第4話

 んん……窓から差し込んだ旭女あさひめが眩しい。

 瞼を刺して来る朝日を恨めしく思いながらもたもたと目を開くと、カーテンがちらりと隙間を空けていて、そこから一筋の光がわたしの顔を横断していた。

 なんてこと……昨日のわたしったらなんでちゃんとカーテン閉めてくれなかったのよ……ひどい。

 仕方がない、起きるか。

 梅雨の朝は冬とはまた違った寒さがあるから、布団を跳ね退けるのも気力が必要だ。

 息を一つ、二つ、吸って、一旦止めて、勢いを付けて上半身を起こすのに任せて布団を半分に折り畳んで梅雨寒に体を晒す。

 ひやりとした冷気に一瞬で目が覚める。

「おはようございます、主様」

 するりとレディ・シルクが扉を擦り抜けて来て、カーテンに手を掛ける。

 ミコトキで取得した未言鬼みことおにはARペットとして日常でも出力できる。

 鬼因子がシルキーであるレディ・シルクは家事が趣味らしく、昨日帰ってきてからあれこれと家の世話をしてくる。

 わたしのデバイスを通して家のIOTを制御しているシステムに介入して電子機器の操作もばっちりだ。今もレディ・シルクが手を掛けたカーテンは自動開閉が機能して、しゃっと全開になって部屋が一気に明るくなった。

「おはよ、レディ・シルク」

「はい。顔を洗ってらっしゃいまし。朝ごはんももうすぐのようですよ」

「はーい」

 かしかしと髪を掻くと細くしなったのが指に絡まる。猫っ毛、湿気が多い日はほんと、イヤー。

 顔を洗って、歯を磨いて、それから今日は平日だから高校の制服に着替えてから、台所に寄る。

 そこでは朝日でまばゆい黄金色に光景ひかりかげている中で、お母さんがしゃかしゃかと朝ご飯の仕度をしている。朝早くから、なんて思うけど、お母さんもお父さんも朝一の畑いじりをしてからの朝ご飯だからとっくに目も頭も体も覚めているんだろう。

 農家って本当に大変で、尊敬する。わたしだって柿もぎとか手伝ってるけど、それくらいだし。

「お母さん、おはよー。運んじゃうね」

尽予つくよちゃん、おはよう。お願いね」

 お母さんが盛り付けてくれたお皿を持って居間に行くと、お兄ちゃんが食卓を出して拭いてくれてた。

「お兄ちゃんもおはよー」

「尽予、おはよ」

 お兄ちゃんと協力して、鯵の塩焼き、お漬物、ぜんまい、お味噌汁を並べてく。

 その途中で外からバイクの音がして、すぐにお祖父ちゃんが玄関から入って来た。

 二人でおはようと朝の挨拶をすると、お祖父ちゃんは土で汚れた手を上げて応えてくれた。ご老体なのに毎朝毎朝畑の手入れをするのは尊敬してます。すごい。お祖父ちゃん、元気。いや、ほんとにわたしより元気なんだよ。

 お祖父ちゃんは濡れたタオルで手を拭くと食卓の一番奥にどっかりと座る。うーん、手はちゃんと洗った方がいいって学校の先生が言ってるよ?

「ほれ、あとはまんま分けるだけだべ。二人も座れ」

「はーい」

 お祖父ちゃんが手を上下に振ってわたし達に着席を促してくるから返事をして従う。お祖父ちゃん、一回言い出したら言うこと聞かないといつまでもごねるので。

 炊飯器を持って来てもらうのはお母さんにお任せします。ごめんね。

「ぬしゃら、きんのの晩もゲームいっとったんだって? どっちさ勝っただ?」

 えーと、昨日の夜のゲームでどっちが勝ったって訊かれてる? お祖父ちゃんは訛りが強くて一瞬言ってること分かんないんだよね。

 お祖父ちゃんに質問されてお兄ちゃんの顔を見ると、バツが悪そうに顔を顰めてた。妹に負けたっていうのは恥ずかしいよね、分かるよ、お兄ちゃん。

 でもお祖父ちゃんは二人して黙っているのは許してくれなくて、ずいと食卓の上に体を乗せてわたしに顔を寄せてくる。

「つぐよちゃん、勝っだか?」

「あー、うん、勝ったよ」

 お祖父ちゃんの圧がすごくて、わたしはあっさり降参する。仕方ないじゃん、我が家の長老に逆らうなんてできないもん。

「そんじいい、そんじいい。丹堂はじょっこのほが強くねかなんね」

 わたしが勝ったと知ってお祖父ちゃんは機嫌良さそうに喜んでる。お兄ちゃんよりわたしの方を応援されても、嬉しいやら歯痒いやら、朝から心をもやもやさせられてしまうと大変なので勘弁してほしい。

「ただいま」

 ちょうどそんなところにお父さんが帰ってきてくれた。ぐっどたいみんぐ。

 お父さんが座ればお母さんも炊飯器を持って来て朝ご飯が始まるから、お祖父ちゃんのお話だって中断される。

「尽予ちゃんの新しい子、家事を手伝ってくれて助かるわ。洗濯機も回してくれて朝ご飯の仕度に集中出来たよ」

「よかった。レディ・シルクも家事が好きみたいだからたくさん手伝わせてあげて」

「ええ、喜んで」

 うんうん、わたしの未言鬼みことおにがお母さんの役に立つなら嬉しい限りだね。

 みんなが揃ったら、お父さんに音頭を取ってもらって、いただきますだ。

 軽くなった心のままにほかほかのご飯を口に運ぶ。うん、お父さんのお米、今日も甘くておいしい。家の子で良かったご飯の度に思えるなんて、とっても幸せ。

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ミコトキ 奈月遥 @you-natskey

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