第41話 一年投手をエースに育てるために④

【頑張れ】近江県高校野球スレ118【湖国球児】


 619:やきうのお姉さん@名無し

 甲野セカンドライナーかあ

 抜けたら長打だったんだけどなあ



 622:やきうのお姉さん@名無し

 あれー?

 なんかしょっぱいな



 624:やきうのお姉さん@名無し

 低め狙われてるな

 まだ一打巡目だから何とも言えないけど



 625:やきうのお姉さん@名無し

 星上見逃し三振

 ボール球っぽかったけどな



 627:やきうのお姉さん@名無し

 これは謎いwww



 628:やきうのお姉さん@名無し

 今の全然ストライクゾーン入ってなくて草



 631:やきうのお姉さん@名無し

 >>625

 これはホッシに同情するわ

 明らかに四球だと思うが



 633:やきうのお姉さん@名無し

 森近なー

 打ったは打ったけど結局単打

 今のでランナー1人は帰したかったけどなー



 635:やきうのお姉さん@名無し

 あっさり攻守交替

 1-1



 636:やきうのお姉さん@名無し

 緒方と甲野から逃げずに勝負してくる高校なんて久しぶりやね

 投手もええ感じやし、割とやるんちゃうか翠清学院






 ◇◇◇






 試合は奇妙な均衡を保ったまま、気持ち悪い展開で進んでいた。


 フィルの投球はまずまずだった。

 2回表、3回表は無失点。相手校は明らかにナックルボールに手を焼いているように見えた。

 この2回を無失点で切り抜けたのは、バッテリーを組んでいる蜜石の功績もある。


 特にナックルは左右に揺れながら沈むボール(無回転なのでマグナス力による揚力が得られずかなり沈む)。ピッチングトンネルを合わせる練習はフィルにも施しているが、まだ数か月なので森近や緒方の水準には至っていない。

 フルタイムナックルボーラーである以上、使える手札はほぼ『緩急』と『コース(高め低め)』のみ。


 この苦しい状況でも蜜石は、情報から配球を選んでいる。

 アウトカウントを稼ぐために、かなり露骨だが、例えば「外角低めが見えてない打者は誰か?」という感じで下位打線の弱点を炙り出しにかかっているのだ。

 外角低めが見えてない打者がいれば、外角低め寄りにボールを要求するだけで、ナックルで微妙に揺れるボールをろくにコンタクトできずゴロアウトになって殺せる。


 しかしそれでも、90km/h~110km/hのナックルボールは、悪い言い方をすれば"叩きやすい"。

 芯を食わないのはもうそういうものだと割り切ってバットを一か八かで振られたら、金属バットなのでまあまあ飛んでしまう。芯を外した中途半端な打球なので、ときめき学園の守備でも十分捕殺・併殺に仕留められているわけだが、何発かはヒット性の打球が出てくるものだし、それはもう仕方がない。


 4回表でナックルボールが大して揺れず、追加で2点取られてしまったときも、これはもう『やむなし』というものであった。

 翠清学院高校の打線も、多少ムラがあるとはいえ甲子園でも通用する水準にある。速球が打てないとか、特定の変化球が打てないとか、そんな分かりやすい弱点は存在しない。

 ナックルボールは通用してないわけではないのだが――。


 一方、ときめき学園側の打線も、爆発は今ひとつであった。

 3回裏で甲野、星上、森近で三連打して1点もぎ取るも、次打席でダブルプレーが出てチャンスが潰えてしまい。

 4回裏で緒方が一気に走者二人を帰すも、甲野がまさかの凡打で倒れ。


 4回裏終了。得点は3-4。

 1点リードしているが、主に攻撃側の方が思ったように運べていない。


(緒方は三打席二安打、甲野は三打席一安打。別に悪いわけではないのだが……)


 どちらもOPS 2越えの化け物スラッガーなのだが、それにしては振るわない。

 これならばむしろ、敬遠されていたほうが良かったかもしれない。OPS(On-base Plus Slugging)の計算上、全打席絶対敬遠されたらOPS 2に等しくなるため、OPS計算上は甲野も緒方も敬遠されない方が有利なのだが、今日はそうでもないらしい。


(実戦ともなると、流石に上手くは回らないものだな。机上の空論とはよく言ったものだが……2イニング2点確定打線、ロマンがあったと思うんだがなあ)


