第1話平日

蝉の鳴き声がうるさい…

暑い、シャツに染み込んだ自分の汗が肌にひんやりと伝わる感触に嫌気がさす。

明日雨でも降ればいいのに。

なんて考えていたら、これからあと1週間ほどは続くと言われている猛暑に耐えられる気がしなくなってきた。

憂鬱だ。

そんな事を常日頃から考えているインサイド側の高校生。

それが俺だ。

高校2年生にもなるのに友達の1人も出来ない、クラスの女子に留まらず男子にすら話しかける事のできないカースト最下位、人生負け組、それが俺だ(言いすぎか?いや、本当の事か)

今日もどうせ誰かと言葉を交わすことなどないのだろう。

「五六君、ちょっといい?」

急なクラスメイトの言葉に、俺の頭はフリーズした。

これはおかしな比喩ではなく本当に脳内のサーバーがシャットダウンしたのだ。

しかし復旧にそこまでの時間は要らない。

何故ならばこのクラスにはもう一人、"ふのぼり''

がいるからである。

このふのぼり、とてもマイナーな苗字であり、このクラスに二人いる事はそれはそれは珍しいなんて言葉で表せる奇跡ではない。

例えるならば天下一武闘家でヤムチャが…おっと、この例えは良く無いな。

そうだな、ニャオハが立つことを諦めるくらい奇跡的な事だと言っていいだろうな。

ちなみにもう一人のふのぼりは漢字に直すと布野堀と書く。

まぁ、いつもの事ながら声をかけられたのは布野堀に違いない。

危ない、危ない、冷静さを失っていた。

ここはスルーでいいだろうな。

「ねぇ、五六君?ねぇってば。」

と、手のひらを俺の目元でひらひらさせている。

な、何だとぉぉ!?

これは想定外だ。

今まで一言たりとも言葉を交わす事なく上手くやり過ごしてきたはずなのに…

何とか上手くやり過ごさなければ。

「ごっ、ごめんなさ…い」

五六、17歳。

高校生活、記念すべきクラスメイトとの会話のスタートは謝罪だった。

俺は生涯このことを後悔して生きていくのだろう。


きっと。


「いやぁ、大丈夫?急に謝罪なんて…別に謝ってもらうことなんてないんだけれど…。」

どうやら今の謝罪で困らせてしまったようだ。

とりあえずこの人はA子さんとでも仮定しておこう。(クラスメイトの名前が分からないだけだが)

とりあえず口を開こうとしてみた。

うん、開かない。

まったく。

気まずい時間が流れていくのを感じる。

普段なら神や仏などは全く信じないし、信仰心なんてこれっぽっちも抱いた事はないが、この瞬間だけは、神に祈りを捧げていた。

お菓子の悪魔に上半身をガブリとマミられてしまいたい気分だ。

そんなどこぞの魔法少女の事を考えていると、沈黙を破るようにA子さんは口を開いて、

「ちょっと頼み事があって…」

と話を切り出した。



そして何なかんやで用件を済ました彼女は、一言

「期待しているよ(ニコッ)」

と言い残して教室を後にした。

今まで話していた内容を要約すると、来月に控えている文化祭で俺の顔が全校生徒の前に晒されると言う事実を伝えてくれたわけだ。

ふざけるのも大概にしろよぉぉ!!

ざっくり説明しすぎたので少し修飾するが、この高校の文化祭ではクラスCMと呼ばれる出し物があり、それに出演しろと言う事である。


しかも主演。


このクラスCMは全校生徒が集まる体育館で一クラスごと放映されていくのである。

これは中世の拷問か何かなのか?

こんな事をされたら黒歴史確定である。

何故俺なのか。

理由は単純で理不尽である。


あみだくじ。


俺は神に祈る事をやめた。




まずい。

どうにかしないと、このままでは一生癒えない心の傷を負うことになる。

だが俺にどうこうできる問題ではない。

何故なら決め事におけるあみだくじは絶対であるからだ。

これは決して俺がインサイドの人間、俗に言う陰キャだからと言うわけではない。

あみだくじはこの世界における絶対的な制約なのである。

この拷問を避ける事は不可能。

つまり俺が考えるべきことはどう乗り切るかである。

どう立ち回ったら目立つことがないか。

もちろん、どのような映像を撮るかなどは一切分からないし、俺がとやかく口出しできるわけがないのだが。

それでも考えるしかない。

俺の今後がかかっているのだから。



いつものルーティーンを済ませ、俺は布団に入る。

今日の事は一旦頭の隅に置いておこう。

おそらくこんなにも密度の大きな一日を過ごしたのは今日が初めてだろう。

そう思ってしまうくらいに俺の人生は薄っぺらいのだ。

今日はもう脳が働きそうにない。

仕方ない。

明日の俺が何とかしてくれるだろう。

憂鬱だ。

明日からも平和で平穏な日常を過ごせますように。

そう、少なくても神ではない存在に祈って俺は

眠りについた。



ミーンミンミンミンミーーン

蝉の鳴き声が耳の奥に響いている。

耳障りだ。

体を起こすと布団が吹っ飛んでいる事に気づいた。

あらかじめ断っておくが、決して面白いジョークを言ったわけではない。

意識が覚醒してくるのと同時に昨日の出来事が頭の中に入ってくる。

どうしよう。

昨日の俺は何を根拠に何とかしてくれるなんて馬鹿な事をほざいていたのだろうか。


(頭の中で昨日の自分が任せたぞと嫌な笑みを浮かべながらこちらを見ている)


はぁ…

重い溜め息を吐き、布団を畳む。

布団に目をやると汗でびっしょり濡れている。

今年の猛暑はやはり異常である。


「あなた、この前ゴミ出し頼んだわよね!

何でやっておいてくれなかったの!」

「後でやるからさぁ、別に今じゃなくていいだろう!」



制服に着替えて下のリビングに降りると、喧しい言い争いが壁を貫通してきた。

リビングに通じる扉を開けると、案の定両親が朝からくだらない事で口論をしているところだった。

夫婦喧嘩は犬も食わないというがうちの犬(名前をリチャード565世という)は喧嘩を始めると、物凄い剣幕で自分も参加しようとする。

何故そうも好戦的なのだろうか。

俺はうるさい喧嘩大好きトリオを尻目に、自分の朝食を頂くことにした。

どうやら母の最近のトレンドはおにぎりらしい。

何故そう思うかと聞かれたら、ここ1ヶ月の朝食

が全ておにぎりだったと答えれば納得がいくだろうか。

おにぎりを平らげ、そろそろいい時間になったので学校に行くとしよう。






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