なんでも実況してしまう緑川くん!

寺田門厚兵

宿題する友人 vs 数学課題

「今回はわたくしの友人である達也たつやくんと、数学課題の一戦をお送りいたします。実況はわたくし、みどりかわ哲二てつじがお送りいたします。本日は達也くん、よろしくお願いします」


「……」


「おっと、どうやらわたくしの知らない間にもう彼と数学課題の戦いのぶたが切って落とされていたようです。それもそのはず……目前で彼は既にシャーペンの芯をを敵の陣地で動かしています。現在は大問1の3番。もうすぐ第一関門を突破しようかというところ」


「……」


「現在ここは千葉ちば家、そこのご子息であり、わたくし緑川の友人でもある達也くんの自室。室温は23℃、湿度は45%。環境面は良好。しかし、彼の眉間みけんにはしわが寄っています。苦しそうな表情だ……」


「ごめん、消しゴム取って」


「戦いが始まってようやく彼が発したその第一声。わたくし緑川は彼の要望にお応えしたいところですが、しかし! わたくし実況が選手に手を貸すことは禁じられています。申し訳ありません、達也くん。自分の手でこの場を凌いでいただきたい」


「……」


「まるで猫のように鋭い目で睨まれましたが、わたくし緑川、その眼付きには不満ではなく、数学課題を打倒してやるといわんばかりの熱い闘志を感じる次第です」


「……ふぅ」


「ここで一息吐く達也くん。どうやら第一関門を突破した模様。しかし、残り二つの関門。最後の関門は数学Aの確率。これはわたくしも触れたくない領域。しかし、それを見つめる彼の眼は生きていま……おっ、と? なぜか達也くん、わたくしに視線を向けています。なんでしょうか」


「なんでしょうか、じゃねぇよ……。お前も宿題やんなくていいの?」


「なんという気遣い! なんという優しさ! そしてなんという余裕! 第二関門を目の当たりにしても動じない根力の強さ! わたくし緑川、実況席からでも感動してしまいそうです!」


「真隣に座ってるのに何が実況席だよ……。やんないなら無視して続けるからな、俺」


「構いません! わたくし緑川哲二、現在は実況が宿題といっても過言ではありませんから!」


「過言だろ」


「なんと! ツッコミまでできる力量! しかし、彼はすぐさま、そして静かに強敵・数学課題と向き直りました。わたくし緑川、今まで達也くんの実況をつとめてきましたが、彼の心の器の広さには幾度いくども救われてきました。その一端が今、表れたように思います」


 静かに走るシャーペンの音に、たまらず哲二も一瞬黙り込む。僅かに部屋を搔き乱す空気の音、窓の外から聞こえるからすの鳴き声。


 それらの雑音に二人は気付かないまま、静かな闘志と怒涛の実況魂が衝突を繰り返す。


「おーっと! ついに手が止まってしまった達也くん! それもそのはず。この最終関門、大問3はたったの一題。故に他の関門とは比にならない難易度! ここまで徐々にスピードダウンしていましたが、それでも着実に二つの関門を突破してきた達也くん。ここでこの戦い随一ずいいちの苦しそうな表情を見せています! しかし! 彼には頑張っていただきたい。ここを乗り越え、勝利した先に待ち受けるのは……自由! その輝かしい未来のため、そしてこの戦いを経たという経験値は、彼の今後の人生に大きく作用するものと思われます」


「……」


「悩み悩んだ末、達也くんはついに教科書を手にしま……おっ、と? 数学課題が、これはルール違反ではないかという抗議の視線を送っています……が、残念ながらこれはルール上問題ありません。これがテストであれば、盛大なカンニング行為として処罰対象となり得ますが、残念ながら宿題という名の練習試合。公式戦テストを迎えるのは一ヶ月先です」


「いや、問題集に目は付いてないだろ……」


「教科書を見ながらさらりとツッコまれてしまった実況席。達也くんは現在苦しい状況にあるにもかかわらず、なんというその対応力の高さ。尊敬に値します。そして……ここで再び達也くんのシャーペンが走り出しました。第三関門突破はもう目の前か!?」


「……でも、答え合わせで間違ってたら意味ないんだよなぁ……」


「おーっと、そうでした! わたくし緑川、実況者として重大なことを忘れておりました! 答え合わせです! 全ての関門を突破したといっても、解答率が低ければ数学課題を打ち破ったことにはなりません。彼の独り言に助けられてしまいました。さりげないフォローで加点をしたいところですが、そんな甘い戦いではありません」


「……」


「僅かにちらりと実況席をめつける達也くん。その視線にどのような意図があるかは存じ上げませんが……ここで! 達也くん、シャーペンを置きました! どうやら全ての関門を突破したようです!」


「はぁ……疲れたから、代わりに採点してくんない?」


「わかりました! 実況の緑川、僭越ながら達也くんと数学課題の戦いを最後まで快く見守らせていただきま……あ、ごめん。赤ペン貸して欲しい……。あの……インク切れてたの、忘れてた……」


「あー……ほい」


「ありがとうございます、達也くん! さて、気を取り直して! 僭越ながら緑川、採点をさせていただきます!」


「てかテツ……本当にやらなくていいの? 宿題。勉強会やろうって言い出したの、テツやろ」


「……まあ、本音は誰かの勉強姿を実況してみたかったというか……」


「最低かよ……。その実況根性、腐ってんだろ」


「でも古典とか英語の単語は終わらせたし。隣でやってただろ?」


「いや、まあそうだけど。でもテツが苦手な教科って数」


「終わりました! 採点が終了した模様です!」


「実況を被せてくるなよ……」


「わたくし緑川、この戦いの結末を、責任を持って報告させていただきたいと思います! では達也くん、戻ってきてください!」


「……はぁ」


「それでは……早速ですが、結果発表です。結果は……だらららら」


「いやSEはいいから。早く」


「勝者! 達也くんです! 解答率はなんと驚異の80%超え! 惜しくも第二関門の集合の分野でケアレスミスがあり、パーフェクトとはなりませんでしたが……いやぁ、良い戦いでした。彼の活躍には目を見張るものがありましたし、また数学課題も良問といえるものばかりでしたが、残念ながら敗退に終わってしまいました。しかし! また数学課題がパワーアップして帰ってくることをわたくし緑川、期待しております! 本日の一線、勝者は達也くん! 実況はわたくし、緑川哲二がお送りいたしました! それでは!」


「おい帰ろうとするな。勉強会だろ。あとまだ数学課題いくつかあるし」


「おっ、とそうでした! 実況はまだ」


「実況していいのはさっきのとこまでって言っただろ。あとは黙ってテツもやれ」


「あ……はい」


 その後、哲二と達也は無事に宿題を終わらせた。

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