第8話 死の淵に抗え

 ♪ピロリロリーン♪ピロリロリーン


 ハルを連れ帰った翌日、彼女に留守番を頼み出社した昼休み。


 少し間が抜けたスマホの着信音が、珍しい人物からの通話要求を香澄に告げている。


 少し迷った後、思い切って通話を開始すると――


『あ、カスミさん? 良かった繋がった!! こんにちは! 僕、響平です。』


「こんにちは。今日はどうかされました?」


『有働奈緒さんって方、ご存知ですか?』


「えっ?」


『実は仕事で有働さんと関わる機会がありまして⋯⋯あなたに助けてもらった、と。とても感謝しているそうです』


「そうなんですね」


 実は感謝してくれていたんだ、と分かってカスミの心は少し軽くなった。そして話は続く。


『で、ですね。お聞きしたいんですが、そのとき魂食みソウルイーター、倒しました?』


「いえ、あまりにも有働さんが衰弱されていたので一時的に追い払って彼女のケアを」


『なるほど、道理で。』


 響平は電話口で何かに納得しているようだ。


『実は、先程有働さんと話した時に僕の感知能力が一瞬発動したんですよね』


「!!」


『彼女、そろそろまた襲われるんじゃないでしょうか……カスミさんが関わってるのならお知らせした方がいいかと思いまして』


「わざわざありがとうございます! そういえば響平さん、魂食みの弱点も見えるんでしたっけ」


『はい、一応は』


「今夜仕掛ける時、ついてきていただけませんか?」


 カスミの一言に、響平はきっかり3秒固まった。そして。


『うぅ⋯⋯構いませんが、僕、戦闘はからっきしなんです⋯⋯』


「そこは、なんとか私がお守りしますので!!」


 強い決意のこもった熱意に圧され。


『わ、分かりました……!! カスミさんの為なら……!!』


 こうしてカスミと響平の共闘が始まることになったのだった。


 ◇◇◇◇


 その夜。奈緒の自宅付近で響平と合流すると、カスミは響平とともに奈緒の魂のありかに乗り込み、感知能力でまだ魂食みが近くにいないことを確認してから奈緒の魂に結界を張った。


 響平に引き続き感知をかけてもらいながら、息を殺して待つこと、しばし。


「――来ました!!」


 うわぁぁ、と情けない悲鳴を上げつつカスミの陰に隠れる響平。


 正直ちょっとカッコ悪い。けれど、有力な能力者に来てもらったのは心強い。それに――


(守る、って約束したッ!!!)


 約束したからには、命をかけても守る。集中してもらうためにも、魂食みの指一本たりとも触れさせない!!


 見たところ、原初の魂食みソウルイーター・オリジン一体と、取り巻きの魂食みソウルイーター二体がいるようだ。取り巻きの攻撃は粗が見えるほどお粗末ではあるが、響平に当たれば間違いなく致命傷になりはするだろう。一方で原初オリジンの動きはどこか優雅で軽やか――まるで踊っているかのように。そして――鋭い!!


 両腕の先端の触手が鞭のようにしなり、凄い勢いで打撃攻撃してきたかと思えば、次の瞬間、唐突に硬化した触手の先端が鋭く突いてくる。


 その間に取り巻きたちの放つ衝撃波が時折飛んでくるのだからたまらない。


「響平さん、雑魚からいきます!!」


 攻撃を叩き払いながら、響平の方を見ると。

 ふるふると震えながらも敵の弱点を必死に見ていたようで。


「見えました!雑魚は首を切り落とせば倒せます!!強そうな方は⋯⋯あと少しっ!!」


「ありがとう!!」


 原初をやり過ごしながら、雑魚の首を狙う。


 しかしまたこれが難儀なこと。


 計三体から放たれる打撃、尖撃、衝撃波。そして攻撃も防御も回避もカスミ頼りの響平⋯⋯。


(とにかく頭数を減らさないと!!)


 浄化の蒼き炎を鞭状に顕現させ、激しい攻撃を叩き落としつつ雑魚の首に巻き付くようにしならせる。


 ビュン!!!

 ヒュンヒュンッ!!!


 風に唸るのは敵の触手か、はたまた。


「捕らえた!!」


 すかさず浄化の炎に詠唱をもって念を送る。


 ――滅せよスクリオス!!


