも出ない)
結局 一通り話すと 彼女は僕に『ありがとう』と言った。
『もう大丈夫!母は仕事に行ったし、父もまだまだ留守だし、弟も居るから…』と言った。
僕は納得せざるおえず、彼女を自宅まで送り届けるしかできなかった。
『あの…なんかあったら、いや…僕でよかったら……えっと…話して』と、おぼつかない口調で言うと『うん。ありがとう』と笑顔を見せた。
彼女の自宅に着くと
『いちねぇー!おかえりー』と走ってきて彼女に抱きついていた。彼女の言った通り ホントに元気でかわいい子だった。
彼女と別れ 家路に着く僕は、なんだかとても無力で情けなくて涙を止めることができなかった。
彼女はただ家族を大切にしていた。
自分が何とかしないと、と思っているのが伝わってきた。
彼女はとても強くて だけど…
彼女はとても弱いのかもしれない。
次の登校日、彼女は学校に遅れてやってきた。
マスクは付けてなかった。
そして彼女は今日も颯爽と廊下を歩いては いろんな人に挨拶を交わし、話しかけ、笑顔で手を振っている。
この学校という小さくて大きな世界で、僕だけが知ってしまったんだ…1枚ベールの奥に隠された彼女の葛藤を。
だけど彼女は誰にも『Help』を発しない。
だからこそ僕は決意した。僕にできる事、彼女が何か話したいと思った瞬間を見落とさないと。そう決意したはずだった…。
※
『桜木ー!!桜木ー!この放送を聞いたらすぐに職員室に来るように!』昼休み、担任の怒鳴り声が校舎中に響き渡った。
彼女は僕の顔を見るなり ため息をこぼし職員室へ向かった。何があったのか 僕には検討もつかなかった。
1時間くらいたっただろうか、授業中に彼女は教室に戻ってきたが、カバンを持って『また明日ね』とクラスメイトに言って堂々と早退して行った。数学教師の静止も彼女には届いていなかった。
『あ!えっと…!先生!お腹痛いので!』と言って僕は彼女を追いかけた。また咄嗟に体が動いていた。
『川村くん?どうしたの?』と聞く彼女に僕はつかさず『桜木さんこそ……』と言った。
『なんかね、そこの本屋で万引きがあったらしくてさ。私がやったらしい』と言って笑っていた。
『どういうこと?…それ…』と聞くと
『どうだろう、私がやったのかなー?』とまるで他人事のように聞いてきた。
だけど僕は確信していた。彼女はそんなことを絶対にしない。
※
彼女は決して人を呼び捨てにしない。
後輩でも同級生でも 男子にも女子にも、先生にも。
人は見た目で判断できない。彼女の口から荒々しい言葉も呼び捨ても聞いたことがなかった。
彼女なりの美学なのかもしれない。
その美学に反比例するように髪の毛を茶色にして来たと思えば、次はピアスを片耳に3個も開けて来たりと、ますます目立つ事をしていた。
僕はそうとう彼女を好きだったのかもしれない。
彼女が何をやっても、僕には素敵に似合って見えた。
※
そんな関わりが続いたある日、僕は担任から話があると呼び出された。
『桜木と最近仲がいいのか?』
『桜木と関わるな!』
『成績や進学に響くぞ!』
僕はしばらく黙っていたが耐えられなくなった。
『なんで先生は彼女をそんな風にしか見れないんですか?』と聞いてしまった。
先生はいろんなことを言っていたが…中身は忘れた。
でも要するに彼女が何を考えているのか理解も予測も出来ず、何かをやらかすかもしれないと恐れていることだけは読み取れた。
ホントに僕は意気地無しで、もしも僕があの人(学年1のモテ男)だったら…なんて。
そんなことばかり思ってしまう自分が情けなかった。
神様や運命があるのなら、こんな僕は彼女に何が出来て、何をしろと言うのだろうか…検討もつかないまま、彼女を見守る日々が続いていた。
ある秋の日、彼女の誕生日を知った僕は、
一言 『おめでとう』を言うためだけに、彼女の住む県営住宅に来て、穴の開けられたフェンスの傍の木にもたれかかっていた。
だけど、彼女は出てこなくて、日が落ちても部屋の電気がつく様子もなかった。
なんだか胸騒ぎがした。
もう諦めて帰ろうとすると、どこかで見た事のある女性が慌てて走って車に乗り込んで行った。
あ!彼女の母親…らしき人物だと直ぐに分かった。
僕は勇気をだして彼女の住んでる部屋の前に行き、ベルを鳴らした。誰も出てこなかったし声もしなかった。だけど、テレビの音だけが不気味に響いてきた。
今思えばホント不審者だろうけど、そっと、ドアノブを回した。鍵は空いていた。覗くと部屋はめちゃくちゃで男性がテレビの逆光に浮かび上がっていた。
ふと気づいた。弟の気配も感じなかったんだ。
夏休みになると彼女が弟を連れて部活に出席して来たことがあった。弟はとてもとても彼女が大好きでトイレ行くのも何するのもくっついていた。
彼女も満更でもないようで『全くもー』って言いながら、こんなにも優しい笑顔を見せる時があるんだと見とれたりもした。
僕はちょっぴり弟くんが羨ましいとさえ思った。
女神なんて言ったら笑いものだけど…そう思った。
あの日… 彼女はマスクを着けていた。 如月 紅波 @kureha-908
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