第205話 勝負下着は期待の表れ
時は少し遡り、24日、昼頃。
「はぁ、本当にごめん。結局明日のこっちの行事に付き合わせることになって」
「ううん。全然気にしなくて大丈夫だよ」
世間はクリスマスムード真っ只中で、かくいう俺も恋人の萌佳とお家デートを満喫しているというのに、その部屋の空気はどこか重苦しかった。
その理由というのも俺にあるわけで。
「まさか、紫苑姉さんまで使ってうちの両親が萌佳を親戚パーティーに呼ぶとは思わなかった」
「あはは。ゆうくん。最後まで大反対だったよね」
「当たり前だろ。ただでさえあのパーティーは窮屈なのに、そこに萌佳まで付き合わることになるとか、申し訳なさすぎる」
「私はちょっと楽しみだよ。だってドレス着れるだもん」
「……萌佳が楽しみと思ってくれるならいいけど」
クリスマスでお家デート。恋人にとっては最高以外の何もないというのに、けれどイマイチ気分が盛り上がらないのは先ほどから会話の端々に出てくるキーワードのせいだ。
俺の……正確には草摩家といった方が正しいか。草摩家は一年に数度、親戚を集めて大規模なパーティーを開く。前期は盆休み。後期はクリスマスか正月のどちらか。今年は、クリスマスパーティを開催することになった。
そしてそのパーティーに、俺の恋人である萌佳も招待されることになったのだ。
その理由というのは、
「紫苑姉のやつ、萌佳を呼べば俺が絶対に逃げ出さないって分かってて呼んだんだよ」
そう。俺の従姉弟であり、そして現在俺たちが通う高校の生徒会長でもある彌雲紫苑が俺をパーティに縛る目的で萌佳を招待したのだ。
「でも生徒会長さん、ゆうくんのカノジョの私が来てくれると会話が賑やかになるって言ってくれたよ?」
萌佳は萌佳で純粋過ぎるし。
俺の苦労は尽きない。
「はぁ。そんなの萌佳を呼ぶための口実に過ぎないよ。実際は、外堀を埋めさせるためだろな」
「外堀?」
「萌佳は気にしなくていい話~」
わしゃわしゃと艶やかな黒髪を撫でるといくらか気分が落ち着く。それでも懸念は尽きない。
紫苑姉さんが萌佳を親戚のパーティに招待した理由は十中八九。周囲に萌佳を俺の許嫁と認識させる為だろう。勿論、俺たちの関係にほぼ部外者の紫苑姉がそんな面倒事を自分から引き受けるわけがない。つまりその裏で糸を引いてるやつがいる。それは無論、俺の両親だ。
『一度顔合わせただけで萌佳のこと気に入って、それで許嫁にさせようとか、やり方が
俺は両親のそういう所が気に食わない。本人たちに他意はないのは分かっている。
親父と母さんは純粋に息子である俺の将来を憂い、そして手助けしようとしている。
それが鬱陶しくて仕方がないのだ。
端的にいえば、両親は過保護なのだ。
べつにこれまで心配をかけさせるようなことは何一つしていない。中学二年生になるまでは毎年件のパーティーにも出席していたし、家族行事だって不満は抱きながらも付き合っていたはずだ。
逆をいえば、俺がこれまで従順過ぎたせいで却って両親をそうさせてしまったのかもしれない。
自分じゃ何も決められない子どもと、そう認識させてしまったのかもしれない。
「はぁ、子は大変だなぁ」
「なに急に?」
肩を落とす俺に、萌佳は眉根を寄せた。それに「なんでもないよ」とほっぺにちゅうする。
それから萌佳を強く抱きしめた。
「どうしたのゆうくん? 今日はすごく甘えてくるね」
「ん。せっかくクリスマスだから恋人に甘えたくてね。それに最近は萌佳とこうしてイチャイチャできなかったら」
俺の言葉に萌佳はたしかに、と頷く。
「生徒会に入ってからゆうくん忙しそうだもんね」
「紫苑姉に仕事押し付けられるせいでねっ」
「あはは。生徒会長さんと仲良いのも大変だね」
「仲良くなんかないよ。あの人は俺の事を都合のいい道具と思ってるだけ」
いや、道具というより
「昨日も最終下校時間ギリギリまで仕事して疲れたよ~」
「冬休みは何日か学校にいって仕事があるんだっけ?」
「ある。最悪の一言に尽きる」
「あはは。本当に大変だねぇ」
「萌佳も生徒会に入ってくれたら超やる気出たのになぁ」
「生徒会長さんに声掛けられなかったから仕方ないよ」
俺も生徒会に入る条件として萌佳を誘うよう紫苑姉に抵抗したんだけどな。でも即行で「彼女はたしかに候補者ではあるが私情を挟むなら許可できない」と却下されてしまった。アンタだってほぼ私情で生徒会長引き受けたくせに、と舌打ちしておく。
「萌佳とゆっくりできる時間が俺の唯一の憩いだよぉ」
「もぉ。大袈裟だなぁ」
「頭撫でて」
「甘えん坊さん」
「今日の俺はすごく萌佳に甘えたい気分」
