40 ずっと安心して生きていられる
「騎士が増えましたね」
リンちゃんが小声で言った。
確かに、前にこの城に来た時よりも数が増えているように見える。
「あ、あの黒い鎧の人、騎士団長ですよ」
リンちゃんは一人の男性を指した。
「なかなかのイケオジなんですけど、奥さんがいるんですよねー」
「……リンちゃんの好みに合う人って、ほとんど結婚してるんじゃないの?」
「そうなんですよ」
はあ、とリンちゃんはため息をついた。
「だから魔王様が結婚していないのがむしろ不思議で」
「一度番を失った魔物は、その手の欲が減るそうよ」
イルズさんが言った。
「だからブラウも結婚していないし」
「そうなんですね」
「でも閣下には結婚して後継を残してもらわないとならないのよね」
「欲情してもらえるよう頑張ります!」
リンちゃんが握り拳を作って応えた。
この第二魔王城にリンちゃんが来て二カ月ほどたった。
人間のリンちゃんは、浄化魔法が使えるとはいえ瘴気が強い本来の魔王城には長く滞在できない。
だからこの城に住んで、料理や畑仕事を覚えたり、温泉に来る魔物の様子を見たりといったことをしていて、「ヒナノさんが産休に入る前に一人でできるようになります!」と張り切っている。
そう、私は妊娠した、らしい。
まだ極初期で自覚は全くないのだが、魔力が変化するらしく魔物たちには分かるのだそうだ。
みんな私を見るなりすぐに喜んでくれた。
まだ男女どちらかまでは分からないが、生まれる時まで教えないでと頼んである。
リンちゃんはここでの生活を送りながら、魔王さんにアピールし続けている。
魔王さんはリンちゃんに距離を置いているように見えるのだが、ブラウさんは「閣下はまんざらでもなさそうだ」と言っている。
「若い子に迫られるのが慣れていないのね」とイルズさんは笑っていた。
私たちは魔王城の広間の奥、柱の陰から魔王さんと勇者一行が対峙するのを見守っていた。
「聖女を返してもらおう」
王子様が言った。
「それからヒナノ。彼女も人間だ、我らの国で二人を保護する責任がある」
「え、私も?」
「あー。王子って、ヒナノさんに一目ぼれしたみたいですよ」
目を丸くしているとリンちゃんが言った。
「なんだと」
エーリックが低い声を出した。
「結婚してるって言ったんですけどね。赤ちゃんもいるって知ったらどうするんでしょうね」
「一目ぼれ……私に?」
王子様が?
「ヒナノさんモテますからね」
「そうなの?」
え、知らないよ?
「そういえば、いつも王子についているアリスターって魔術師の人が、私の代わりにヒナノさんを婚約者にすればってそそのかしてましたね」
「王子は殺しておくか」
エーリックの声がさらに低くなった。
「それはダメだよ」
そんなことをしたらこじれるし大問題になるからね。
「二人はこの地で我らと共に生きることを望んでいる」
魔王さんの威厳のある声が響いた。
「彼女らの望みをかなえることが、異世界から無責任に召喚した君たちが唯一果たせる責任ではないのか」
「そうよね、そうよね」
リンちゃんはこくこくとうなずいた。
「さすが魔王様。人間よりずっとまともなこと言ってますね」
「確かに……」
勝手に召喚した上にこき使われる人間の国にいるより、魔物たちと一緒にいたほうが、ずっと安心して生きていられる。
リンちゃんも「ここへ来てから初めて楽しくご飯食べられたー。お風呂も入れて幸せー」と泣いていた。
好きな人たちと楽しくご飯を食べられることは、とても大切なんだ。
改めてそう思った。
「人間が魔物と共にいて幸せになれるはずないであろう」
魔王様を見据えて王子様が言った。
「二人は返してもらう」
王子様が手を振り上げると、騎士たちが一斉に剣を抜き構えた。
「かかれ!」
号令で魔王さんに向かって走り出す。
それを見つめながら魔王さんも手を振り上げた。
「ぐっ」
「身体が……っ」
ロイド以外の騎士や魔術師たちが次々とその場に崩れ落ちていく。
魔王さんが振り上げた手の指をパチンと鳴らすと、剣や杖が一瞬で粉々になった。
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