愛を知らない獣

リディクュ・ルェメント

ここにいる自分という他の誰かへ


 愛ってなんですか、恋とは食べられるものですか?


 貴方は田舎の祖母の家で生まれました。

 祖母の家族は三人兄弟と末娘が一人。

 貴方はその末娘の一人息子として生まれました。


 母は男運がなく、この後に出てくる貴方の 義父も人としてどこかオカシイ人でした。


 貴方は4歳の頃、田舎の祖母の家から東京へ出てきました。

 病弱な母と暴力的で頭の硬い義父。

 そんな二人に連れられて最初に住み着いた場所は親戚の家でした。


 記憶もおぼろげなその場所では確か年上の従姉妹にいじめを受けていました。

 内容はもう思い出せませんが…いや、思い出すことを嫌がるほどのいじめだったはずです。


 それから貴方はとある会社の寮の管理人家族として管理人室にすみました。

 近くには大きな公園もあり、年上でありながらもどこか子供っぽい友達と遊んでいた記憶があります。


 しかし、毎日遊んでいたわけではありません。

 その頃貴方は保育園生でした。

 義父が何故か九十九を覚えさせようとしました。


 1の段と5の段と9の段を5分で覚えろというのです。

 一つ間違えればなんの手加減もない拳が飛んできました。


 そんな生活がしばらく続き、あなたに弟が生まれました。


 そして理由は不明ですが管理人を首になったことでまた引っ越しすることになりました。


 その時すでに貴方は小学生でした。


 引っ越した先は普通の一軒家…だったと思います。


 そこでの記憶も曖昧であまり覚えていません。


 そこで友達を作りました。

 友達と遊ぶ約束をしたりおそらく楽しい時間もあったでしょう。


 しかしやはり、義父はそれを許しませんでした。

 その友達はアトピーを発症していたのです。

 アトピーは伝染ると言われていたので貴方は義父に押し入れに閉じ込められたり、ベランダに放り出されたりしました。


 そして、ついには流血するほど殴られたりしました。


 最終的に義父が投げた皿が外に飛んでいき、それを見た近所の方が通報し、一時保護所に預けられることになりました。

 この日まで、義父は弟にかまってばかり。

 母も暴力的な義父に反抗する意思がなく、逆にあなたを虐めていました。

 裸足で追い出してみたり股間を蹴ってみたり。


 一時保護所も散々なものでした。

 貴方は決して容姿が良いとは言えなかったため、同じ保護書の女子からは嫌われ男子からも無視されていました。


 その後、福祉施設に預けられることになります。

 その福祉施設は他の施設よりかは治安の良い施設でした。


 が、必ずどこかの窓が割られ、食事中に食器が飛び交ったり、本が投げ合われていたり、居間に何かをおいておけば必ず取られてしまいました。


 そこで貴方は砕けたガラスで足の裏を切ったり、壁に顔を押し叩かれて歯を折ったりしました。


 その後、何度か義父や母、弟と面会をして、泊まりに帰って、ついには家に帰えることになりました。


 施設では職員と保護児童としてしか触れられませんでした。


 帰った先では母に慰められ、義父に謝られる…

 そんなことはありませんでした。


 体が大きくなったことでむしろ義父からの暴行は激しくなり、あなたが殴られることで自分は殴られないとわかった母ももはや何も言いませんでした。


 そしてあなたが中学生なったとき、義父は酒に酔いながら言いました。


「お前が女だったり俺は殴ったりしないんだよ」


 今思い出すと怖くて仕方ありません。

 殴ったりしない、かわりに性的暴行を加えると、言外にそう言われたのです。

 あなたの母は決して容姿が悪いわけではありませんでした。

 あとはお察しできるかと思います…が、あえてここに。


 貴方はおそらくたとえ子供が作れる体であろうとなかろうと純潔を散らし、義父の道具として扱われます。

 モノに勉学などいらないと学校にも行かされず、永遠と濁った欲望を叩きつけられます。

 オルストロの猫という話を知っていますか?


 三匹の猫をそれぞれ別の方法で育ててみたという実験です。


 一匹は永遠と暴力をふるい芸を仕込ませる。


 一匹は好きなことをさせながら芸を仕込ませる。


 一匹は関心に何も示さずに芸を仕込ませる。


 結局芸を覚えたのは最初の暴力を振るわれていた猫だけでした。


 二匹目は過食で死に、三匹目は衰弱死しました。


 猫だから、こうなったと思いますか?


 人でも変わらないとは思いませんか?


 だって生まれたばかりの存在は何も理性的なことは知らないのですから。


 少し前に有名になった孤児院の話も無駄な知識をつけさせたから脱出できたのです。


 どこかの誰かが偉そうに知らないことを罪と言いました。

 知らせないことは罪ではないのでしょうか?

 調べることすら知らないなら罪と言えないとは思いませんか?


 話がそれました。


 その後義父は自分から貴方が通っていた学校に自分が虐待していると自慢気に語り貴方は再び保護所に送られ、福祉施設に預けられました。


 中学生でニキビが多い貴方は誰からも愛されませんでした。


 さて、ここからは特に何かあったわけではありません。


 中学を卒業し、高校を卒業し、社会に出て来ています。


 そしてふと恋愛と書かれた本を手に取ってみました。


 読んで読んで読み終えて、やっと自分がどこかオカシイことに気が付きました。


 メッセージアプリを開くと母が楽しそうに自分のおかれた状況を話してくれます。


 手術があった。


 殴られた。


 私の買った車をかってに乗り回している。


 息子が学校に行かない。


 ねえ、お母さん。

 貴女は私が学校に行かされなかったとき、一度でもアイツに反論しましたか?

 貴女の目の前で私が殴られたとき、一度でも庇いましたか?

 私がやっていたゲームのデータを勝手に消したアイツに一言でも文句を言いましたか?

 私が栄養失調で死にかけているのに気が付きましたか?


 貴女は私の何なんですか?


 私は何なのでしょうか?


 家族ってなんですか?

 その間に愛ってあるんですか?

 なら、愛ってなんですか?


 施設の職員は言いました。


「君の意見は母親の話しか聞いていないから父親を悪者扱いしている」と。


 この前、バス停で楽しそうに話している人がいました。


「父親の話を無視するとか最低だよね」と


 アレは父親なんですか?

 父親とは、暴力をふるい、酒に酔い、タバコを吹かし、義理とはいえ息子にタバコの灰が入った酒をかけ、何時間も正座させトイレに閉じ込め、包丁を取り出してお前を刺すと脅すものなんですか?


 どうか誰か教えてください。


 愛ってなんですか?


 

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愛を知らない獣 リディクュ・ルェメント @TomPhan

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