 2イニング4点なので、ベストシナリオの期待値通りの進行だが、中身があまりよくない。

 羽谷は毎回盗塁を成功させているものの、『犠牲フライで返していくだけの簡単なお仕事』という試合展開ではなくなっている。もっと楽に勝ち切る構想だったのだが。


 すでに試合は5回表。

 そろそろ投手の替え時に差し掛かってきていると言ってもいい。


 フィルの体力はまだ余裕がありそうだが、相手打線がフィルの球筋に慣れてきている気配がある。正確に言えば球速。不規則に揺れ動くナックルボールなんぞに球筋・・なんてものがあるはずもないのだが、流石にもう二巡使ってしまっているので、三巡目は対応されそうである。

 この二巡の間に打たれるには打たれた。ナックルの揺れによって全然変な当たり方になってヒットになっていないだけである。よくある変化球ブレイキングボールは、基本的にフルスイングではなくアジャストする感覚でインパクトすることが多く、ナックルボールもいわゆるブレイキングボールに分類される。なので、相手に『こんなに飛ぶならもっと力を抜いてバットを当てにいってもいけるな』みたいに次で合わされてもおかしくない。


「球速差もあって球種もある森近なら、この場面で一番強みを生かせると思うが」

「……ですわね」


 フィルの次は森近。

 例えばフィルの後に俺や水川だと球速が似ており、スイングのタイミングは合わされてしまいやすいだろう。オーバースロー~アンダースロー、左右両方で投げられる俺ならともかく、水川では確実に『アンダースローの独特の軌道』と『シンカー』頼りになってしまう。翠清学院高校ほどの実力校相手で、アンダースローもシンカーも打つ練習してません、というのは期待できない。

 緒方と森近と俺で選ぶなら、フィル→森近の継投が一番翻弄できる。

 普通に考えれば。


 森近自身もそう感じていたようだったが、腰は重そうであった。


「でも、相手投手は私に似ていますわ。オーバースローから放たれる140km/h以上の速球といくつかの変化球。翠清学院高校にとって私の球や緒方さんの球は、練習で見慣れている球かもしれませんわね」

「! ……ああ」


 その言葉は。

 俺は逆に言葉に詰まってしまった。

 その言葉は、内容なのだ。

 事実、セイバーメトリクスが、球速・コース別打率の数値が、それを物語っている。


「あー、別に似ているからといっても、森近の実力をもってすれば相手打線を抑え込めると思うが、その、今日は」

「……を使いたいんでしょう? 異論はありませんわ、お気になさらず」


 森近の言葉は、どこか自信なさげなようにも聞こえた。

 絶対的なエースの持つ貫禄とは程遠く、むしろ登板じゃなくて安堵しているような気配さえある。気が強くて向上心に溢れている投手、それが森近だと思うのだが、今日はちょっとらしくない。


「森近……?」

「……」


 森近はどこか遠い目をしたまま、ふらふらと歩いて一年投手たちの元に向かっていた。


 先ほどまで4回を投げ抜いたフルタイムナックルボーラーの一年投手、フィル。ぐえー、なんでなんや、こんなんもうワイの責任ちゃうで、みたいなことをずっとぶつぶつと呟いている。

 それを隣で、アンダースロー投手の水川が諫めている。つかちは頑張ってるよ、フィルっちは運が悪かったけど学ぶところもあったでしょ、ほら元気出して、等。


「私は貴方が羨ましいですわ、フィル」

「……ンゴ?」


 森近の弱々しい言葉。

 何かおかしい、と俺は危機感を抱いた。

 明らかに森近の方が投手として完成度が高い。なのに森近は、フィルに憧れている。


「水川さん。ちょっとお話しましょう?」

「もも、森近先輩……?」


 俺は急に心臓を鷲掴みにされたような気持になった。あんな森近を見たのは初めてである。


「星上さん」


 森近の言葉は静かだった。


「月音さんを出しましょう」


 泣いているのだろうか、声が少しだけ震えて上ずっている。

 この時俺は、"森近を温存する"という自分の采配に対する自信を、急激に失っていた。











 5回表。満を持して送り出すのは、隠し玉の少女。

 今まで一度も高校野球の公式戦で投げたことのない彼女を、初めて披露する。


 ウィルヘルミナ・月音つくね十六夜いざよい

 アンダースロー投手の水川、フルタイムナックルボーラーのフィルと同じく、一年投手。


 ベンチ側では色々とあったが――試合は試合。

 今この状況においては、改めて新情報となるものをお披露目して、相手を更なる混乱に叩き込むことが求められていた。





――――――


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貞操逆転異世界に転生した俺、今度こそ野球を真剣にやる: 〜俺だけわかるセイバーメトリクスと現代野球〜 RichardRoe@書籍化&企画進行中 @Richard_Roe

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