番外編 from 師匠

「ご主人様、よかったですね」


 夜空を見上げる私の肩で、使い魔である蝶がそう告げた。といっても、私以外の人間にこの子の声は聞こえないのだが。


「よかったって何が?」


「彼と出会えたことです。ようやく、人とのつながりを取り戻せたではありませんか」


「…………」


 無言で返答する私。「そうだね」と素直に肯定するのはどうにも気恥ずかしかった。


「私は知っております。ずっと見て参りましたから。ご主人様が、人とのつながりで辛い経験をなされたことも。人から逃げるために、森の奥深くで暮らし始めたことも。それでも、心のどこかで人とのつながりを求めていたことを」


 魔女として世間に知られた私。多くの人が私に笑顔を向け、嬉しい言葉をかけてくれた。だが、それ以上に、私を利用しようとする人が大勢いた。誰かを助けるためにしたことが、誰かを深く傷つける結果になったことなんて数えきれない。私は、人とのつながりを断ちたいと思うようになり、森の中での生活を始めた。


 けれど……。


「やっぱり寂しさには勝てないよ」


 彼には「暇」と言ったが、実際のところ「寂しい」というのが正解だ。「暇」なんてただの取り繕った言葉に過ぎない。


「明日、楽しみでございますね」


「……ちゃんと連れてきてよ」


「もちろんでございます」


「あと、怪我とかさせちゃダメ。安全な道で来るように」


「承知しました」


 私は、ゆっくりと立ち上がる。


 そろそろ小屋に戻って眠らないと。あ、その前に、明日の準備でもしておこうかな。魔法の使い方が載ってる本、どこに置いたっけ?


『ほんと、どうして僕は魔法が使えないんでしょうね』


 脳裏によぎる彼の言葉。


『私、どうして魔法なんて使えるようになっちゃったんだろ』


 昔、私が思わずこぼしてしまった言葉。


 言っていることは真逆。けれど、私たちは同じ表情を浮かべていたはずだ。悲しくて、悔しくて、今にも泣き叫びたい。そんな表情を。


「彼には、正しい魔法の使い方を教えないと……ね」


 そんな私の呟きは、月明かりが照らす森の中に溶けてなくなった。

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導きの蝶と魔女の暇つぶし takemot @takemot123

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