 そのまま雑魚のうち一体の首を絞めるように炎の鞭を操ると、雑魚その1が断末魔の叫びを上げた。


(よし!!)


 衝撃波が一体分減ったことによりもう一体も狙いやすくなり。


 炎の鞭を短く持ち、その先を片手剣のように使って雑魚2の首を薙ぎ払う。


「ひっ!!」


 響平の鼻先を雑魚2が放った最期の衝撃波が掠めた。


「ごめんなさい!!」


 衝撃波をすんでで払いのけ、カスミが謝る。


「すみません、大丈夫、です⋯⋯!」


 全然大丈夫に聞こえない弱々しい声。だが。


「見えました!! 踊ってるときの軸足の付け根を突いて下さい!!」


「感謝!!」


 最後に残った原初は、軽やかに、こちらを嘲笑うかのように舞いながら攻撃を絶やさない。


 動き回る原初の足の付根となるとなかなか狙いにくいが。


 さてどうする?


 カスミは少し考えた後、ひらめきを行動に移す!!


 未だ踊り狂う原初の足首を狙い、炎の鞭を絡みつかせ、力任せに引っ張った!!


 足首がちぎれる嫌な音と共にバランスを崩した原初が倒れ込む。


 その瞬間、炎を鞭から細剣レイピアへと変え、原初の足の付根に突き刺した!!


 ――グァァァァ、ウドウゥゥ⋯⋯


 原初が崩れ落ちるとともにいつものように記憶の断片が流れ落ちていく。


 講師の厳しすぎるレッスンで致命的な怪我を負い、両親の過大な期待に応えられなくなった絶望。


 その激しい感情の中に、ほんの一瞬。


 ――ハル⋯⋯


 妹への温かい感情が見えた気がした。


「こんな⋯⋯これって⋯⋯」


 どうやら響平にも同じものが見えているようだが、言葉が出ないらしい。


「ひとまず戻りましょう」


 有働の魂のありかから帰還すると、響平がへなへなとその場にへたり込んだ。


「ううぅ、怖かった⋯⋯」


「怖い思いをさせてすみませんでした」


 カスミが謝ると、


「で、でも!! カスミさんのお役に立てたなら!! 良かった、です!!」


 健気に応える響平に、うーん、と考える素振りを見せるカスミ。


「もし次があれば貴方を危険に晒さずに外からサポートしてもらう方法を考えておきます」


「そんな方法、あるんですか?」


 きょとんとする彼にカスミは、なんとかしてみます、とだけ答えて解散となった。


 とりあえず有働はもう狙われることはないだろう。しかし心配なのはもう一人。


 とにかくまずはハルその一人が待つ自宅に帰らなければ。


 色々と気は重いが、今日はもう疲れた。後のことは明日考えよう。


 ◇◇◇◇


 翌朝。


「あの、おはようございます」


 控えめに挨拶するハルは、昨夜夢を見た、という。


 なんでも、姉が出てきて


『勝手な大人に振り回されず、自分で選んだ道を進んでほしい』


 と語ったそうで。


「これからどうしたい?」


 カスミが問う。


 正直ハルを養ったり、ましてや進学させる余裕などない。年頃的に働き始めてもおかしくはない年頃ではあるので、店に住み込みで働く、というのならまあやっていけないこともないかもしれないが⋯⋯今のご時世、高校くらいは出ておいたほうが良くないだろうか?


「ここで、働かせてください!! お願いします!!」


「⋯⋯それでいいの? 高校とか、行かせてあげられないよ?」


「いいんです! 私、魔女になります!! カスミさんみたいな、優しい素敵な魔女に!! 弟子にしてください!! それが私自身が選んだ道なんです!! お願いします!!」


 ハルの熱意に偽りがないのを認めると、カスミは折れた。


「分かった。 じゃあ店番してもらいつつ少しずつ色々教えていくね」


「ありがとうございます! ありがとうございます

 !」


 この日から鞘辺さやべ波瑠はるは魔女見習いのハルになった。


 まだ魂食みソウルイーターの名も知らぬ彼女が、一人前になれるのかどうか――それは天のみぞ知るのであった――

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あの子は魔女で社会人?! かなた @kanata-fanks

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