43 温泉、作ろうよ

 温泉宿は今、リンちゃんが一人で暮らしている。

「リンちゃーん。いる?」

「はあい」

 声をかけるとリンちゃんが出てきた。


「おすそわけだよ」

「……え、トウモロコシ!?」

「そう。エーリックが市場で手に入れてきたの。とっても甘いよ」

「ありがとうございます! 私トウモロコシ大好きなんです」

 お皿を受け取るとリンちゃんは満面の笑みを浮かべた。

「今ちょうどヒナノさんを呼びにいこうとしていたんですよ」

「なにか用事?」

「お客さんがきてるんです」

「お客さん?」


 食堂へ向かうと、そこにはロイドの姿があった。

「え、ロイド!?」

「お久しぶりです」

 ロイドはぺこりと頭を下げた。

 二年ぶりに会う彼は、少し背が高くなって、なんだかたくましくなったように見えた。


「え、どうしてここに?」

「近くまできたので、ついでに寄ってみました」

 ついでに寄れるような場所じゃない気もするけど。

「ヒナノさん座ってください。今お茶入れますから」

 リンちゃんがてきぱきとお茶の用意をするのを、ロイドは不思議そうに眺めていた。

「……リンってお茶入れられるんだね」

「え、バカにしてる?」

「いや……だって前はなにもしなかったから」

「二年も一人暮らししてるのよ。お茶も入れられるし料理もできるわよ」

 そうそう、リンちゃんはなんでもできるようになったんだよ。

「こんな大きな家に一人で暮らしているの?」

「ここは元々温泉に入ったあとでみんなが休めるように作った家だからね」

 ロイドが尋ねたのでそう答えた。確かに、一人で暮らすには大きすぎるけど、よくみんなが遊びにきて泊まっていくから寂しくはないと思う。


「一人暮らし……魔王に求婚していたのはどうなったの」

「うふふ」

 ロイドの言葉にリンちゃんの口元がゆるんだ。

「いい感じなの。今度デートするの」

 ここと本来の魔王城とを行き来している魔王さんとの関係は、ゆっくりだけれどそれなりに進展しているそうだ。

「そうなんだ。良かったね」

「ロイドはなにをしているの?」

「僕は、商人になったんだ」

「商人?」

「といっても店を持つんじゃなくて、世界中のあちこちに行って珍しいものを仕入れてそれを売るんだ」

 そう答えて、ロイドはこの二年間の間のことを教えてくれた。


 王都に戻ったロイドは王様の元を訪れ、リンちゃんの意思と勇者を辞めることを伝えた。

 王様はなんとか引き止めようとしたが、実際に勇者の祠が破壊されているとの報告を受け、二度と勇者の剣が復活しないことを知り、また魔王さんの言葉もあって、今後魔王討伐はしないこと、また魔物も必要がない限り襲わないようにと国中にお触れを出した。

 そのお触れのことは、エーリックから聞いて私たちも知っている。


 勇者の剣は失ったけれど、ロイドが与えられた太陽神の祝福はそのまま残っているのでロイドは旅に出ることにしたそうだ。

 祝福を受けたロイドには強力な加護があり、旅に出ても身の安全が常に保障されているようなものだという。

 そうしてあちこちを訪れる間に、珍しいものを交易する商人と知り合い、彼からの依頼を受けて各地で貴重な品物を仕入れているという。

 それでこの島の近くまできたので寄ってみたそうだ。


「へえ。ヒナノさん赤ちゃんが生まれたんですか」

 ロイドの話が終わると今度はこちらの近況を教えた。

「うん、ルークっていう男の子よ」

「すっごく可愛いの」

 そう言って、リンちゃんは思い出したように首をかしげた。

「そういえば第二王子ってどうしてる? ヒナノさんに一目ぼれしてたけど」

「ああ……今は魔術師として魔術塔にこもっているみたい」

「魔術塔にいるの?」

「最初は魔王の力を目の当たりにしてショックを受けていたそうなんだけど、もっと魔法の研究をしたいと思うようになったとか」

「ふうん」

 王子様も色々あって、大変なんだねえ。



「来た時に気になってたんだけど」

 ルークに会わせようと外へ出ると、ロイドが温泉へ視線を送った。

「あれって、前にヒナノさんがいたところにもあったよね」

「そうだよ」

「ああいうお湯が沸くところはどこにでもあるの?」

「どこにでもってわけじゃないけど、多分探せば色々な場所にあると思うよ」

「魔法を使わないと入れないの?」

「そんなことないよ。私たちがいた世界にもあったし」

 リンちゃんと顔を見合わせた。

「魔法で浄化したりしなくても健康効果があるからね」

「そうね、とっても人気よ」


「そうなんだ、それはいいね」

「興味あるの?」

「うん……人里にもあったらいいのかなって。気持ちよさそうだし」

「温泉、気持ちいいよ」

「あ、もしかして商売しようと思ってる?」

「まあ、そんなところかな」

 リンちゃんの言葉に、ロイドは小さくうなずいた。

「いいと思うよ温泉、作ろうよ」

「勇者の湯って名前がいいんじゃない。この温泉に入れば勇者みたく健康で強くなれるって宣伝するの」

「ははっ。なにそれ」

「でもいいと思うよ、勇者の湯」

 身体があったまって、健康になれて。

 人間も魔物も、みんな幸せになれる魔法のお湯だからね。


 やがてロイドが作った『勇者の湯』が評判になるころには、ルークに妹ができて、リンちゃんにも子供が生まれて、魔王城周辺もとてもにぎやかになって。

 私たちは毎日楽しく、幸せに暮らしている。



おわり



 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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異世界で温泉はじめました 〜聖女召喚に巻き込まれたので作ってみたら魔物に大人気です!〜 冬野月子 @fuyuno-tsukiko

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