萌佳は呆れながらも俺の要望通り頭を撫でてくれた。疲れた体と心に萌佳の優しさが染みる。
こうして萌佳と一緒にいると、両親が外堀を埋めようと画策するのも不服ではあるが納得できてしまう自分がいて。なんとも複雑な心境だった。
「ふふ。本当にお疲れ様、ゆうくん」
「ありがとう。萌佳」
たしかに萌佳と長く一緒にいたいと願うならば両親の承諾は必要不可欠。いずれは親戚にも紹介しないといけない。
ならたしかに、今回萌佳を親戚の集うパーティーに招待するのはある意味では俺にとっても都合がいいのかもしれない。
結局は家族と紫苑姉の思惑通りに事が運んでいるのだと察すると、思春期の男子としては不服で。
「んっ。ゆうくん。いきなり?」
「ごめん。もう我慢できない。というより、親が帰って来る前に萌佳を抱いておきたい」
萌佳が首筋に熱い吐息を感じるとピクッと肩を震わせた。俺はそれに構わず彼女の首筋に唇を当てて、舌で舐めとる。
「やっぱ萌佳の匂い好きだわ」
「ゆうくんっ。今日はなんだか変だよ?」
「そうかな? 俺はいつも通りだよ」
とは言いつつ、胸中ではたしかに、と苦笑する。
今日の俺は、先の事情のせいで軽く頭がパニック状態だった。
俺は物事を深く考えるのが好きじゃない。未来なんて曖昧なものに、
萌佳と一緒にいられる未来は幸せだと思うのに、それ以外の未来は憂鬱で仕方がない。こう思うのも、きっと俺の将来が確約されてるからなんだろうな。
親の言いなりになりたくないと口では啖呵切っておきながら、けれど結局親の言う通りの未来を歩もうとしている俺。超バカ。
会社継ぐとか、そんな話考えるのは今は止め止め。
「萌佳っ……萌佳っ……萌佳っ」
「……ゆ、うくん」
少しずつ熱を上げていく吐息は白く艶めかしい首筋から鮮やかな紅色の唇へ。存分に互いの唇を押し付けあったあと、俺と萌佳はそのまま求めるように舌を絡ませた。
この眩暈を引き起こすような熱が堪らない。熱い吐息が頬に当たる感覚が堪らない。萌佳が瞳を潤ませながら俺を見つめてくるのが堪らない。
「きゃっ」
「……脱がすよ」
小さな悲鳴は俺のベッドの上で上がった。ブラウスのボタンに手を掛けながら訊ねれば、萌佳は柔らかな笑みを浮かべた。
「本当に我慢できないんだね」
「こんな可愛いカノジョと一緒にいて我慢なんてできるわけないでしょ」
「ゴムは?」
「あるよ」
この日の為にもう買っておいてある。
「お盛んだねぇ」
「腹脱がされて興奮してる萌佳さんも大概では?」
「だってゆうくんに脱がされるとドキドキするんだもん」
プツ。プツ。と一つずつボタンを外していく。ブラウスのボタンを全部外して脱がせれば、豊満な胸を包み込むブラジャーのみとなったカノジョが視界に映る。
そのブラジャーの色を見て、俺は思わず笑ってしまった。
「なんだ。萌佳だって期待してたんじゃん」
「クリスマスデートでお家に誘った時点でするのは確定してるでしょ」
「ごもっとも」
今日の萌佳のブラジャーは情熱的な赤だった。いわゆる勝負下着というやつだ。
「じゃ、期待してるならご期待に応えないとね」
「うん。最近してなかったから、今日はいっぱいしてほしいな」
「萌佳もエッチになりましたな~」
「むぅ。そうさせたのはゆうくんなんだよ」
最初は裸を見せるだけで顔を真っ赤にしていた萌佳が懐かしい。
その頃の面影は今の彼女にはもうないけど、けれど今の彼女には興奮に舌を舐めずさる魔性さがあった。これはこれで悪くない。
「「――んっ」」
見つめ合って、そして求めるように口づけを交わした。舌と舌が絡み合う淫靡な音が部屋に木霊する。
「ぷはぁ。へへ。ゆうくん。大好きだよ」
「俺も大好きだよ。世界で一番。萌佳のことが好き」
無邪気に笑う萌佳が好き。
宝石にも負けない綺麗な瞳を俺だけに向けてくれるのが愛しい。
萌佳に触れる全てが、狂おしいほどに愛しい。
「久々だから抑えられないけど、いいよね?」
「うん。ゆうくんの好きなだけ私を抱きしめて。私も、もう待てないや」
「はは。じゃあ、二人で一杯気持ちよくなろうか」
「うん」
親が帰って来るまで、あと何時間。
外はまだ明るい。今はまだ大人なら仕事中で、他の学生たちも友達とゲームなり買い物を楽しんでる頃だろう。
でも、そんなの俺たちには関係ない。
「――んっ」
今日はクリスマスイブ。
俺と萌佳の愛し合う時間が、日が傾き、沈むまで続いたのだった。
【あとがき】
ベッドがよく軋むなぁ。
学校では怖いと有名なJKヤンキーのアマガミさん。家ではめっちゃ可愛い。 結乃拓也/ゆのや @yunotakuya
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