39 ヒナノさんだからです

「リンちゃん!」

 え、神様の前で石を壊すの?

『巫女よ……そなたはどうしてそう短絡的なのだ』

 あきれたような太陽神の声が聞こえた。


「自分勝手なひとに文句言われたくないし」

 リンちゃんは杖を振り回してそう答えた。

「私の力で呪いの力を浄化しちゃえば、もう勇者の剣は復活できなくなりますよね」

『そなたは魔物の味方をするのか』

「人間だけの味方じゃないんで。中立というか、両方の味方? あ、でも魔王様と結婚したいから魔物の味方かも」

『そなたのほうが自分勝手ではないのか』

「神様が自分勝手だから私も自分勝手にするんです。勝手に召喚されて聖女にされて、一年以上もあちこち連れ回されて。いい加減終わらせたいんですよ」

 むっとした顔でリンちゃんは言った。

 そうだよね。リンちゃんはあちこち行かされているんだもの、つらいよね。


『それがそなたの役目だ』

「役目なんて知らないし。誘拐犯の言うことなんか聞く気ないですから」

『神に逆らうのか? 私はこの世界を創ったのだぞ』

「生みの親が偉いから逆らうなって? ――私の大嫌いな言葉ですね」

 グリフィンをにらみつけてリンちゃんは言った。

「生まれた子の人生は子のものであって、親のものじゃない。何が偉くて何を選ぶかは自分で決めますから」

 リンちゃんの杖が白く光った。

『その石を壊せば人間は二度と我の力を得られなくなるぞ』

「いいんじゃないですか。異世界から女の子誘拐してきたり、国の中でくだらない権力争いしたりしているような人たちにはいらないと思いますけど」

『そなた一人の一存で決めるか』

「責任なら、私を召喚した人たちにありますから」


「え、待ってリンちゃん。魔物を呪わないよう神様にお願いしに来たんだよね?」

 本当に壊す気?

「そうなんですけど。召喚されてからのこと色々と思い出したらすっごくムカついてきたんで。いいですよね」

「え……」

 杖から強い光があふれだした。

「あ、グリフォン!」

 石の上にいるグリフォンに手を伸ばすと羽を広げて飛び上がった。

 グリフォンが離れた次の瞬間、石が白い光に包まれた。

 腕の中へと飛び込んできたグリフォンを抱きとめるとぎゅっと目を閉じる。

「ヒナノ!」

 背後からエーリックの声が聞こえて抱きしめられるのを感じた。



 光が消えたのを感じておそるおそる目を開けた。

「うわ……」

 石は粉々に砕けていた。

「壊しちゃって大丈夫なの?」

『大丈夫なわけがないであろう』

 腕の中から太陽神の声が聞こえた。

『愚か者めが、ひとのものを勝手に壊しおって』

「そもそも、魔物へ呪いなんかかけるのがいけないと思うんですよね」

 悪びれたようすもなくリンちゃんは言った。

『魔物とは瘴気の塊だ。この世界には不要なものであろう』

「元は瘴気とやらだったかもしれませんけど。魔物だって人間や動物と同じように生きてるじゃないですか」

 リンちゃんはブラウさんのほうへ視線を送った。


「さっきも言いましたけど、生まれたあとの人生はその人のものなんですよ。誰であっても生きることを否定されたくありませんね」

 リンちゃんは両親が離婚後、お母さんとの間に色々あったと聞いている。

 詳しくは知らないけれど……多分、さっきの言葉はそのことと関係あるのだろう。

 自分と魔物を重ね合わせたのかもしれない。

「っていうか、文句があるなら止めればよかったじゃないですか」

 視線を私の腕の中にいるグリフォンへと戻してリンちゃんは言った。

『我が力はこの世界へ光を与えるのみ。それ以上の影響は媒体を通してしか使えぬ。それをおぬしは壊したのだ』

「ふうん、じゃああとはもう口しか出せないってことですね」

「リンちゃん……相手は神様なんだから」

 もうちょっと優しくというか、敬意を持ってあげないと。

『テルースの巫女のほうがよほど巫女らしいな』

 グリフォンは私を見上げた。

「巫女らしいとかじゃなくて、ヒナノさんだからです」

『――まったく、なぜルーナはこの者を選んだのであろうな。もうよい、好きにすればよい』

 グリフォンの身体が光に包まるとすぐにその光が消えた。


「ギャッ、ギャッ」

「神様は帰ったの?」

 腕の中で鳴くグリフォンにそう尋ねると尻尾が揺れた。

「太陽神とか言って、本当に太陽にしかなれないんですね。石を媒体にしないと力を与えられないとか」

 だからリンちゃん、神様相手に辛辣だってば。


「これで、あとは勇者の剣を壊せばいいと思います」

 リンちゃんはブラウさんを見た。

「……イルズの言っていた通り、君は強いんだな」

 少しあきれたような表情でブラウさんは言った。

「強いんじゃなくて、心が折れないようにしてるだけです」

 そう答えてリンちゃんは私を見た。

「それに私もヒナノさんみたいに、この世界で幸せになりたいし」

「リンちゃん……」

「私の幸せは魔王様と結婚することなんで! さっさと勇者の剣を壊しましょう!」

「ギャ!」

「ねー、幸せになりたいよねー」

 一緒になって声を上げたグリフォンの頭をなでるリンちゃんが、本当に幸せになって欲しいと心から願った。

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