第35話 ヴァージニア共和国の巫女
半蔵国俊――徳川十二神将のひとり服部半蔵正成が所蔵したことで知られる短刀で、懐剣というよりは忍び刀に近い。
史実の服部半蔵は伊賀忍者を指揮する立場にはあったが、本人は別に忍者ではなく一流の槍の使い手であった。
しかしこのヒノモト帝国では違う。
服部半蔵といえば天下四忍の一人であり、まず最初に名があがる人物である。
そして風魔忍軍の風魔小太郎、甲賀忍者の鵜飼孫六、越後忍軍の加藤段蔵と続く。
ことに幻惑・変化の術を得意としており、半蔵は天下一を謳われたほどの忍者であった。
幻惑という意味では甲斐の飛び加藤や果心居士も有名であるが、彼らは著名な刀工による武器を持たなかった。
その半蔵が愛したとされる来国俊は、いつしかその身に変化の術を備えるようになったというわけだ。
もちろん、幼くしてそれを使えるようになった芙蓉の才能がずば抜けていることは言うまでもない。
「まさかすぐ身内に覚醒者がおるとは思わなかったわい……」
対竜神具の覚醒者となれば、大切な孫といえども対竜の特別な訓練を受けさせるとともに軍への協力を求めざるを得ない。
九鬼の血脈を誇らしいと思うとともに、正宗は可愛い孫が生命のかかった対竜の場に引き出されるのを不憫に思うのだった。
「芙蓉はすごいな。もう少し大きくなったら本当に顕現までいけるかもしれない」
「芙蓉は、芙蓉は……きっと弥助様のお役に立ちますわ!」
(さすがに禿に顕現は無理でありんす)
「あと二年は頑張らないとな」
「二年頑張ったら弥助様の隣に立てるのですね!!」
「うん? 対竜神具の担い手という意味ではそういうことになるのかな?」
(主様は野暮でありんすなあ…………)
「芙蓉は死ぬ気で頑張りますわ!」
「そのためにはまずもう少し大きくならないとな」
ぽん、と頭を弥助に撫でられて、芙蓉は急速に赤面したかと思うと鼻から血を噴き出した。
「ちょ、いきなりどうした芙蓉!?」
「しっかりするのじゃぞ芙蓉! ええいっ! 早く医者を呼ぶのじゃ!」
「ふふふふふふふ……久しぶりのこの感触、たまりませんわ~~」
妄想力のたくましい分、生の弥助との接触は刺激が強すぎたのか、芙蓉はそのまま熱を出し数日を棒に振ってしまうのだった。
「あああああ! 私はなんと無駄な時間を…………」
復活した芙蓉が、再び弥助の前に現れる日は近い。
横須賀基地に一隻のクリーブランド級軽巡洋艦ヒューストンが入港した。
ヴァージニア共和国に残された海軍力はごくわずかであり、かつて太平洋と大西洋に覇を唱えた強大な力は失われた。
現在のヴァージニア共和国海軍は、まだ建造中であったために破壊を免れたアイオワ級のイリノイとケンタッキーとインディペンデンス級の軽空母数隻ほどが主力となっている。
そうした意味で、貴重なクリーブランド級軽巡洋艦が、単艦で他国を訪れるというのは異例なことであった。
「ワオ! ヒノモト久しぶりね」
「おいおい、観光に来たわけじゃないぞ?」
「アイノウ! でも、早くスキヤキ食べたいね!」
およそ身長百八十センチに達するであろう長身に、非常にメリハリのついた魅惑的な肉体の少女は快活に笑った。
「お迎えはまだかしら?」
褐色の肌にヴァージニア共和国海軍二種軍装が美しいコントラストを描いている。
「巫女の勘でわかるんじゃないのか?」
「生憎とここの精霊とは相性がよくないのよ」
「そりゃアリゾナの精霊とヒノモトの精霊は違うだろうがね」
彼女は美しい青い瞳を閉じると、胸に手を当て謡い始めた。
するとどうだろう。小さな光が彼女の胸元を取り巻くように踊り始めるではないか。
「いい子ね。力は弱いけれど、この国の精霊は優しいわ」
ヒノモトは四季に彩られ、水も豊富で比較的気温も温暖な国である。
乾いた土地に熱波が突き刺さる、アリゾナの精霊が気が荒いのも無理はない。
「頼むぞスカーレット中尉。我が国はこれ以上この国に借りを作るわけにはいかんのだ」
「了解(ヤー)」
おどけた表情で綺麗な敬礼をしてみせる。
彼女は合理主義のヴァージニア共和国で生き延びた数少ない精霊の巫女であった。
オピ族の暮らすアリゾナで精霊の守りびとであった彼女は、竜の侵攻とともに共和国海軍に特務中尉として召喚された。
今やヴァージニア共和国の守りは、彼女の一族と弟子の協力なくしては成り立たないと言われる。
そんな掌中の珠であるスカーレットをヒノモトへ派遣する決断をしたのはなぜか?
世界の盟主を自認していたヴァージニア共和国の現状は悲惨である。
一国で全世界と戦えると言われた軍は三流に転落し、豊かであった巨大農場は放射能に汚染されて戻らない。
大規模油田もまた竜に破壊されて復旧もままならず、大西洋と太平洋を竜に挟まれてしまったヴァージニア共和国は他国の支援も期待できない状況にあった。
そんななか竜との交戦データの提供や物資支援を行ってくれたのが、つい先日まで敵として戦っていたヒノモト帝国であるというのはなんたる皮肉か。
もっともその代償として、ホノルーをヒノモトに租借され、海上交通路の大半をヒノモトの支配下に置かれてしまっている。
このままではヴァージニア共和国を生かすも殺すもヒノモト次第となろう。
今後の生き残りと復興を懸けて、ヴァージニア共和国がいまだ侮りがたい力を有しているところを見せつけなくてはならない。
対竜人類軍事同盟がついに竜に対する反撃を開始する。
その決定を受けて本国政府は虎の子のスカーレットの派遣を決断したというわけだった。
「政治というのは面倒なものね」
「竜を倒さなければ人類に未来はない、というのも事実さ」
立場上スカーレットの上官にあたる男の名をアーレイ・バークという。
かつては駆逐艦乗りとして知られ、31ノットバークの愛称でヴァージニア共和国海軍の名物男となった。
次代の海軍本部長と目されているエリートだが、現在は対竜の最前線を委ねられている。
彼がスカーレットに同行したのは、スカーレットが、ひいてはヴァージニア共和国が対竜作戦において一定の発言権を確保するためであった。
「友人が生きていればもう少し楽だったのだがな」
「へえ、少将もヒノモトに友人なんていたんだ」
「ああ…………海軍士官学校(アナポリス)時代に縁があってな」
懐かしそうに天を仰ぐと、アーレイは空襲からの被害を免れた横須賀のシンボル、戦艦三笠を眺めた。
「鬼山多聞――奴の息子がドラゴンスレイヤーとは妙な縁もあったものだ」
え? 幕末最強剣士がドラゴンスレイヤーに? 高見 梁川 @takamiryousen
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