42 甘くて美味いな

「今日も盛況だねえ」

 大小二つの温泉には大勢の魔物が入っている。

 みんな満足そうにお湯に入るこの光景は、いつ見ても平和で幸せな気持ちになる。

「パパ!」

 腕の中のルークが声を上げた。


 見ると大きな袋を背負ったエーリックがこちらへ歩いてくるのが見えた。

「エーリック。お帰りー」

「おかえいー」

「ただいま」

 袋を地面に置くと、エーリックは代わりにルークを抱き上げた。

「パパ! とりしゃん! ちっちゃ!」

 父親そっくりのオパールの目を輝かせてルークはエーリックに訴えた。

「フェニックスが来たのか」

「うん。赤ちゃんが生まれたから見せに来てくれたの」


 さっきまで魔王城の中庭にフェニックスの親子がきていたのだ。

 半年ほど前、ルークを初めて外に出した時にちょうどフェニックスが来ていて挨拶をしたのだけれど、そのお返しにヒナを見せに来たのだという。

 ルークは真っ赤で大きなフェニックスがお気に入りだったが、そのヒナを見て興奮し思い切り抱きつき、あまりの力強さにヒナが悲鳴を上げて慌てて引き離したら今度はルークが泣き出して……と大騒ぎだった。

「今日はずいぶんとたくさん買ってきたんだね」

 買い出しに行ったエーリックが持って帰ってきた袋は、いつもより膨らんでいる。

「ああ。珍しい食材があると勧められた。ゆでると美味いらしい」

「珍しい?」

 袋を開けた中には、いつものお米や豆などの他に、緑色の葉に包まれた、長い筒状のものが六本ほど入っていた。

 その先端には白くて細長い毛が何本も生えている。

「……まさか、トウモロコシ?」

 葉をめくると、中には見覚えのある黄色い粒がびっしりと並んでいた。


「ええ、すごい!」

「知っているのか」

「同じか分からないけど、前にいた世界によく似たものがあったの。甘くて、おかずにもおやつにもなるんだよ」

「おやつ!」

 ルークがうれしそうに声をあげた。

「きっと美味しいよ。早速ゆでようね」

「ゆえよう!」

 エーリックからルークを受け取り、エーリックが袋をかつぐと私たちは家の中へと入っていった。


 私たちは今、第二魔王城にある温泉に建てた温泉宿の、隣に建てた家で暮らしている。

 出産前後はきっと色々大変だから、誰かしらいるこの島で暮らしたほうがいいと言われたのだ。

 出産の時はマイラさんとイルズさんが手伝ってくれて安心して生むことができたし、ブラウさんたちもなにかと様子を見に来てくれる。

 魔族は寿命が長く数もそう多くないため、子供が生まれるのが珍しいらしく、皆ルークの成長に興味津々だ。

 ルークは一歳ながら魔力が多く、既に治癒魔法を使うこともでき、温泉に来る魔物を遊び感覚で癒やしている。


 台所に入ると大きな鍋にお湯を沸かして、トウモロコシの皮をむき、ひげを取った。

「このひげも食べられるんだよね」

 おばあちゃんが、身体にいいからと庭で育てたトウモロコシのひげでお茶を作っていたのだ。

 ひげは乾燥させようと思いながら、沸いたお湯の中にトウモロコシを入れていく。

「全部ゆでるのか?」

 後ろから鍋をのぞき込みながらエーリックが尋ねた。

「その方がおいしく保存できるの」

 トウモロコシは収穫したらなるべく早くゆでたほうが美味しいのだ。

 ゆであがったものをお湯からとりだして、ザルに乗せて冷ます。


「おやつ!」

「だめだルーク、まだ熱いぞ」

 手を伸ばそうとするルークをエーリックが制するその隙に一本を少し切って、息をかけながら冷まして粒を手にとった。

「……うん、甘い!」

 これはまさにトウモロコシの甘さだ。

「あまい、ちょーだい!」

「はいはい。すぐに飲み込まないで、ちゃんともぐもぐしてね」

 一粒を取って、薄皮から中身を押し出すようにしてルークの口の中に入れる。

 小さな口がむぐむぐと動いた。

「甘い?」

「あまい!」

「はい、エーリックも」

 数粒を取ってエーリックの口の中にいれた。

「……確かに甘くて美味いな」

「でしょう」

「もっと!」

「はいはい」

 ルークとエーリック、そして自分の口にトウモロコシを運んであっという間に一本の半分を食べてしまった。


「もっと」

「もうおしまい。また後でね」

 まだ欲しがるルークをなだめると別のお皿に一本乗せた。

「これはリンちゃんに持っていくね。きっと喜ぶから」

「ああ」

 手を振るルークとエーリックに見送られて、家を出ると隣の温泉宿へ向かった。

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