星の船

西しまこ

第1話

 織姫と牽牛が乗る、天の川の船のことを星の船と言う。


 私は仁に会うために、私の星の船に乗った。

 星の船――火星へ行く船。

 もう一年、直接仁に会っていなかった。もう終わりかもしれないと思った。


 一年前、仁は火星に仕事で行った。そうして忙しくて地球に帰って来なかった。最初はビデオ通話やバーチャル空間で会話をしていたけれど、その回数も次第に減っていった。しかも、ビデオ通話やバーチャル空間での会話は、直接会うのとはやはり違った。もう仁の香りを忘れてしまいそうだった。彼のぬくもりも。肌の肌が触れることが、こんなにたいせつだなんて。

 最初、彼が火星に異動になると聞いたとき、ビデオ通話もあるしバーチャル空間で会うことも出来るし、平気だと思っていた。私にも仕事はあったし。離れ離れになることがこんなにつらいものだとは思わなかった。


 私は星の船に乗り込んだ。

 星の河を渡る船。なぜだか、きらきらとした光の中をいくイメージがあった。そんなのは御伽噺に過ぎないと分かっていたけれど。光が集まって、火星に届くといいと思った。かささぎが橋をかけたみたいに、仁のもとへと繫がるといい。


 星の船が宇宙を行く。

 暗い夜の中を音もなく飛んで行く。

 知らなかった。星の船は夜の海を渡るんだ。

 赤い星に向かって、星の船が行く。


 遠く離れていてもいつでも連絡がとれる。だから平気だよって。

 仁。

 私、平気じゃないよ。生の声が聞きたい。あなたに触れたい。あなたの体温を感じたい。

 星の船が私を運ぶ。仁のもとに。


 仁とは仕事で出会った。

 親切で、笑顔が素敵なひとだった。すぐにいっしょにごはんを食べに行くようになって。すごく気が合った。いっしょにいてとても楽だった。気づいたらいっしょに住んでいた。このままなんとなくいっしょにいるものだと思っていた。だけど「有希子、俺、火星に異動になったんだ」とある日突然聞かされた。仁は思い切ったように続けて言った。

「いっしょに火星に行かない?」

「でも、私、仕事があるから。ビデオ通話とバーチャル空間で話そうよ」

「……分かった」

 宇宙空港での別れ際、仁は私にキスをした。――あれ以来、仁に触れていない。


 星の船が火星に着いた。

 ――仁。どこにいるの? ……いた!

「仁!」

「有希子!」

 ああ、久しぶり。仁の香り。あたたかさ。

 私たちは話すよりもまず先にキスをする。

 一年ぶりだね。




   了



一話完結です。

星で評価していただけると嬉しいです。


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