第34話 新たな対竜神具
「芙蓉? 芙蓉なんで?」
屋敷まではまだ数百メートルほどの距離があるはず。
まさかこんな早くに襲撃、もとい出迎えを受けるとは予想していなかった正宗は惑乱した。
この距離で車の排気音にきづくとは、いったい芙蓉の耳はどんな性能をしているのか。
「弥助様! 弥助様の芙蓉が参りました! お会いする日をこの芙蓉、一日千秋の想いで待っておりました!」
可愛らしい小袖姿の芙蓉が、送迎のベンツに立ち塞がる。
ある意味ホラーじみた光景であった。
「これっ! 芙蓉! 車の前に飛び出してはならんぞ!」
「弥助様! 弥助様はいずこに?」
正宗の言葉などまるで耳に入っていない。
狂気さえ感じさせる幼女の迫力に驚きながらも、それ以上の驚きをもって弥助は尋ねた。
「…………なんで女装なんてしてるんだ? 芙蓉?」
「はい?」
「「あああああああああああああああああああ」」
正宗と葉月は二人そろって頭を抱えた。
まさかの芙蓉の襲撃に、弥助に口止めすることも間に合わなかった。
「面白い冗談を言いますのね弥助様」
「まさかのノーダメージ?」
恋する乙女は無敵とはこのことか。
普通に弥助の言葉を受け流す芙蓉に、我知らず背筋が寒くなる葉月であった。
正宗の方はというと、妻と出会った若い日のことを思い出して、やはり震えていた。
「おかしいな。俺の記憶の芙蓉は間違いなく男の子だったはずなんだが」
「芙蓉は初めて会ったときからずっと女の子でございますわ。いっしょに行った三社祭で私の浴衣を褒めてくれたではありませんか」
「いやいやあれは……確かに似合ってはいたぞ? だけど九鬼家の男子たるもの、女装などしていいものかと、正直引いていたんだが」
「あの可愛い可愛い芙蓉の浴衣姿を見て、男の子と間違うのは失礼ではないのかね弥助君」
爺馬鹿を炸裂させた正宗が憤然と弥助に問う。
「だってずっと男だと思ってたから…………そうだ!」
決定的な記憶を思いついて弥助はぽん、と膝を叩く。
「芙蓉、お前俺といっしょに立ち〇ョンしてたじゃん!」
「いやいやいや、それは無理じゃろ」
「あまり女性に恥をかかせてはいけませんよ? 坊っちゃま」
葉月まで思わず擁護に回るような暴言を吐く弥助であったが、それを聞いた芙蓉の顔色がみるみる変わっていった。
「しまったですわああああああああああああ!」
弥助と仲良くなりたいばかりに、男の子のふりをして野山を遊びまわったまではよかった。
そのなかで、正体がばれないためにある力を使ってしまったことを、芙蓉はようやく思い出したのである。
「私としましたことが……これほどの大事を綺麗さっぱり忘れていたとは不覚でした」
「どうして身に覚えがあるようなことを言うのじゃ芙蓉?」
産まれたときから手塩にかけて世話をやいてきた正宗は、紛れもなく芙蓉が女性であることを知っている。
男についているべきものがついていないのは確かなのだ。
「誤解を解く機会はいくらでもあったというのに……私の馬鹿」
「ほほほ、本当に弥助君と立ち〇ョンしたというのか? 芙蓉が?」
「お爺様うるさい」
「ぐはっ!」
達人の領域たる正宗の横腹に、芙蓉は手加減なしの肘打ちを流れるように撃ちこんだ。
その身のこなしはさすがは九鬼家の血を引く直系であり、さらには――
「なるほど加護、か」
「さすがは弥助様ですわ」
納得した顔の弥助についていけない正宗と葉月が首を捻った。
「どういうことじゃ?」
「芙蓉が対竜神具の精霊の加護を受けているということです。あんな小さいころからとは、よほど相性が良かったのでしょうね」
「なんだとっ?」
これまで爺馬鹿丸出しであった正宗の顔が、第一線の武人の顔に戻る。
正宗の対竜神具が相州正宗であるが、孫の芙蓉に渡した対竜神具といえばひとつしかない。
だがあれは実戦で使うようなものではなかったはずだ。
「芙蓉? 今もあれを持っているのか?」
「もちろんですわ」
嫣然と笑って芙蓉は袂を指さした。
さすがに堂々と帯に差すわけにはいかないので、袂のなかに隠し持っているらしい。
「来国俊短刀八寸――私の大事な懐剣ですもの」
来国俊は鎌倉後期の刀工で、山城国(現在の京都)で活躍した。
山城伝で名高い来派のなかでも、おそらく最も高名で人気のある刀工であろう。
重ねが厚く小板目肌が美しい。
美しさのなかにも恐ろしいほどの切れ味と力強さがあり、戦国時代毛利家、前田家、徳川家など名家が家宝として扱かったとされる。
作刀では太刀と短刀が多く、芙蓉が持つものはその中でも小さな懐剣と呼ばれるものであった。
懐剣とは、和装で帯に差すことの多い呼んで名のごとくふところがたなである。
女性が身を守るため所持する武装としても知られる。
それにしても来国俊を孫の懐剣にとは、さすがは四鬼家筆頭の九鬼家ならではの贅沢であった。
(主様、その来国俊、目覚めてありんす)
「あの頃はまだ芙蓉は六歳か七歳だぞ? そんな前から覚醒を?」
(よほど相性がよいんでありんすなあ)
一流の対竜神具が自ら主を選ぶことは割とよく知られている。
女郎兼光も代々鬼山家の直系が選定の儀を経て、主として選ばれてきた。
しかし単に使い手として選ばれるだけでは二流である。
一流の神具には意思が宿る。
通常は眠っているその意思を覚醒させ、コミュニケーションを取れるようになって一流。
弥助のように精霊化を成し遂げて超一流。
さらに精霊化した刀と精神的な合一を成し遂げるのは、伝説の領域でしか成し遂げたものがいない超超一流というわけだ。
芙蓉の言葉が事実であれば、芙蓉はほとんど訓練もしない幼少期から来国俊と言葉を交わす覚醒を成し遂げていたことになる。
「私としたことが……半ちゃんに頼んで変化してもらったのをすっかり忘れていたですわ……」
「変化?」
「来国俊八寸――半蔵国俊は変化の異能があるのです」
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