普遍的高校生

河伯ノ者

ニンゲンダモノ

 私はみんなと同じ姿をしているだけで多分、人ではないのだろう。

 普遍的な風景にいるはずの私を中から覗き込む私。冷ややかな目で見下ろすそれを、私は見て見ぬフリをしていた。

 そんな目をしないでよ、どうせアナタは見てることしかしないんだから。


 ―――バケモノノクセニ。


 中二病めいたこの感覚は年相応のものなのだろうか?

 いやいや、これを健全と呼ぶにはあまりにも暴力的だ。テロリストが教室に来た時の妄想をする男子の方が、まだ幾分か健全的と言えるだろう。

 デートの最中だというのに、私の中の私は空気も読まずに私を見つめている。

 せっかく彼が誘ってくれた遊園地もこうなっては興醒めだ。

「次はジェットコースターに乗ろうよ!」

 私は彼の手を引いて絶叫マシーンのコーナーへと歩いていく。

 彼の嬉しそうな顔を見ているだけで愛おしくて堪らなくなる。こうしている時は私の中の私もナリを潜めてくれるようだ。

 一通り楽しんだ私たちは、恒例行事のように観覧車へと乗り込んだ。

 日の落ちる夕暮れの中、登っていく観覧車の中で彼は私に話しかける。

「これ、受け取ってくれないか?」

 それは綺麗なネックレスだった。

 シルバーのおしゃれな装飾の入ったネックレス。それでも高校生にとっては高い買い物だ。

 ううん、金額なんてどうだっていい。彼がくれたものというだけで、私にとってはどんな宝石よりも価値のあるものだ。

 だからこそ……。

『……これを投げ捨てたら、彼はどんな顔をするのだろう』

 私は堪らず何度も首を振る。

 彼はコレを私が嬉しい時にする癖だと思っている。

 ブンブンと振られる首を見て、飼ってる猫もたまに同じことしてるよ、なんて彼は笑って受け入れてくれた。

 私は俯き、ニヤける顔を整える。

 ”ありがとう”なんて可愛らしく微笑んでプレゼントを受け取る私を、彼は抱きしめてくれた。

 嗚呼、壊したい。

 これを彼の目の前で引き千切って地面に叩きつけたら、きっと彼はとても悲しい顔をするのだろう。それとも激怒して私を罵るだろうか?

 そんな考えをするだけで私は思わず恍惚としてしまう。

 どちらにせよ、私に愛を囁くその口から二度と愛してるなんて言葉は聴けないのだろうと思うと、私は悲しい気持ちになった。

 嬉しい。彼はこんな私を愛してくれているのだ。

 本当は謝りたい、こんなことを考えてごめんなさいと。

 だが、それはしてはならないことだ。そんなことをしては私はきっと嫌われてしまう。そうなったら私は生きてなどいけない。

 だから私は彼に愛を囁く。

 

 初めは、母がくれた着せ替え人形だった。

 贅沢はできないくらいで普通の家庭だった私にとって、プレゼントといえば誕生日かクリスマスくらいのものだった。

 だが、その日はなんでもない日だったというのに、母は綺麗な包装紙に入ったつつみを私にくれた。

 きっと、少ない稼ぎを切り詰めて、私の為に買ってくれたであろうその包は当時、流行りの着せ替え人形だった。

 だが、私が欲しくて欲しくて堪らなかった人形を貰った時に心に浮かんだ言葉は『コワシチャエ』だった。

 優しく微笑む母。

 女手一つで私を大切に育ててくれた母。

 そんな母の目の前でこれを壊して『ダイキライ』と言ったら、母はどんな顔をするのだろう、と私の中の怪物が嗤っていた。

 あってはならない思想に幼い私は怖くなった。

 なんでそんな考えが浮かぶのか、と怖くなった私は母の胸に飛び込み泣いた。

 嬉しくて泣いているのだと勘違いする母に私は心の中で謝った。


 それ以来、その怪物は私の中から時折顔を出した。

 母が作ってくれた誕生日ケーキを見た時。

 引っ越しが決まった日、クラスの皆が作ってくれた色紙を貰った時。

 中学に入る時に祖母が制服を買ってくれた時。

 部活で最優秀賞に選ばれて賞状を貰った時。

 私の中の怪物は大きな愛をくれた人たちの絶望を欲しがった。

 私はその度に、居た堪れない気持ちになりながらもそれを隠し通した。

 衝動的に壊してしまいそうになる腕を切り落としてしまえれば、と苦悩した時もあった。

 いっそ、一度何かを壊してしまえば、この怪物は満足して何処かに行くのだろうかと思った時もあった。

 私は、それでも彼らの愛を守った。

 壊したい。壊したい。コワシタイ。楽になりたい。

 きっと壊して、この人たちの顔が歪む姿を見れたら、満足できるのだろう。

 理性の綱渡りは年を重ねるごとに難しくなった。


 大好きだよ。

 心にもない言葉を私は囁く。

 愛なんて私が持っていいはずもない。

 だって私は……

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普遍的高校生 河伯ノ者 @gawa_in

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