41 君はどうする

「カッコいいー!」

 リンちゃんが大声で叫んだ。

「ちょっとリンちゃん、静かにしないと」

 袖を引いたけれどもう遅く、王子様たちがこちらを見た。


「聖女の声……?」

「あーあ、もう」

 せっかく隠れていたのに。

「だって魔王様がカッコ良すぎるんです!」

 そう答えて、リンちゃんは王子様たちのほうへ歩いていった。

「情けないですね。偉そうなことばかり言って、まったく歯が立たないじゃないですか」

 リンちゃんは王子様の前に立つと仁王立ちで見下ろした。

「私もヒナノさんも今幸せなんで、放っておいてください」

「……魔物といることが幸せか」

「ええ、幸せです。ねえヒナノさん?」

 振られたので、仕方なく私もリンちゃんたちの側へと行った。


「ヒナノ……」

「そうですね、私も今とっても幸せです」

 私を見上げた王子様に向かってそう言った。

「魔物といっても人間とあまり変わらないですし、皆さんいいひとです。それに権力やら主導権やらの争いがない分、ここの方がずっと平和です」

「それは……」

「この世界に無理やり召喚された時は、腹立たしかったし悲しかったですけれど。魔物のひとたちや新しい家族と出会えたことには感謝しています」

 私はエーリックへ視線を送った。

 そう、召喚されなければ彼とも出会えなかったし、お腹の中にいる子も存在しないのだ。

「私とリンちゃんはこのまま魔物たちと一緒に生きていきますから、心配しないでください」

「そういうことです。私たちのことはもう忘れてください」

 リンちゃんも王子へ向かってそう言った。


「……」

「くっ……」

 視線を落とした王子様の隣で、魔術師の人が身体を起こした。

「魔物になど……『サンダー』!」

 手を突き出すとその手のひらから魔王さんに目がけて光が放たれた。

 魔王さんはそれを避けることもなく、光の筋はただ魔王さんを通り抜けただけだった。


「……効かない……?」

「私に君たちの魔法は効かぬ」

 魔王さんはゆっくりと立ち上がった。

 それから、ただ一人その場で立っているロイドの前へと歩み寄った。

「勇者。聖女たちはああ言っているが、君はどうする」

「え……」

「迷っていたのだろう? まだその剣を振るい、魔物を傷つけるか?」

「……僕、は……」

 ロイドは視線を落とした。

 その先には手に握られた勇者の剣がある。


「僕は……もう、不毛なことはしたくない」

 はっきりとロイドはそう言った。

「なんのために……どうして魔物を傷つけるのか、いくら考えても分からないんだ」

 するりと剣が手から抜けると、床に落ちる音が鳴り響いた。

「考えても無駄だ。正当な理由などないのだから」

 魔王さんがそう言うと、床に落ちた剣が鞘ごと粉々に砕けた。

「勇者の剣が……」

「ばかな」

「この剣は二度と元には戻らぬ」

 目を見開いた王子様たちを見渡して魔王さんは言った。

「太陽神の祠は聖女が破壊したからな」

「聖女が!?」

 魔術師たちがざわついた。


「王に伝えよ。我らは襲われなければ人間を襲うことはない。だがまた勇者や聖女を担ぎ上げ、我を狙うようなことがあれば容赦しないとな」

 再び魔王さんが手を上げた。

 広間が光に満たされる。

 光が消えたあとにはロイドだけが残されていた。


「他の者たちは国へ送った」

 周囲を見回したロイドに魔王さんが言った。

「君はどうする。望む場所へ送ってやろう」

 ロイドは魔王さんを見て、それからリンちゃんを見た。

「リン……勇者の祠を破壊したって、本当?」

「そうよ」

 悪びれた様子もなくリンちゃんは答えた。

「あの石がある限り勇者の剣は復活するんでしょう。だったら元を壊しちゃえば早いじゃない」


「そう……君ってそういう人だよね」

 ロイドは苦笑した。

「ずっとこの城にいるつもりなの?」

「そうよ。今ヒナノさんに家事を色々教わっているの」

「楽しい?」

「ええ、とっても」

「そう。良かった」

 笑顔になると、ロイドは魔王さんに向いた。

「僕は一度王都に戻ります。国王に会って、勇者を辞めると伝えてきます。――剣を失ったからもう勇者ではないんですけど、けじめとして」

「そうか」

「リン、元気でね」

 リンちゃんにそう言って、ロイドは私を見た。

「ヒナノさん。リンをよろしくお願いします」

「うん。勇者を辞めて、そのあとはどうするの?」

「それは……これから考えます」

 ロイドは頭を下げた。

「それでは失礼します」

 光に包まれるとロイドの姿はゆっくりと消えていった。


「彼はいい子だね」

 礼儀ただしいし、リンちゃんのことを心配していて。

「そうですね。……ロイドがいなかったら、とっくに逃げ出していたかもしれません」

 ロイドの消えたあとを見つめてリンちゃんは言った。

「……私、一人っ子なので。ロイドみたいな兄弟がいたらいいなと思ってました」

「そうなんだ。彼も幸せになれるといいね」

「はい」

 リンちゃんは小さくうなずいた。


「ヒナノ」

 エーリックが側にやってきた。

「これで諦めてくれるかな」

 私はエーリックを見上げた。

「諦めないと困るな。これから忙しくなるんだから」

 エーリックは私のお腹へ手を回した。

 そうだよね、これからこの子を育てていかないとならないんだもの。

 子育てしながら、温泉を管理して魔物を癒やして。

 これまでのようにのんびりと過ごしていられないと思うけれど……でも、とっても楽しみだ。

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