ああ、なんて良い作品なんだろう。
読み終えたときにふぅっとそんな風に思わせてくれました。
会社から無実の罪を着せられて逃亡していた男。
母親に捨てられて一人ぼっちの男の子。
この二人が出会い、男の子の母親を訪ねて旅を始めます。
と、序盤は少年の純粋さと、男の不器用な素直さが交錯するハートフルなロードムービー仕立ての物語が続きます。
とにかくキャラクターの自然さ、人としての大事な素直さ、優しさ、情け、そんなもろもろの要素が混然一体となって、道中を明るく照らします。こう書くと簡単なようですが、ちゃんと人間つてものが書けてる、というのが本当に素晴らしい。良くも悪くも人ってこういうものだよな、と素直に思える。こういう要素って、文学作品では一番大事なことだと思うのです。
そして物語はとある女性が一緒に加わり、謎めいた展開へと突入していきます。このストーリーの大胆な変更がこの物語の大きな特徴です。ただのロードムービーで終わらせない、男と少年の暖かな心の交流、それだけで終わらせないのです。そして物語はさらに深くなっていき、人の心の闇さえも活写していくのです。
とにかく濃密で感情豊かなドラマ、行く先々の光景の鮮やかさ、人のどうしようもなさと気高くあろうとする心、そういったものが物語の中心にしっかりと流れていきます。
テーマの濃密さのわりに、どこか軽やかで読みやすいのは作者様ならではと思います。この作者様は長編を多数発表されていて、まだその一端に触れたばかりですが、語り口といい構成といい、素晴らしい書き手の方だと感じました。
ぜひ読んでみてください。
長編ならではの満足感があります。
会社に捨てられた青年・平太と、母親に捨てられた男の子・了。二人の偶然の出会いから幕を開ける、ロードムービー風のヒューマンドラマです。
そこへ偶然のごとく行き合った謎の女性・ウイを交えての奇妙で楽しい逃避行は、中盤、思いも寄らない方向へと舵を切ります。
前半部を読んでいた時には想像もできなかったラストでした。
本作はただのロードムービーではありません。とある大きな仕掛けによって、中盤以降の景色がガラリと変わるストーリーです。ともすれば、前半部に見えていた景色すら意味合いを変えてくるほどに。
ネタバレを避けますが、本作にはそこかしこに様々な形で『血縁』というものの厄介さが散りばめられています。
了くんと母親のことはもちろん、平太さんが見舞われた会社の問題にも触れています。
だからこそ、平太さん、了くん、ウイさんという何の血の繋がりもない三人の関係性が、唯一無二の尊いもののように感じられるのです。
読了後しばらく涙が止まりませんでした。
平太さんが進むこの先の道、その夏空はどんな景色なのか。最後まで読み通したからこそ見える、そして見えないものへ想いが、ずっと胸に沁み込んできます。
素晴らしかったです。ぜひ多くの方に読んでほしい物語です。
人吉平太は、通称ヘイちゃん、勤務先から厄介なできごとで追い払われ、楽道了と道中出会います。
了くんはママに捨てられたようで、旅をしながら色んな刺激やウイさんなどとの出会いをして行きます。
果たして彼のママはどうしているのでしょうか。
また、どうして捨てたのでしょうか。
ある種、ロードムービーの形をとりながら、緻密に掘り下げた心情も丁寧に織り込まれております。
不思議な現象、ひとは目に見えない及び手に取れないものを恐ろしいと感じるようです。
そして、それと会話をなせるひとをも受け入れがたいようです。
本作品のテーマは様々なことが含まれております。
例えば、親子の愛についてや男女のあり方、そして育て育ちあうことも含まれるでしょう。
さだまさしさんの歌、『償い』のライナーノーツには、 山本周五郎さんの『ちくしょう谷』が引用されています。
重要な内容は、「ここまではゆるすけど、ここからはゆるさない。それは、ゆるしていることにならないでしょう」と言う点です。
※引用ではありません。
ここに集約されております。
このボーダーラインを揺れる心が本作のキモであると思いました。
了くんが感じ取ったママなどへの思いは大人からみて、死の距離感が異なるとも思いました。
賢い了くんが、その賢さ故に、ヘイちゃんは行わないことをしました。
私は、映画、『菊次郎の夏』を彷彿とさせ、その上でヘイちゃんの視点で優しく描かれたあたたかさを感じました。
あなたの心に巣食う闇はなんでしょうか。
あなたの心に宿る光はなんでしょうか。
ほっとなお国訛りを交えて、この夏共に旅をしませんか。